【短編小説】毒入りチーズ
「毒入りチーズの収益はいかがかね」
革の椅子に腰掛けた社長は、整った髭を撫でながら部下に尋ねた。
『はい。すでに我が社の大ヒット商品"まるまるくん"の売り上げを大きく超えており、非常に好調といえます』
「そうかそうか。これで街のネズミ問題は軽減され、我が社の経営は鰻登りだな。これも全て、君たち開発チームが次々に素晴らしい商品を発明してくれたおかげだよ」
『とんでもないことでございます。それでは、私はこれで失礼します』
部下が立ち去り静まり返った部屋で、社長はタバコに火をつけニヤリと笑みを浮かべた。
「害獣は早々に駆除しないとな」
毒入りチーズとは、その名の通り毒の入ったチーズのことである。ネズミの出没する場所に設置し、ネズミ自らが巣穴に毒入りチーズを持ち帰り、仲間たちがそれを食べることでまとめて駆除できる仕組みとなっている。
ネズミによる被害が増え、地域の問題解決のために毒入りチーズが開発されたのだった。
しかしこれが、思いの外の大反響。噂はたちまち全国に広がり、被害に悩む人々から、近所のドラッグストアに置いて欲しいとの声が多く寄せられたのだった。
開発したA社は大儲け。お昼の情報番組で取り上げられると、評判はさらなる広がりをみせた。CMには有名女優が起用され、会社を取材させてくれとテレビ局からの電話が鳴り続けた。
集まってきたのは金だけではない。スポンサー、出版社の編集者、投資家、優秀な社員まで。
『失礼いたします。社長、経営術を本にして出版しないかと、D出版の営業の方がいらっしゃいましたが』
「悪いが断ってくれ。その際にこう伝えて欲しい。優秀なのは私ではなく部下たちである。商品のPRに関することだったらいくらでも協力する。と」
『承知いたしました』
扉が閉まると、社長は窓の外を眺めながら囁いた。
「部下思いの優しい社長‥‥。これでイメージも上々だろう。私の長年の計画を台無しにされてはたまったもんじゃないからな」
テレビ局の取材を頑なに断っていたのには理由があった。
「毒入りチーズのおかげでうちの会社はもう安泰だ。制作工程も熟知している。あとは共同開発の製薬会社をどのように陥れるか‥‥それがいちばんの問題だ」
毒入りチーズの開発にはC製薬も携わっており、売り上げの30%を配分する約束になっている。しかし社長は、得た利益を自分の会社だけのものにしようと企んでいたのだ。
社長の企みを知っていたのは開発チームのリーダーだけだった。
ふたりは夜な夜な社長室に集まり頭をひねった。
「商品に欠陥が見つかったと被害届を出すのはどうだ。最近発売された100%除菌の消毒液だ。あれを使ったうちの社員たちが、次々に体調不良に襲われたと告発するんだ」
『しかし、C製薬から不良品が発見されたとなれば、毒入りチーズの売り上げは大丈夫でしょうか』
「毒入りチーズの売り上げには影響はないさ。あれはネズミが食べるものだからな」
意見はまとまり、リーダーの男は警察へ匿名の被害届を送った。
予想通り、C社の欠陥品発覚は翌朝のトップニュースになった。もちろん、これによってC社の評判はガタ落ち。ところが、どれだけ研究を行なっても欠陥品と思われるアルコール液から有害な成分は検出されなかった。この報告により、不誠実な対応だと評判はさらに下がる一方だった。
信用を取り戻すことは容易ではなく、会社としても体調不良者が出たと言われてしまっては、人々の納得のいく答えが出るまで調査を続けるほかはない。この告発によりC製薬の業績は大きく傾いたのだった。
「いやぁ、K社長。今回のことで私たちの会社にもクレームの声が多く届いてましてね。あんな製薬会社と共同開発してる商品は信用ならん。と、我々の信用問題にまで発展しているわけです。ここで大変申し訳ないのですが、今月で御社との契約を解消させてもらえませんかね」
『そんな‥‥私たちの会社が開発投資をしたからあの商品が生まれたんじゃないですか‥‥。御社との契約が打ち切られたら、私たちはもう本当におしまいです』
「しかしですね、会社というのは信用で成り立っているのですよ。ことが大きくなる前に、手を打たないと我々も共に沈んでしまうのです」
C製薬倒産のニュースが流れたのは、それから3ヶ月後のことであった。
『社長の戦略、お見事でした』
そう言って、共犯の男は綺麗な紙に包まれた箱を差し出した。社長は片手でその箱を自分の方へ引き寄せ、捨てるように机に置いた。
「いやぁ、私の手にかかればネズミ駆除よりも容易いことだったよ。次は、領収書の件、君に頼んだよ」
『はい。お任せください。社長、例の社員のことはどうしましょうか』
「あー、私たちの密会に気づいているアイツか。私の知り合いに連絡して処分してもらうよ。害虫は早めに駆除しないとな」
社長はタバコに火をつけると、先ほどの箱を手に取った。
「それで?この重々しい箱はなんだ」
『マフィンだそうです。夕方、取引先の人間が持ってきたんだとか。それもぴったり従業員分』
「それはご丁寧に。ノトワール?聞いたことない店だな。流行りの品か?」
『私も最近のものに疎く‥‥。みんな嬉しそうに持って帰ってましたよ』
「ほぉそうか。ひとくちいただくとしよう」
『では、わたくしも』
「ん、なかなか美味いではないか」
『本当ですね!周りはふんわり、中はしっとり』
「御礼として、こちらからも送るとするか。何かみんなで食べれそうなものを」
スタンドライトの光が小さく灯る部屋は、しばらくすると静まり返り、夜中になってもずっと明かりはついたままだった。




