第11話(1):ファーストキスが最悪な奴はだいたい強くなる
――夢を見ていた。
母親の匂いみたいな、妙に安心する空気。
でも、その安心が逆に不安を呼ぶ……そんな変な夢だった。
身体はある。
棒切れみたいな手足。
感覚はある。
毛先は癖っぽくて……あ、枝毛。
白い空間が、どこまでも広がっていた。
俺……死んだ?
……まだ人生半ば……楽しみきれてねぇ。
いやいや、心労でぽっくり逝くなんて、絶対に認めねぇぞ。
なんだこの真っ白な空間。
いや、でも俺転生した時もこんなんだった気がするし――
「……うるさい」
振り返ると、俺と瓜二つの幼女が膝を抱いて座っていた。
いや、こいつは――
幼女人格。
「もう一人の俺……!」
「俺じゃないよ、フェリだよ」
「そこはノッてくれよ」
「……ごめん」
急に謝られると困る。
「ノリ悪いな」
頭を掻きながら、視線を外す。
ダメなんだよなぁ。
ガキが下向いてるの見ると、胸のあたりがズキズキすんだよなぁ。
「……ごめん」
「あぁ、もういいって」
だが、幼女人格は頭を左右に振ったあと、俺と目を合わせた。
そして、口を開きながら視線を下げた。
「フェリがこわかったとき、わたし……にげた。……ごめんなさい」
胸がズキッとした。
つうか、ノリのほうじゃなくてガチの話かよ。
そういうのも苦手なんだよ……。
答えあぐねている間に幼女の目が揺らぎ、今にも泣きだしそうになっていく。
「はぁ……まぁ、あんなもん、俺でも逃げるっつうの。つうか、押し付けようと思ってたからな!急に引っ込まれて困っちまったよ」
「押し付ける気だったの……?」
「当たり前だろ!誰があんなヤバイ医者に体を任せられるか!」
幼女は、指先をもじもじさせながら、ちらりとこちらを見る。
くっ……罪悪感が……。
「俺もだよ。なんつうか……こっちも悪かったな。押し付けようとして」
「……怒ってない?」
「怒ってねぇよ。悪いのはだいたい他の奴だろ?」
改めて、この街に碌な奴いねぇな。
「筋肉ダルマにストーカー護衛に昔の知り合いが笑顔で言葉のナイフで刺してきたり……座薬専門の医者とか……」
「ムサシ、シン、お医者さん嫌い」
「だろ?だから、俺たちはなんも悪くねぇんだから、お前に怒ってねぇよ」
環境にキレてんだ。
思い返して、肩を落とした俺を見て、幼女の顔が少しだけほっと緩む。
「じゃあ……あの……お肉嫌っていったのも、許してくれる?」
「……どういうことだ?」
幼女は気まずそうに眼をそらす。
「……ミレイアさんにお肉いらないって言っちゃった……わたし、あんまり好きじゃないから……」
……。
数秒の沈黙。
俺の脳内で、ここ最近の違和感が全部つながる。
「……は?」
「……わたし、お肉きらい。噛むの疲れるから。だから、ミレイアさんに、いらないって言っちゃった……」
――毎日サラダ、豆、スープ。
シェリには肉が入ってたのに、俺のには入っていないメニューが多かった。
ミレイアの「本日もヘルシーに仕上げますね」という謎の本気。
そういうことだったのか。
「どうりで俺の飯だけ菜食主義っぽいヘルシー路線だったわけだ!」
「うぅ……」
幼女は指先をツンツンと合わせながら情けない声を出しているが……。
「……あれ全部、お前が原因か?」
目線を逸らすな!
いや、聞かなくてもわかってたけどよぉ!
「肉食わせろ!原動力だろうが!」
幼女の眉間がぽくっと寄った。
「やだ!」
「やだじゃねぇだろ!」
「いや!」
「言い方の問題じゃねぇ!」
「だってぇ……口、疲れちゃうから……!」
「嚙む力すらねぇのか今の体!?」
いや、たしかに文字数多いと息切れするけど!!
