第4話:絶望の気配に気づくのは大事。でも気づかないフリが一番の生存術だ。
――あぁ……朝か。
昨日一日は石鹸と太陽の匂いから始まった気がするが、 ははっ、たった一日でもう懐かしく感じちまう。
手に感じる、この……筋肉の感触。
ぬてっとしてて、汗と油が混ざったあの質感。
あの頃は、朝起きるときはだいたいこんな感じだった。
いや、そうだよなぁ。
幼女化なんてのは、悪い夢だったんだよ。
このゴツゴツした腕の太さ、香水をかけ忘れた時の生の体臭。
皮膚の下で動く筋肉の弾力。
間違いなく――ガストンの腕の中に包まれた感触。
戻ってきたんだな……俺……。
「……フェリちゃ~ん♡ おはよう♡」
――夢じゃなかった。
悪夢のほうが現実だった。
筋肉ダルマは、今、俺の目の前にいた。
「フェリちゃ~ん♡よ~く眠れたかなぁ?朝だよぉ♡」
ち、近い。
顔が。
距離感はどこにいっちまったんだ、ってくらい近い。
息がかかる。
朝から男の湿った息とか誰が求めてんだよ……!
しかも、クソみてぇな口臭しやがって!!!!
朝の鐘……なんか絶妙なタイミングでショボイ音出したな……。
「ん゛……や……!」
拒否しようとした瞬間――。
「フェリちゃん、今日こそはぁ……おじさんとお風呂入ろうねぇ♡」
いやだあああああ!!!!
『ゴォォォォン』
完全に犯罪だろうが!この――
『ゴォォォォン』
「今日も……紅茶、美味」
おい、魔王テメェ!
幼女化して自分は被害あってねぇからって平和そうにしてんじゃねぇ!
いますぐ助けろ!!
つうか、なんでこの育児番組みたいな空間で暢気にイスに座ってられんの?
お”ぉ”ふ …… やべぇ……意識が……
「子どもは清潔にしなきゃねぇ。昨日はお風呂入る前に寝ちゃったし~、今日こそはパパと~♡」
『ゴォォォォン!!!!』
「ガストン……フェリ……しぬ」
「ぬぅ?!ご、ごめんねぇ!抱きしめすぎちゃったかぁ!」
「幼女……扱い、注意」
「フェリちゃ~ん、息して!ひっひっふー!――って、どうすればいいんだ私はぁぁぁ!!」
ま……ず……、離せ!!!!
……マジでこの筋肉ダルマに子どもの取り扱いについて一から説明してくれ。
命がいくつあっても足りねぇ……。
朝の鐘がやたらうるせぇが……おかげで意識を保てた気がするわ……。
てか、スルー仕掛けたが、いつからガストンが俺のパパになった?
こいつの腕に抱えられてっけど、いつになったらおろしてもらえるの?
ベッドから立ち上がられると、床まで高さあって怖いんだが?
これって現実だよな?
あの変な宝玉が見せてる悪夢ってことにならない?
「まずい!フェリちゃんが泣いてしまう!」
眉間にしわを寄せてみたら、なんか大げさにガストンが手を叩いて、使用人を呼び始めた。
どこからともなく八人の男女混じった使用人たちが、手に笛やら太鼓やらを持って音を鳴らし始める。
「フェリちゃんは強い子♪元気な子~♪」
え?俺が泣きそうになったら毎回コレやる感じの雰囲気?
ほら、男の一人、めっちゃ厳つい顔立ちの奴なんか顔真っ赤にして吹いてんぞ?
「フェリちゃん偉~い♪いっち、に、さ~ん♪」
「フェリは強い。いち、に、さん」
シェリ、何を真似してんのかわかんねぇけど、お前が収集つけてくんないとどうにもならねぇんだけど。
あと、お前音痴……か?
……何曲目かわかんねぇ応援歌(?)が終わったころ。
俺は黒髪ポニテの美人秘書――ミレイアに救出(マジで救世主)され、テーブル席に避難させてもらった。
(文官服にしては、かなりラフ……チュニックとあんま変わらねぇな。安っぽくはねぇけど、飾り気のねぇ格好だ)
朝陽が少し体になじみ始めたくらいか。
今、外を眺めながら紅茶を嗜んでいる。
湯気と共に立ち上がる香りに心が癒される。
違和感バリバリの子供部屋にいるが、この時間は至福だと声を大にして言える。
窓の景色にくぎ付けだ。
いや、正確には後ろの光景に目をやりたくないだけなんだが。
部屋の真ん中で正座するおっさんと仁王立ちする美女。
壁に並べられ、うつ向く使用人たち楽器隊。
あぁ――紅茶がうめぇ……。
まぁ、一旦カップを置いて、ミレイアの足まで移動するか。
足スベスベ。
目の前には、正座をさせられている領主代官の筋肉ダルマと、美女ミレイアが仁王立ちして説教をしてる最中。
壁に並ぶ楽器隊たちは代官を止められなかったからと反省させるために壁に並べられていた。
そんな中、たぶん面白いと思ってんのか、シェリがぐるぐる歩き回って観察してやがる。
いろいろと混沌なことになっているが、紅茶も飲み終えちまった俺は見守ることしかできねぇ。
だって、声出してフルで話そうとすっと疲れんだよ。
今はミレイアの足に隠れながら、ズボンの隙間から見えねえかチェックしてやってるところだ。
レディの身だしなみチェックは紳士の基本だろう。
あ、こっち睨んだ。
でもなんかそこまで怖くねぇってことは、きっとこいつも子どもに優しい姉さんってことなんだろうな。
役得、役得。
いや、シェリは真似しに来なくていい。
お前がいると頭が邪魔で見えづらくなるんだよ!
