私になかったもの
掲載日:2026/03/02
他愛もない会話をしていただけだったのに。
「お前はさぁ!!どうしてすぐそう感情的になるんだよ!」
「そっちだってそうじゃん!そうやって怒鳴って……」
こうやって元々何で喧嘩していたのかすら分からないのに、ヒートアップして怒鳴り合いになっていた。
このときに互いを思いやるなんて余裕は1mmたりともなかった。
ふとした時、首に圧力を感じた。
ーーそう。彼が私の首に手をかけた。
「!?……ヒュー……あ゛っ……」
私の苦しそうな息の音と漏れ出た声を聞いた瞬間彼は冷静になったらしい。
「ま、待ってくれ!違うんだこれは……ごめん……ごめん。」
手がぱっと離れた。
こんなアクシデントがありつつもこのときの喧嘩は何とか収まった。
でも私の日常にはひっそりと影を落とした。
ーー忘れられないのだ。あの声が出ない、息ができない感覚が。
首に触れられ力が込められた時、唇が痺れる感覚がした。自分の鼓動の音しか聞こえなくなった。頭がぱんっと愉快な音を立てて弾けてしまうと思った。
それが心地よかった。
彼と夜、ベッドの中に入ったとき私はこう言った。
「首を絞めて欲しい。」