「やだもん……わたし、肉きらい……!」
「やだもん、じゃねぇ!俺は!肉が!食いてぇの!肉で育ったんだよ俺は!」
「でも、お口つかれるもん!」
「お前の口事情は知らねぇ!!」
「知らなくていいもん!」
二人の声が白い空間に反響する。
……そして、しばらくの沈黙。
幼女は泣きそうな顔で、ぽつりと言った。
「……わたしのお口……ちっちゃいから……いっぱい噛むの……大変なの……」
その言葉に、俺は思わず黙り込んだ。
……まぁそうか。俺、いま子どもの体だったな。
ちくしょう……理屈では勝てるはずなのに、状況が幼女の味方してる。
深くため息をつき、俺は言った。
「……わかったよ。肉は……俺らが噛みやすいように切ってだしてもらう。それでいいか?」
幼女は、ほわっと花が咲いたみたいに笑った。
「うんっ!」
「ったく……調子乗んなよ?」
笑顔の破壊力が高ぇ……。
ガストンが甘やかしたのも、今だけならなんかわかる気がしないでもねぇな。
「っつうか、俺もお前も同じ身体なんだからちっとは好きでいろよな。なんなんだよお前」
「えへへ。わたしはわたしだよ?」
頬を赤くして、膝にのせてコロコロ笑うこの幼女が……。
「……じゃあ、肉は俺の担当。代わりにちょっと嫌なことは全部お前の担当な」
「ちょ、ちょっとってなに!?おしっこじゃないよね!?ぜったい違うよね!?」
「知らねぇよ!不公平はよくねぇだろうが!」
幼女がパッと目を潤ませて、ぷるぷる震える。
「……フェリのいじわる……」
「うるせぇ!ちょっとくらい苦いのも覚えろ!」
「じゃあ!幸せも半分こ!」
「そこは……人それぞれだな」
「やだ……半分こ……したいの……わたし、ひとりじゃ、やだよ……」
「……おい、泣くなよ。泣きそうな顔すんなって」
幼女は小さく息を吸って、ぽつりと言った。
「じゃあ!先にあげる!だから、許して……ね?」
その言葉とともに、幼女の指先がそっと俺の胸に触れた気がした。
――白かった空間が、ゆっくりと黒へ溶けていく。
石鹸の香りが心地いい。
身体にかかる重さと、沈み込む感覚から、ベッドの上にいると理解するのに、時間はかからなかった。
息苦しい。
口もやけに……濡れてやがる。
……よだれか?
『おねえちゃんとチュー!』と、頭の奥で、幼女人格の歓声が弾ける。
シェリが男だったことを俺はよく知っている。
幼女化して、いやこいつはもはや幼女と言っていいのかわからん。
やや少女寄りの成長をしている部分がある。
そこはいい。
吸ってもいい。
だが、口だけはねぇだろう!
男だった頃のコイツの悪魔みたいな笑顔で微笑んでたシーンがフラッシュバックする。
背筋がキンッ……と冷えた。
『おねぇちゃんはおねえちゃんでしょ?』
そう思うならそうなんだろう……。
お前の中ではな!!
俺の中のこいつは――
魔王で!
男で!
そして、奴隷なんだよ!
そんなヤツに!!
「んちゅ……ふぇり……ほうひは?」
距離ゼロ。
口回りを拭くつもりだったらしいシェリの舌が、俺の口の中を自由探索モードでうろついている。
おい舌、帰れ!
道に迷ってんじゃねぇ!!
――こうして俺の幼女ボディ・ファーストキッスはよりにもよってディープで、よりにもよってコイツで、よりにもよって最悪の思い出へ刻まれた。
「ほろへぇ……」
「ふぇり、だいたん……」
……ふて寝しよ。
今回の11話、書いてたら宝物庫みたいに膨れ上がってしまったので、
まさかの三分割です。
第11話(2)は明日の22時に公開予定!
フェリとシェリの“進化後”の騒動、よかったら覗きに来てください!




