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最弱幼女? いいやホントは最強勇者!―幸福の街? 開けたら闇鍋だったが!?―  作者: 雨野せい


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第7話:綺麗な物にも傷はある。見て見ぬふりしてるだけだ、だいたいな。


 ぼんやりとした意識が徐々に色を帯び始め、目の前には深刻な面持ちで対面するガストンがいた。


 丸いテーブルの上には、食べかけの晩飯と、場違いなくらい花で飾られた蝋燭立て。

 まるで「家族会議」みたいな配置で、ガストンと向き合っていたんだ。

 深いため息のあとに、目の前のブ男はゆっくりと重い口を開いた。



「娘のために、仕事……やめてもいいかな……?」


 え?待って?


 どういう状況?


 こいつ、ピチピチの文官服じゃなくて、襟がヒラヒラのシャツ――絶妙に似合ってない。

 しかも胸元には、たぶん「かわいい」を意識したであろう、ちっちゃいリボンまでついてやがる。


 ……本人はキメ顔なのが、なおタチが悪ぃ。


 シェリ、どういうことだ?



「マ……マ……?」



 あ? 今……は?



「ちがう。ママじゃなくてお姉ちゃん」


「おねえ……ちゃん」



 怖い。


 俺の意識とは別に、口が勝手に動きやがる。


 シェリも、なんか明るい青のドレスみたいな服を着て……。



「フェリ殿!昨夜の動き、見事であった!」



 くぐもった声、配置からして、背後の窓向こうからじゃねぇか……ムサシの声がする。


 おいおい……やめろ……よせ!


 なんで……当たり前みたいにシェリの胸に顔を……!



「うむ……フェリは、シェリが守る」



 額にキスしてんじゃねぇ!!!!!


 どこの世界のご家庭だ!!!


 いや、そもそも窓の向こうにストーカーいるぞ!



「あぁ……拙者……こんなに尊い世界を……感無量だ」



 もはや隠れる気ねぇだろクソ侍!



「二人とも……こっちへおいで」



 テーブルの上の花まで、こいつの「理想の家族ごっこ」に巻き込まれてるみてぇで、悪い夢にしか見えなかった。


 おい待て……それ以上はやめろ!


 席から立つな!


 ガストンのほうに行くな!


 体!いうことを聞いてくれ!



「「パパ……」」



 頼むから!夢であってくれ!!!!!


 ――幸せだね。


 ――こわいよ?


 俺の中に、もう一人の私がいる。


 ――パパとお姉ちゃん。


 二人がいれば、私はずーっと幸せだよ。


 やめろ!

 

 やめてくれ!


 俺の体だ!


 返せ!返せよぉぉぉぉおおお!!


 ――うるさいなぁ。今は私の時間だよ?




 「愛しているよ。フェリ……シェリ……」



 うん。ずっと一緒!



――気がついたら、私は子供部屋のベッドにいた。


 ほの暗い子供部屋。


 薄いカーテン越しに、月の光が細い線みたいに床をなぞっている。


 部屋の真ん中にある、おっきなお姫様用のベッド。


 その真ん中くらいに、お姉ちゃんと私は寄り添うように眠ってた。


 ベッドの四隅には、レースのついた細い柱が立っていて、まるでおとぎ話の中に迷い込んだみたいに綺麗。

 掛け布団のぬくもりはまだ残っていて、お姉ちゃんの寝息が、すぐ隣でふわりと胸に触れる。


 外からは野生の獣が近くにいるのかな?

 大きな鳥さんでもいるのかな?


 大きな息遣いが、まるですぐそばでしているみたいに聞こえてくる。

 獣にしては、どこか「ため息」に似ていて……ちょっとだけ、さみしそう。



「お姉ちゃん。起きて」



 揺すってみた。


 でも、起きてくれない。


 ……起こしたらかわいそう。起こしたらイヤがられちゃう。


 怒られたら……やだ。怖いよ……。


 ……。


 なんだか怖くて、膝をきゅって抱きしめてみる。


 こんなに気持ちよさそうに寝ているお姉ちゃん。


 起こしたら、かわいそう……だよね?