「か、かわいい。ミレイア、そこを代わってはくれないか」
「まったく反省してませんね!ガストン様はしばらくこの子たちに近づくのを禁止しますよ!」
「た、頼む!それだけは!!!」
いいぞ!もっと言ってやれ!!!
「今の私の生き甲斐なんだーーー!!!」
情けねえこと言ってんじゃねぇ!
その歳のおっさんが至る所から水を噴き出してるのとか見てるこっちにとっては拷問なんだよ!
いや、ミレイアもちょっと「言いすぎましたか」みたいな感じで肩を落とすな!
一生こいつを近づけさせないでください。お願いします。
ていうか、幼女化したにしても、体力なさすぎる。
ミレイアの足がちょうど支え棒みたいになって……落ち着く。
こんな感覚、いつぶりだっけか……って思った自分にちょっとムカつく。
「キュン……」
「代官様……うっ」
ん?あ、やべ、バレた……けど、あれ?なんか空気変わってた?
「ごほんっ。えー、では、代官様に代わって、私が彼女たちの面倒を見ましょう」
「それは反対だ!断固拒否する」
「さんせー!」
はい!ミレイア嬢の生足をずっと舐めまわせるなら、ぜひ!
「無用。フェリは“我”が見る」
おい!シェリは余計なことを!!!
な、なんだ?
場の空気がまた変わった?
しかもなんだ……この、心臓を鷲掴みにするかのような圧は……?
呼吸が……でき……ねぇ……。
「シェリちゃんごめんねぇ~。姉妹水入らずがいいんだねぇ~落ち着いて~」
ガストンの一言で、シェリからの圧が説かれた。
「さ、さすがは勇者の娘……その長女。この歳ですでにここまで……」
「ミレイア君。君では母は務まらぬということだ。控えなさい」
「パパの代わりも不要。フェリとシェリ。二人で十分」
シェリ~!でも、ママは欲しい!
俺を癒して、守ってくれるママが俺は欲しい!!
シェリの手を握って猛抗議を試みたが、不意に頭をぎゅっと胸に押し付けられた。
なんだか周りの空気が一気に柔らかくなったような。
コロコロ変わりすぎて俺の感覚が追いつかねぇ!
「……勇者。ほかに人、いると、呪いの話、不可」
静かに耳打ちしてきた。
そうだ。
この体の戻し方、探さねぇと。
――だが、今すぐできることなんて、たかがしれてる。
とりあえずこの街がどうなってんのか、見て回るところからだ。
「フェリ、シェリとなら外、いいって」
「ほんと?やったー!」
……やったー!って、心の中でも同じテンションで叫んじまったぞ。
……あ?思考まで幼児化し始めてねぇ!?
昼下がり、前世での校長の挨拶――長すぎて体調不良者が俺の時代には出ていた――並みに長ったらしいガストンの注意を流し聞きして、やっと外に出ることができた。
フリフリのレースがついた……これ、ドレスっぽいけど子供服だよな?
一応、ワンピースらしいが、青いワンピースに白いフリルでぶりぶりしてて好みじゃねぇ……いや、俺好みにスカートとか短くされると嫌だけどさ。
あと、短パンみたいなもこもこのパンツはいいな!
初日なんて、下着なかったから歩くたびに変な感じがしたし!
……何も知らない俺がコレ見たら笑う自信があるわ。
うん、他人事なら爆笑してたな。
にして、振りかえってみて思う。
領主館というよりも、これ城だよな?
