第11話(3):だいたい触ったら終わりなんだよな
「フェリ、アレ……なに?」
シェリがミレイアの方を指さす。
俺はその指を掴んで、棚に指を向けた。
むすっとした表情を浮かべるが、見てはいけないものがある。
さすがの俺も、あれは見れねぇ……特殊すぎる。
いや、たぶん息子がいたら突っ込んでたけど、色々と。
……目の前にある棚は魔道具コーナーだ。
【分類不明】と書かれてるのは……たぶんミレイアの字だな。
普段の感じからは想像できないくらい雑な字で書かれていやがる。
「こんなに集めて……なにするの?」
「いや、集めてるだけだよ。いっぱいあったら楽しいだろ?」
「うむ……でも実用的なのがいい」
そうか?
奥は見たくないが、改めて見てみればかなりの量だ。
ただ……何が何なのかは正直よくわからん。
ガラスケースに収められているほうを少し見に行けば、オルゴールみたいな箱が入れられたところには【魔力を集める箱 用途不明だが安全 ガストン】と書かれている。
あれ、そんな効果があったのか!
「フェリ、この棚、どういうの?」
「その辺はわかんない。んー、でも全部よくわかんない」
「えぇ……」
「いいじゃん。ロマン!」
「……ロマン」
納得はできてない様子だが、許せ。
コレクションする奴はだいたい同じだ。
たぶん。
棚の一段目にある砂時計みたいなのを人差し指で突いてみる。
魔道具に触るなって言われていたような気がするが、ちょっと小突くぐらいは許容範囲だろう。
だが、ちょっとの衝撃で、それはカラカラと音をたてて、煙を立ちのぼらせた。
「「あっ……」」
蠢くような奇妙な煙。
虫のような形をして、ムカデのような巨大なアゴがカチカチと音を鳴らして俺らを見下ろした。
「な、なにを!!危ない!!!」
途端に、ミレイアの声が響く。
黒い髪を揺らし、すこしズレた眼鏡をかけた、レンズを白く曇らせた全裸の女性が、俺らの前に……いろいろともろ出しだよ!!!!
どうやらさっきまで、金貨のベッドで気絶して寝ていたらしい。
涎のあとが頬から一直線に後頭部に向かってある。
ミレイアの極楽浄土スタイル……突っ込みたくねぇ……。
いや、逼迫した状況だよなコレ!?
慌てて起き上がったからか、ミレイアの体には金貨が貼りついていた。
チャリンチャリンと音を立てて散らばる金貨に、ミレイアの足が取られ――棚に勢いよく突っ込んだ。
その拍子に、砂時計は落ちて、煙が消えた。
何してんだミレイア!
俺のコレクションだぞ!!!
「……フェリ、あれ」
シェリ、いまそれどころじゃない!
「あの玉、そっくり」
「……え?」
シェリが指さした先には、半透明の宝玉。
色は違えど、形や大きさは俺たちを幼女化させたものによく似ていた。
『……わぁ……きれい……』
幼女人格が、胸の奥で息を飲んだのがわかった。
「フェリ、これ……前のみたい」
「前のって言うな。あれはトラウマアイテム」
近づいてみれば、小さな札が貼られていて、こう書いてあった。
【魔力増幅の宝玉/要検証
※ガストン ミレイア 試すも、反応なし おそらく安全】
おそらくってなんだよ。
殴り書きのこの字は、ガストンみがある。
シェリは、じーっと宝玉をのぞき込んでいた。
紫銀の瞳が反射して、宝玉の中に小さなシェリが何人も映っている。
「フェリ、この光……似てる」
「シェリが見たの、使った後のやつ」
『でも……きれい……触ってみたい……』
俺の中の幼女が、好奇心満々。
さっきまで「魔道具に触るな」と釘を刺されていたのに、その言葉がどんどん遠くなっていく。
ついさっき、やらかしたばかりだっていうのに、指先だけ、勝手に温度を上げていくみたいに、むずむずとうずいた。
いや、やめておけ、俺。
こういう時は絶対に碌なことにならねぇ――
だいたいそう思ったときっていうのは、もう体が動いちまってんだよなぁ。
――『キンッ』という音がした。
――『キンキンッ』と、脳天を貫くような音がした。
――『キンキンキンキンキンッ』と、鐘が頭ん中にあるみたいに激しく音を鳴らした。
胸の奥が、ぼふっと膨らむように熱くなる。
心臓の位置から、何かが逆流してくる感覚。
怒りと好奇心にかき消されていた風邪のだるさが一瞬だけ蘇る。
だが、そのだるさは消え、体の中に循環するものが、無理やり押し広げられる。
「うぅ……あ、あつ……」
「フェリ!?フェリの、魔力……増えてる!」
シェリが遠くなる。
声も、距離も。
視界の端で、宝玉の光が広がっていくのが見えた。
棚の上からこぼれて、床を伝い、空間全体に沁み込んでいく。
これ……一瞬でわかっていなかった感覚……か?
前にもあった……やつか。
『……なんか、おっきく……なる……?』
幼女人格の声も、どこかふわふわしている。
同時に、遠く感じる。
やばい……今以上に厄介なことになったら、マジで俺の心が……死ぬ……。
どくん、どくん、と鼓動が身体の隅々まで響いていく。
骨がきしみ、血管の中を何か熱いものが流れ、皮膚の内側から引き延ばされるような違和感。
ミレイアは目覚めない。
止めてくれ――
「フェリ、大変なことになった」
「んー……いまそれどころじゃ……」
ん……?