『んなわけあるか!たたき起こせ!』


 うぅ……頭が痛い……。



「ん……フェリ、大丈夫?」


 

 私が頭を抑えていたら、お姉ちゃんが起きて、私の目と合った。



「おいで。よしよし」



 う……あったかい……。


『やめろ……!今それやられたら……戻れなくなる……!』



「トイレ?」


「ううん……」


「あ、怖い夢?」


「うーん……」


 私が窓をチラッと見ようとしたら、お姉ちゃんが窓を見ていた。


 さっきのおっきな動物みたいな怖い気配は、もうどこにもなかった。


 お姉ちゃん……すごいなぁ……。


『あの馬鹿侍……シェリに躾けられてる……?』

 

 でも、頭のなかで変な声がする……。


 お姉ちゃんがそばにいるのに、なんだかイヤ……。


「寂しい?」


「……うん」



 お姉ちゃんと一緒にいたい。


 ずっと、頭の中にまでいてほしい……。


『え?なにそれ怖い』



「そっか。じゃあ、ちょっと、お散歩いく?」


 お姉ちゃんとお散歩?


 真っ暗だよ?


 でも、お姉ちゃんと一緒なら。


「いくっ♡」



『行きたくねぇぇ!!!』


 それなら、お姉ちゃんにぴったりなお洋服があるの!


 近くにあった石がついたランプにちょんって触ったら――ぱぁっと光った。


 魔法のランプが、私のことを照らしてくれるの!



「お姉ちゃん!お着換えしよ!」


「うむ。ちゃんと温かい恰好ね」


「うん♡」


『アカン……医者を呼べ……!俺を治せぇ!!』


 ふふん。


 今日着てたこの色はダメでしょ?


 この色も……お姉ちゃんと一緒にいくなら違う!


 でも、お姉ちゃんは綺麗なお月さまみたいに綺麗だから……。


 夜の世界にぴったりなのは、このライラックのお色がいいかな?


 『待って、俺の知らない単語でた。え?この子、一応俺と同一人物だよなぁ?』



「待って」



 『おお!いいぞシェリ!私を止めてくれ!』



「フェリにはこの色……深い藍もよく似合う」


「わぁぁ……お姉ちゃん!ありがと♡」



『わかってたさ……お前がなんか一番輝ていたことくらいわかってたさ!

 でもよぉ!少しくらい期待するだろ!

 シェリ!おいポンコツ魔王!さっさと正気に戻れ!』


 お姉ちゃんが戸棚から服を出してくれる。


 夜のランプの光がふわっと揺れて、お洋服たちが影をつくるのが綺麗だった。


 お姉ちゃんから、石鹸の匂いがかすかにする。




「フェリ、これ……」


「わぁ……きれい……!」




『やめろ、服にトキめくな!俺だ!中身俺だからな!?』


 お姉ちゃんが広げたのは、深い藍色のワンピース。

 

