清少納言の日々2
眩い光を感じ、清少納言は目を開いた。
あくびを噛み殺し、身体をゆっくり起こすと、火鉢に火が灯っていた。
側についている女房が気を遣ってくれたのだと思い、礼を言う。
「ありがとう。暖かいわ」
「は、はい…!! ありがとうございます」
女房が下がると、清少納言は障子戸を開く。
冬の日差しはゆっくり伸びており、これから少しずつ暖かくなりそうだった。
清少納言は腕を伸ばすと、新鮮な空気が肺に入ってくる。
まるで心が洗われたような気がし、軽く微笑む。
ー冬の日差しは穏やかなもの。皆を静かに見下ろし、力を与えてくれる。人間も植物も、太陽が嫌いな者はいない。そう考えると、太陽は神と同じ存在かもしれない。
ふと思い、太陽を見つめれば、微笑むように、日差しを強くしてくれる。
清少納言はふふと笑うと、随筆を書こうと、いそいそと動く。
「清少納言様、御食事は…?」
「ありがとう。運んでくれる?」
「はい」
女房が動くのを確認してから、清少納言は筆を取る。
先程のことをすらすらと書くと、我ながら良くできていると自画自賛し、筆を置く。
ちょうど膳が運ばれて来たので、清少納言はそちらに移動する。
「いただきます」
粥を手に取ると、温かさが身にしみる。
米粒を味わうように、ゆっくり食べていくと、女房がやって来る。
「どうしたの?」
「あの…定子様がお呼びですわ」
「分かったわ。すぐに行くと伝えてくれるかしら?」
「はい。畏まりました」
女房は頭を下げると、足早に進んでいく。
その気配を感じつつ、食べ終わると、両手を合わせる。
「ご馳走様でした。…さて身支度を整えないと」
清少納言は女房に手伝ってもらい、衣を重ねていくと、鏡で顔や身体を調べる。
失礼のないものだと判断すると、清少納言は扇を持ち、女房達に言う。
「定子様のお部屋へ行ってきますわ。後はよろしくお願いいたします」
「はい」
清少納言は回廊を進んでいくと、定子のいる部屋へと向かう。
すると朝から賑やかな声が聞こえてきた。
「ああ、負けだ、負け!! 定子の勝ちだ」
「ほほ。嬉しいことですわ」
この声は…と思い、部屋の前で膝をつき、頭を下げる。
「定子様、清少納言が参りました」
「ああ、清少納言、いらっしゃい。早く中に入って」
「はい」
命じられたので、静かに御簾の中に入ると、定子ともう一人、いるのだった。
清少納言は急に顔を赤くし、伏せることでそれを隠す。
「これは、これは、隆家様。ご機嫌よろしゅうことで」
「おう。今、定子と双六をしていたんだよ。絶対に勝つつもりだったのに…。負けだ、負け!!」
隆家はそう言うと、さいころを双六盤の上に投げる。
この当時の双六といえば、将棋のように目のついた盤を挟んで向かい合い、互いに十二個の駒を一列に並べておき、さいころ二つを筒に入れて振り、出た目の数だけ駒を進めていき、早く敵陣へ送り込むというものだった。
「ふふ。私の勝ちですわ。お兄様、まだやりますか?」
「いや、もういい。清少納言も来たしな。…あ、そうだ、清少納言。一つ、私と勝負しないか?」
「私はその…相手になりませんから」
やんわりと断ると、身体がかあっと熱くなる。
隆家は定子の兄であり、堂々と男らしかった。伊周を静とすると、隆家は動の人で、激しい気性の持ち主だった。
ー私…その、隆家様を前にすると、駄目なのよね…。
嫌いな感情ではなく、むしろ好意を抱いており、素敵な御方だと思っているのだった。
恋に近いのかもしれないが、隆家と清少納言では、釣り合うはずがなく、誰にも言えない感情だった。
「ーあ、鳥が…」
雀達が一斉に跳んで行くのを見、清少納言は口を開く。
「鳥が見物していて、賑やかなものでございます。お二人の姿を伝えようと、輝しく跳んで行ったのでございましょう。もちろん、双六の勝負もすぐに伝わりますわ」
