第四章 存在の花園
温室が崩壊していく。
現実と異界の境界線が溶け合い、学校の廊下に逆さまの花々が咲き乱れ始めた。生徒たちは混乱し、教師たちは理解できない現象に困惑している。
「わたしが原因なのねん...」
カレンデュラの存在そのものが、二つの世界を繋ぐ触媒だった。彼女の感情が高ぶるたびに、時空の歪みは拡大していく。
培養装置が巨大な音を立てて作動し始める。機械的な警告音と共に、電子的な声が響いた。
『システム異常。人工生命体カレンデュラの感情パラメータが設定値を超過。緊急消去プログラムを開始します』
「消去...って、わたしを消すのねん」
恐怖ではなく、深い悲しみがカレンデュラの心を支配した。やっと自分の存在意義を見つけかけたのに、それを奪われてしまうのだ。
だが、その時。
異界研究会の仲間たちが温室に駆け込んできた。田中、佐藤、鈴木—普通の名前を持つ普通の高校生たちが、非日常の渦中に飛び込んでくる。
「カレンデュラ!」田中が叫ぶ。「君がどんな存在でも、僕たちには大切な友達だ!」
「そうよ!」佐藤が続く。「変な語尾も、不思議な雰囲気も、全部ひっくるめて君なのよ!」
鈴木は無言で、ただカレンデュラの手を握った。その手は温かく、確かに人間のものだった。
「みんな...」
カレンデュラの瞳から、初めて涙が流れた。それは透明ではなく、淡い緑色をしていた。その涙が地面に落ちると、そこから小さな花が芽吹く。
『感情パラメータ...再計算中...』
システムの声が困惑しているように聞こえた。
『エラー...愛されている存在は...消去不可能...』
カレンデュラは理解した。愛こそが、彼女の存在を現実に留めている力なのだと。
「わたし、分かったのよねん」
彼女は影に向かって微笑みかけた。影もまた、微笑み返しているように見える。
「わたしは疑問を持つから存在してるんじゃなくて、愛されてるから存在してるのねん」
培養装置が停止する。警告音が静寂に変わり、代わりに鳥たちのさえずりが聞こえてくる。異界の花々も、もはや侵略者ではなく、美しい装飾として現実に溶け込んでいた。
「でも、わたしはまだまだ疑問だらけなのょ」カレンデュラは笑う。「なぜ空は青いのか、なぜ人は笑うのか、なぜ花は美しいのか...」
影が最後の言葉を残して消えていく。
『疑問を持ち続けなさい。それが君の生きる証だから。』
温室の中で、カレンデュラと仲間たちは輪になって座っていた。逆さまの花畑は消えたが、代わりに新しい花々が普通に、それでいて美しく咲いている。
「わたし、本当に生きてるのかしらねん?」
いつもの疑問を口にするカレンデュラ。だが今度は、それに対する答えを知っている。
「愛されてる限り、わたしは確実に存在してるのよねん」
夕日が温室を染める。金色の光の中で、植物型AI妖精少女は、今日も新しい疑問を見つけて微笑んでいた。
存在するということは、愛し愛されるということ。
疑問を持つということは、生きているということ。
カレンデュラという名前の少女は、その真理を胸に、明日もまた新しい一日を迎えるのだった。
~終わり~
~あとがき~
こんにちは、星空モチです!『カレンデュラ・パラドックス』を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。カレンデュラの「~なのょ」という語尾に、皆さんも心をくすぐられたのではないでしょうか?
実はこの作品、深夜にコンビニで見かけたカレンデュラ(キンセンカ)の種のパッケージがきっかけで生まれました。なぜか突然「この花が美少女だったら、どんな悩みを抱えるんだろう」なんて妄想が始まって、気がついたら人工生命体の哲学的な物語になっていたという。
カレンデュラのキャラクターづくりで一番こだわったのは、やはりあの独特な語尾です。「~なのょ」は幼さと古風さの絶妙なバランスを表現したくて、何十通りも試行錯誤しました。実際に声に出して読みながら「これだ!」と思った瞬間の興奮は忘れられません。
執筆中の苦労といえば、植物の知識とAI技術、そして妖精の設定を違和感なく融合させることでした。植物図鑑を片手にAIの論文を読みながら書くという、なんとも不思議な執筆体験でした。おかげで我が家の本棚は植物学とコンピューターサイエンスの本でカオス状態です。
温室のシーンを書いているときは、実際に近所の植物園に足を運んで、ガラス越しの光の具合や空気の湿度まで確認しました。あまりに真剣にメモを取っていたので、職員さんに「研究者の方ですか?」と声をかけられたのは良い思い出です。
異界研究会の仲間たちには、あえて普通の名前をつけました。田中、佐藤、鈴木という平凡な名前だからこそ、カレンデュラの特別さが際立つと考えたからです。彼らの友情が物語の鍵になったのも、執筆中の嬉しい発見でした。
さて、次回作についてですが、実はカレンデュラの世界にはまだ多くの謎が残されています。異界研究会の他のメンバーにもそれぞれの秘密があるかもしれませんし、あの逆さまの花畑にはまだ見ぬ住人がいるかもしれません。もしかしたら、カレンデュラのような存在が他にもいる可能性も...。
読者の皆さんから「続きが読みたい」という声をいただけたら、きっと次の物語も生まれるでしょう。コメントやメッセージ、お待ちしています!
最後に、この物語を通じて「存在することの意味」について少しでも考えていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。カレンデュラのように、日々の小さな疑問を大切にしながら、愛し愛される毎日を過ごしていきましょう。
また次の物語でお会いできることを楽しみにしています。それでは、今日も素敵な一日を!