 夜に“とけちゃいそう”な色。


 指先でそっと生地をつまむと、するん、と月明かりを滑らせるみたいな、冷たい手触りがした。




「お姉ちゃん、これ……着てもいい?」


「うむ。似合う」



 お部屋にあるおっきな鏡の前で合わせてみたら……夜空の双子星みたいで、とってもかわいく見えた。


『双子って何!?どこでそんな乙女センス覚えた!?俺の中の誰だそれ!!』


 スカートをつまんで、ちょっとだけくるんと回ってみる。




「フェリ……かわいい」


「ほんと……?」




『うわぁぁぁぁ!!やめろその破壊力!!戻れなくなるって!!』


 ……頭の中がうるさい。



『似合うんだよ!似合うけどさぁ!!』


 お姉ちゃんがそっと肩紐を調整してくれて、髪もふわっと上げてくれる。


 そのたびに、指が首元に触れて……あったかい。




「かわいい」


「えへへっ♡」


 お姉ちゃん……うれしいよ。




『あっぶねぇ!!今言われたら墜ちるやつ!!俺が俺を止めろ!!!』


 でも止まれなかった。


 だって、お姉ちゃんの目がまっすぐで――

 “私をちゃんと見てくれている”って思えたから。




「……よい」




 お姉ちゃんが小さく頷く。


 それだけで胸の奥がじんわりして……




「おねえちゃん……すき……」




『言ったぁぁぁ!!お前今それ言った!!?』


 お姉ちゃんはふわっと笑って、ぎゅっと抱きしめてくれた。




「フェリも……すき」




『ぐぅぅぅううう!!シェリ!!お前が一番ヤバい!!』


 抱きしめられてると、

 さっきまで怖かった“変な声”も、

 お外の真っ暗も、

 なんにもこわくない気がして。




「……いこ」


「うん♡」




『行くなぁぁぁぁ!!本当に行くなぁ!!!』


 お姉ちゃんの手をぎゅっと握って、 私はランプを持った。


 ――そのとき。


 窓の外の気配が、一瞬だけ“ふっ”と消えた。


『……おい待て。あの馬鹿侍、今どこ行った!?』


 私はお姉ちゃんの手をぎゅっと握ったまま、ドアを開けてみようとしたの。


 でも、うーん!って頑張っても、届かない。


 ドアに手を伸ばす私に、お姉ちゃんがスポッてマントを被せてくれた。



「外、そのままじゃ寒い」


「そっか……ありがとう!お姉ちゃん!」



 せっかくのお洋服が隠れちゃうけど……風邪を引いたらダメだよね。



「フェリ……あったかいね?」


「うん……お姉ちゃんがいるから……」


『いや、あったかいのはこの地獄構図だからだよ!?』



 手をぎゅって握ったまま、お姉ちゃんが玄関の方をちらっと見た。


 まるで、もう全部準備できてるみたいな、そんな落ち着き方だった。



「……いこ」


「うんっ♡」


『やめろぉぉお!!その先は地獄だぞ!!』



 私たちはそっと部屋を出る。


 お姉ちゃんと私の冒険が、始まるの。


『冒険って!家にいようぜ!……いや、中も地獄だったわ!どこも地獄だったわ!』


 ランプの淡い光が揺れて、お姉ちゃんの髪がきらきら光るのが、とっても綺麗で。



「お姉ちゃん……手、もっとぎゅってしてもいい?」


「うむ。……ぎゅ」


『ぎゅうううう!?やめろ腕と心が捥げる!!俺の理性が死ぬ!!!』



 廊下の窓の外――


 さっきまでじぃっとこっちを見ていた気配が、いつのいつの間にか完全に消えていた。



「……お姉ちゃん、ムサ……あの、おっきい人……いない……?」


「平気。ついてきて。……でも見せない」


『は!?監視されてんのに見せないって何!?どういう立ち回りしてんだ魔王!!』



 お姉ちゃんが小さく頷いた。


 ランプの光に照らされて、深い藍色のお洋服がふわっと揺れる。



「フェリ……かわいい。……夜に、似合う」


「えへへ……♡」


『落ちるぅ!落ちるから!俺が今、俺の中で大落下!おえぇぇぇ!!!!』



 心臓がちょっと痛い。


でも今は――


 お姉ちゃんと見てるこのくらい世界が、なんだか全然怖くなかった。



「……いこ」


「うんっ♡」



 こうして私は、お姉ちゃんと夜のお散歩に出かけることにした。


 ――でも。


 廊下の影の奥に、一瞬だけ正座する紫色が見えた気がした。


『やっぱいるじゃねぇかクソ侍!』




――『キンッ』




 はっ!


 嫌な夢を見たぜ……。


 俺がこの領主館のお嬢様で、シェリは姉、筋肉ダルマが親父で……ムサシは……シェリの部下……?


 シェリは俺のことを殺そうとしてるのか????


 ま、まぁ夢だからな。


 夢に決まってる。


 火照った体を夜風がちょうどよく――


 ……夜風?


