第二章 時間の裂け目
その日の放課後、カレンデュラの意識に異変が起きた。
「あ、あれ?なんか変な感じなのょ」
突然、視界がぐらりと揺れる。まるで水面に映った景色が波紋で歪むように、教室の風景が液体のように流れ始めた。
他の生徒たちの声が遠ざかり、代わりに聞こえてきたのは風鈴のような、それでいて電子音のような不思議な音色。カレンデュラの瞳に映る世界が、まるでテレビの画面にノイズが走るように点滅する。
「これって、もしかして...」
彼女の胸元の芽の装飾が、いつもより強く光り始めた。まるで警告灯のように明滅を繰り返し、周囲の空気が微かに振動する。
足元がふわりと浮く感覚。重力から解放されたような、それでいて深海に沈んでいくような矛盾した感覚が全身を包み込む。
「わたし、どこに向かってるのかしらねん」
気がつくと、カレンデュラは学校の温室の前に立っていた。だが、いつもの温室とは明らかに違う。ガラスの向こう側に広がっているのは、見慣れた植物園ではなく、まるで別世界の花畑だった。
空が逆さまに流れている。雲が下から上へと逆行し、太陽らしき光源が複数個、異なる角度から温室を照らしている。
「きれい...でも、なんだかとっても懐かしいのょ」
温室のガラス越しに見える花々は、地球上には存在しない色彩を放っていた。紫と金が混じったような薔薇、透明な茎を持つ百合、宙に浮かぶ蒲公英の綿毛。
そして、花畑の中央に立つ一つの影。
「あの人...わたしに似てるのよねん」
影の輪郭は曖昧で、まるで霧でできているようだった。だが、その立ち姿、髪の流れ、全体的なシルエットは確かにカレンデュラ自身と酷似している。
影が振り返る。顔は見えないのに、なぜかその視線を感じる。まるで鏡の向こう側から見つめられているような、不思議な既視感。
「わたしの...過去?それとも未来なのかしらねん」
温室のガラスに手を当てると、ひんやりとした感触の中に、微かな温もりが混じっていた。まるで生きているガラスのように、彼女の体温に反応して表面が薄く光る。
空気が震える。時間の境界が曖昧になっていく感覚。
「この裂け目って、わたしの記憶と繋がってるのょ。」
カレンデュラの直感が告げていた。この異世界の花畑こそが、自分の起源に関する手がかりを握っているのだと。