ぐわんぐわんと頭が揺れる。
頭が重い。
だが、シェリの声はシェリの声だが、ちょっと低い。
同時に、俺の声も少しだけ、響きが変わった。
足は細い。
腕も細い。
髪は……膝位の長さ……だったか?
というか、毛が……服、短くなってる?
「フェリ、我らはどうやら進化したらしい」
途切れ途切れではなく、流暢にしゃべるシェリ。
見上げてみると、ピチピチのパジャマで隠すべきところを隠せていない、銀髪の美女が硬い表情で俺を見つめていた。
腰まで伸びた銀髪に、紫に銀が混じったような瞳。
無表情のようで、繊細な人形のように整った人物は、感覚でわかる。
まぎれもなくシェリだ。
見た目はあきらかに、幼女の時よりも一回りは年上。
幼女ではなく、少女、淑女?
「これは成功か?」
しゃべりのニュアンスは、魔王の時に近い。
だが、見た目から、気の強い無表情な女性という印象に、言葉が出てこなかった。
「フェリもすごい格好だ。早急に、我らには替えの服が必要だな」
「あ、ああ……」
ふと、ガラスケースに反射する。
黄金の髪に、深い青の宝石染みた瞳。
豊満なバストに、括れたウェスト……きゅっと絞られたヒップ。
俺の気持ちを代弁するように、引きつる美女。
ちょっと息を吸っただけで、胸のあたりの布がきしむ。
こんな重量物、前についてたか?ってレベルだ。
「お、大人化してるぅ!!!!?」
声も高いんだが、響きが妙に艶っぽくて腹が立つ。
アンディは依然行方不明だが、今は無かったことにちょっとほっとした。
街で見かけたら、思わずその場で抱いちまうくらいの美女がいた。
それは俺だった。
「フェリ、落ち着け。我らは進化したようだ」
シェリは腕を組み、しゅっとした表情で言った。
進化……進化か?
たしかに、俺好みのスタイルで思わず息を飲んじまいそう。
……そして、俺のこの感情に対して、どこか悦に浸っている自分の存在に気がついた。
俺が俺を抱きたいという感情に、腹の下がゾクゾクと快感を覚えて身震いをしやがる。
……正直、ちょっと抱きてぇって思った自分もこえぇが……俺が俺に快感を抱いたって事実のほうが何倍もこえぇ。
「シェリ……“わたし”たち……すっげぇ美人じゃない?」
「うむ。街で見かけた人物やミレイアと比べても、整っていると言えよう」
「フフッ……なんだか、シェリも“らしく”なった気がするな」
「……身体の成長に、引っ張られてるかもしれぬ」
「そう……そうか……そうね……」
そっか。
それなら仕方ねぇ……“仕方ないわよね”。
あぁ……想像したらゾクゾクしちゃう。
早く、街に行きたいわぁ……。
ゾクゾクしてるのが、俺のせいなのか“わたし”のせいなのか、それだけがちょっとだけ怖かった。
足元に散らばる金貨の上で、俺とシェリはしばらく呆然と立ち尽くした。
魔道具の光はすでに消え、宝物庫の空気はひどく静かだった。
俺とシェリ、気絶している全裸のミレイアの息遣いだけが微かに響く。
冷たい床に転がるミレイアを見て、ぽつりとシェリが口を開いた。
「フェリ……とりあえず服だな」
見れば、急成長した身体に対して、ぱつぱつで今にもはち切れそうな子どもようのパジャマが……着ているというより貼りついているに近い。
「……だな。まず服。あと……ミレイアをどうするか……」
俺らの気も知らずに、幸せそうな寝起きを立てている。
この瞬間、ここにガストンが来たら発狂するぞ絶対。
俺は深いため息をひとつ。
「……だいたい、こうなるような予感はしてた」
「うむ。しかし、子どもの姿の時は漠然と、であったな。今は、こうなって然るべきだと……な」
言い返せねぇ。
小さいと、なんか漠然とした予感みたいな感じなんだよなぁ。
……この街に来てから、ろくなことが起きていない。
今日も例外ではない。
たぶん――明日もだ。
「……女物の着替えもあったよなぁ」
床に散らばった金貨をよけながら、背が伸びて見える衣装棚に向かう。
「なぜそんなものまで……?」
「……いろいろあんだよ……勇者には」
「むぅ……納得はできぬが、今は感謝しよう。胸を支えるものもあるのか?」
「あー……コルセットみたいなのあったかぁ?」
ざっと衣装棚を見てみると……あんまりシェリに見せたくないような際どいものが多くある。
しかし、俺もよくこんな物を……。
「……趣味にとやかく言うつもりはない。だが、なるべくマシなのを頼む」
「わかってるっつの」
呆れてるシェリを尻目に、俺の心は踊っていやがる。
……ちょっと攻めたのを手に取った自分を殴りたい。
いや、男の俺が悪いのであって、わたしは悪くない!
せっかくの身体、露出しなくてなんとするんだ!
背中の開いた深紅のドレスをわたしは手に、シェリはヴァイオレットが特徴的な白い花のブローチが胸元に着いたドレスを。
ガストンが見たらなんていうんだろう。
今は想像するだけで楽しくて仕方がない。
「着替えを済ませたら、すぐに出よう。騒ぎが大きくなる前にな」
「……そうだな」
フェリとシェリ。
――大人の姿で動く、最初の一歩だった。
今回は文字数がとんでもないことになったため、三分割でのお届けでした。
第11話(3)=今回で完結です!
(大人フェリと大人シェリ、どうすんのコレ……って作者も震えてます)