 足元に視線を落とす。


 棒切れみてぇにほっそい足。


 リボンが付いた卸したての靴。


 黒っぽいマントの隙間からは、さっき夢で見たワンピースの裾。


 顔を上げると、石畳の上を、誰もいない夜風だけが走っていた。

 

 領主館の窓明かりが、やけに遠い。


 ――どういうことだ。


 俺、いつの間に外に……?


 ……てか、さっきも「夢だ夢だ」とか言ってたよな俺。


 全然笑えねぇ。



「フェリ、大丈夫?」



 俺をのぞき込んだ銀髪の少女。


 目じりに、涙がにじんでる。

 

 声が震えてる……え?



「大丈夫……やっぱ帰る」



 自分でちゃんと考えて、言葉にできた瞬間だった。


 ガラスの中に閉じ込められて、自分じゃない自分を見させられていたような感覚から解放されたんだ。


 その正常さに俺は逆に安心する。


 だがシェリの手はぴくっと震えた。


 握る力が、少しだけ強くなる。


 ちょっと痛ぇ。


 ――なのに、俺も無意識で握り返していた。


 は?


 幼女の俺、残ってんのか……?



「おね……お前……」



 シェリに声をかけようとして、口から「おねえちゃん」が出かけた。


 やべぇって!洒落にならねぇからなそのワード!


 だがシェリは、俺の“言いかけ”を聞いた瞬間、わずかに表情を緩めた。


 無表情に見えるけど、確実に喜んだ顔だ。


 ……なんだこの魔王。



「散歩いこ」


「いや……」



 行きたくねぇ。無理だ。


 こんな夜に外出とか、絶対ロクなこと起きねぇ。


 だけど――


 領主館に戻れば ガストンとムサシがいる地獄が待っている。


 その比較は……不本意だが、街のほうがまだマシだ。


 それに、教会なら迷子を保護するはずだ。


 教会に行って保護してもらって、次の日の昼間に脱出……!


 完璧だ!




「……じゃ、ちょっとだけ散歩な」




 俺の決意を聞いたのか、シェリはそっと涙を指で拭って、小さく頷いた。




「うむ」


 俺とシェリは、そのまま石畳の道へ足を踏み出した。


 夜の街は――昼とは違う顔をしていた。


 人の気配が消えた路地はやけに広く感じて、風の音だけが、ひゅう、と耳に触れる。


 潮と煙のまじった匂いが、夜の冷たさと一緒に肺に入り込む。


 それなのに。


 こんな時間まで起きてて、精神的にも限界なはずなのに、足取りが妙に軽かった。


 ……あれ?


 なんか、歩きやすい。体が軽い。


 今日の俺、何してたんだ?



 いや、俺じゃねぇか……幼女人格の俺が一日動き回ってたんだよな。


 あいつ……無意識に体の使い方、最適化してねぇか?


 リズムを取るように、自然と足が前に出ていく。


 重心の乗せ方とか、体のブレとか、やけにスムーズで……


 いや待て、俺、こんな動けるキャラじゃなかったよな?


 なんか……ムカつくんだけど。


 石畳を踏む俺たちの足音だけが、やけに大きく響く。


 カツカツと無機質な音。


 シェリと繋ぐ手がなかったら……正直、怖い。


 駆け出しですら無かった頃の、一人で遺跡に突っ込んだ時の恐ろしさが蘇ってきたみてぇだ。


 昼の喧騒はどこへいったんだ?