門の前に立ってるんだが、門がもう城壁みたいになってやがる。
四方を石の煉瓦で固められて、中に荘園?みたいなのに囲まれたでけぇ家。
ま、まぁ、そもそもだ。
領主館が異様なのは一旦置いておこう。
この街、王都の城下町ぐらいに広いぞ。
たぶんだが、ここは丘の上だったんだろう。
見晴らしのよかった場所に領主館があった記憶はぼんやりとだがある。
だが、そこから十分くらい歩いたところに集落があったはずだ。
見渡す限り、石畳で舗装された大小さまざまな屋根。
緩やかな石坂がそこへ続いている。
門兵は六人か。
それも、全身甲冑が二人に、軽装の門兵が四人。
「お嬢様、帰りは呼んでいただければ迎えを呼びますので、ぜひ楽しんできてください」
街の入り口で見たような気がする爽やかイケメンが護衛らしい。
一応、距離をおいてくれるようにシェリが頼んでくれたが、よりによって嫌いなタイプが護衛とか……チッ。
「シェリ、いこ」
「うむ」
スッとシェリが手を差し出してきた。
いや、握手か?こっ恥ずかしい。
「待って。手、繋がないと」
……よし。呪い解くヒント、必ず見つける。
この街のどこかにあるはずだ――俺が旅で集めた、たくさんの可能性が。
痛っ!
「転ぶ。足短い」
「うぅっ……うるさい!」
チクショー!
……でもまぁ、いいさ。
この街――どうせロクでもねぇ奴らが集まってるはずだしな。
ガキの声がやけに聞こえる気がするが……よし、行くぞ。
石坂を下りて、門をくぐる。
「シェリ」
「どうし、た?」
「どうおもぉ?」
「うむ。いい街。賑わってて、明るい」
手を引かれながら、街を見てショックを受けている。
シェリの言うように、いい街だろう。
領主館に続くこの門は厳重な警備で、ちっと異物感はあるが、目の前に広がる男女の笑い声。
子供を背負って、袋をかけたババアなんか、楽し気に露店の店主と話しながら果物を買ってやがる。
ちびっ子たちは鬼ごっこか?
大人も子供も、大通りっぽいここで、危険なんて微塵も感じねぇって顔で生きてやがった。
あれ?
美人な女たちと賭博で一喜一憂してる男どもの喧騒はどこ?
武器を片手ににらみ合いしながら、女の奪い合いとかどこにもないんだが?
「あら、本当。そっくりの子よ」
「姉妹らしいけど……大きい子は似ていないが、妹のほうは瓜二つだ」
俺らを品定めするような声が聞こえてきやがった。
「気の毒に……あの子たち、勇者の娘なんだって?」
「やめときな。聞こえるよ」
「でも……大丈夫かしらね。この街で」
すぐ近くの露店でのやりとりだ。
小太りババアと引きちぎってやりてぇくらいの長さの髭男。
シェリの握る手が強くなった気がする。
いや、痛い痛い。
「フェリ、行くよ」
「お、おぅ」
シェリに連れられて、通りを過ぎて、広場についた。
俺のイメージとは本当にかけ離れた街だった。
王都でさえ、昼間の小さい広場なんかには、賭博で負けた奴とか、明らかに仕事のねぇ奴なんかが一人は転がってたはずだ。
目の前にあるのは、女たちが円形のベンチに集まって楽しそうに会話する姿と、ガキどもがあちらこちらで遊んでる。
そんな風景。
俺の目指した、俺だけの街ではなく、色んな奴らが、ガキどもが平和に暮らしてる街の風景だった。
おいおい、ガキなんてその辺で冷たくなってるもんだったろうが。
俺が転生して生まれた村なんて、春になるころにはガキの半分が動けなくなってたぜ?
もちろん、大人もな。
平和なのはいいことだが、俺はただ色んな女とヤッて楽しく過ごすバカみてぇにうるせぇ街になるよう命令したはずなんだよ。
「うむ。フェリの街。すごい」
「あ、あぁ」
「子ども、いっぱい。いいこと」
無表情だったシェリが、静かに笑った。
チッ。
いけすかねぇが、一応俺の街だ。
悪い気はしねぇが、なんか喉に小骨が引っかかったみてえな気分だ。
……たまにはガストンを労ってやるか。
だが、どっか気色悪いのも事実だった。
俺の理想郷じゃねぇからか?
いや、ここが平和すぎるだけで、もっと奥に俺の理想があるかもしれねぇ。
……なのに。
この正体のわからねぇ違和感はなんだ?
そう思った瞬間だった。
広場を通り過ぎる風が冷たくなった。
森で後をつけられてた時の、あの肌が逆立つ感じに少し似てる。
遊んでるガキでも、ベンチにいる女たちでもねぇ。
もっと奥の――石造りの路地影のほうから。
背筋がぞわっとした。
「フェリ?」
「……なんでもない。いこ、シェリ」
見た目が物珍しいだけ……だといいんだが。
胸の奥に、ちりっと針を刺されたみてぇな不安が残った。
※次話「第5話」は明日の20時40分に投稿予定です。