清少納言の言葉を正しくするように、チュンと騒ぎながら鳥が去っていく。
ほほと笑うと、隆家がにやりと笑う。
「そのようだな。これは恥ずかしい」
「まあ!! お兄様ったら。手加減していたのは、分かっていますのよ」
「手加減のなどするものか。真剣勝負だ」
二人は見合うと、表情を緩める。
伊周もそうだが、兄妹の仲は良かった。
やはり隆家の見目も麗しく、お似合いの二人だった、
「さてと、定子。清少納言が来たことだし、どうする?」
「そうですわね…」
定子は勝負に勝った興奮からか、頬が赤かった。
まるで紅を塗ったような色気を感じ、清少納言はほうと息を吐く。
「ー私に何の用でございましょう?」
清少納言が少し二人に近づくと、隆家は膝を叩く。
「そうだな…。外に出てみるか、定子? 雪がほのかに積もって綺麗だぞ」
「それもいいのですが…。清少納言、私の近くに来てくださいませ」
「は、はい…。では、失礼いたします」
膝をついたまま近づくと、火鉢の暖かさが増す。
定子は扇を広げると、清少納言に言ってくる。
「お兄様と二人きりにしましょうか?」
「!! そ、それは…」
「ほほ。伝わるものは、伝わりますわ。見えなくてもね」
「何の話だ?」
「い、いいえ。何でもありませんわ。女性の身体について話した、そんなところでしょうか」
清少納言は顔を赤らめ、定子を見ると、いたずらする子どものように、微笑んでいる。
ーもう、定子様ったら…!!
どんどん身体が熱くなってきて、扇を広げる。
冬の寒さなど吹き飛んでしまい、まるで夏のように暑かった。
「どうします、清少納言?」
「わ、私は…側に控えますわ。その、お許しくださいませ」
深々と頭を下げると、隆家が立ち上がり、清少納言の近くへやって来る。
「清少納言、馬に乗るか? 気持ちがいいぞ」
「あ、あの、その、私、馬は…。髪や衣装が邪魔になりますし」
「あら、髪ならまとめて、衣装も軽くしなさいな。そうすれば、馬に乗れるはず。あとはお兄様に任せれば、大丈夫ですわよ?」
定子はあくまでも清少納言と隆家を二人きりにしようと企んでいるらしく、清少納言は負けを認めることにした。
「私、申し訳ありませんが、お断りいたしますわ。その、せっかくのお誘いですが、私と隆家様では目立つといいますか…」
「目立ってもいいじゃないか。あはは」
豪快に笑う隆家は、清少納言の憧れであり、困ったように扇で顔を隠すと、悩んだ末に口を開く。
「隆家様は剛毅な御方ですわ。あなた様の敵は誰もが尻尾を巻いて逃げることでしょう。地位も安泰ですわ」
「お、褒めてくれたのか? 清少納言、ありがとうな」
「い、いいえ。私なんか、その、まだまだ未熟で」
そう思いつつ、隆家に感謝され、心がときめく。
女として、これ以上の喜びはなかった。
ー私、私、幸せ者ですわ…。
美しい定子に仕えられ、しかも伊周、隆家といった見栄えのする兄弟に囲まれ、贅沢な環境だった。
ーこの幸せはずっと続くはず。
双六盤のさいころを掴んで振ると、重六ーさいころが二つとも六の目が出た。滅多に出るものではないので、まるで清少納言が正しいというように、天が味方していると、胸がとくんとはねる。
「まあ、重六ですわ!! 珍しい」
「確かに。幸先が良さそうだ。あはは」
隆家が上機嫌なので、清少納言も微笑む。
ーこの御方は、将来、この国を守る御方となるかもしれない。
それも大きな何か、上手く言えないのだが、戦か何かを防ぐかもしれないと、何となく浮かんできたのだった。
ー戦なんて…。この平和な時に、全く。私という者は。
首を横に振ると、清少納言は扇を閉じ、心を落ち着かせる。
「それでは、唐の物語でも語りましょうか?」
「お!! 面白そうだ。清少納言、早く話してくれ」
「私も興味がありますわ。お願い、清少納言」
「はい。ではー」
しっかりと答えると、清少納言は定子と隆家を相手に、話し始めたのだった。