 静かすぎて、逆に落ち着かねぇ。


 路地裏の影は濃く、街灯の火石が揺れるたびに、石壁に伸びる影がざわっと形を変える。


 遠くの家で“コトン”と扉が閉じる音がした。


 それっきり、どの家の窓も、光も、動きも見えなかった。



 それすら、やけに大きく聞こえるほど……夜は静かだった。


 そんなときだった。



「クッソみてぇな街だぁぁぁあああ!!」



 不意に、裂けや消した声が夜道に割り込んだ。


 道の端で、飲んだくれがごろりと寝転がっている。


 空き瓶を投げつけ、ふらふら手を伸ばしては、誰もいない闇に文句を垂れていた。


 酒と汗と、安い香水が混じった臭いが、風に乗ってここまで届く。


 ……ああ、いるよな。こういう酔っ払い。


 火石が微かに照らす酔っ払いの顔は、この距離でもはっきりとわかるほどに赤く染まっている。


 王都の夜更けと言やぁ、こういう輩がごろごろいたもんだ。



「フェリ、よけて」



 シェリが一歩だけ前に出た。


 ほんの少し、俺を庇うように。


 だが、俺は――


 勇者時代の癖で、つい眺めてしまった。


 この程度の酔っ払いなんざ脅威でもなんでもねぇし。


 むしろ、懐かしさからか、目を細めて口角が上がっていくのがわかる。


 その瞬間――


 男の濁った目が、ふらふら揺れながら……ぴたりと俺で止まった。



「……なんだァ、チビ……テメェ?」



 酔ってるくせに、妙に動きだけはキレが良い。


 このおっさん、中堅未満ってところか。


 ゆらりと――獲物を見つけたみてぇに俺へ向き直る。



「チビガキが……平和そうに突っ立ってんじゃねぇぇッ!」



 おお、怖い。


 男の手が伸びる。


 胸ぐらを掴みに来る、その距離で――


 気づいた。


 ……ちょ、俺……今……幼女なんだよな?


 腕が細い。


 足は棒切れ。


 この体じゃ、普通に殴られたら――痛ぇ。


 むしろ、そのまま死ぬんじゃねぇか?


 勇者の感覚が抜けねぇまま、現実だけが一気に迫ってくる。


 すぐ隣にいるはずのシェリが、どんどん遠くに行っちまうような感覚に、俺の感覚が恐怖で麻痺し始めているのを自覚する。


 息が詰まる。


 足が動かねぇ。



「……ッ」



 思ったよりも近い拳が、巨人の鉄槌のように見えるそれが、俺の目の間で振り上げられた。


 その刹那――


カアアン!!!!


 硬質な物が石畳を叩く、鋭い音が夜を裂いた。



「おやおや、こんな時間にお嬢さんたち……狼さんに食べられてしまいますよ……?」



 あまりにも異質な空気。


 ベレー帽に似た帽子を指先で摘まんでニッコリと笑みを浮かべた中年くらいの男性が、

片手の火かき棒で地面をリズムよく叩きながら、路地の角から姿を現した。


 腰には塵取りのような物……薄汚れたシャツなどの恰好から、掃除屋であることが窺える。


 照らされた顔は、笑っているのに……どこか目が笑っていなかった。



「こんな夜更けに、狼さんには躾が必要みたいですねェ……」



 風より静かな夜に、その声だけがよく響いた。



「お掃除の時間、というわけです」



 え、掃除屋って……そっちの掃除屋?


 カアアン、と火かき棒の最後の音が夜に溶けた。


 掃除屋は一礼だけすると、路地の奥へすっと消えた。


 ついさっきまで目の前で怒鳴っていた酔っ払いは、影も形もない。


 石畳の上には、俺とシェリと、踏みつぶされた空き瓶だけが残っていて、静けさだけがじわじわと戻ってきていた。



「……なに、これ」


「うむ、……掃除屋、できる」



 なに感心してんだ。


 胸の奥がぎゅっと縮んで、寒さで体が震える。


 かつて魔物の群れを前にしても笑っていられた俺の膝が、酔っ払い一人で笑えないくらいには震えていた。


 シェリの手があったかい。



「やだ……この街、こわい」



 幼女の涙腺、脆い。


 シェリの手が、そっと指を重ねてきた。


 ――その瞬間。


 屋根瓦がひとつ、コロンと転がる音がした。


 見上げると、月明かりの縁に紫色の影が正座している。



「……拙者の、出番……なし……不覚」



 その声は、ちょっと本気でへこんでいるように聞こえた。


 風が吹いて、影も声も、夜の街に吸い込まれていった。


 ……ストーカーも掃除してください。


※第八話は翌日22時に更新予定です!

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