従魔契約
「……このような美味い肉は初めて食べたぞ」
一匹で十キロ以上の黒毛和牛を平らげた白狼はどこか満足そうな表情と共に呟いた。
「普段、自分で調理とかしないのか?」
「しない。肉などはそのままで食らうことが多いからな」
「軽く火で炙ったりしないのか?」
「やってみたことはあるが焦げてしまって上手くできなかった。焦がしてマズくなるくらいなら生でいい」
まあ、狼さんだからな。人間と違って調理に向いている体をしているとは思えないし、できたとしても本当に軽いものくらいだろう。
「――と思っていたのだが、お前のせいで我の価値観は変わってしまった。責任をとれ」
は? 白狼から唐突に告げられた言葉に俺は呆けてしまう。
「責任をとれってどういうことだよ?」
可愛らしい美少女に言われるならまだしもわからなくもないが、相手は白銀の毛皮を纏った巨大な狼だ。その言葉をどんな意味で捉えていいのかわからない。
「我がお前の従魔になってやろう」
なってやろうって、なんでそんな上から目線なんだ? まあ、コイツが偉そうなのは今に始まったことではないのでスルーしてやる。
「従魔って、あのゲームとかでよくある人間と契約した魔物のことか?」
「げーむとやらが理解できぬが、概ねそのような認識で合っている」
……レベル1の俺が、レベル456の白狼を従えるってどういうことだよ。
コイツさえいれば、オセロニア王国と敵対している魔王だって倒せるんじゃないか?
いや、今の魔王は穏健派だと聞いたし、積極的に戦いを仕掛けにいっているのは王国の方だ。それに今の俺は王国や勇者たちと何も関係が無いし、そんなことに首を突っ込むつもりもない。無意味な想像だ。
「お前みたいな強い魔物が俺の従魔になるメリットがあるのか?」
「美味い飯が食える。ただそれだけだ」
「…………なるほど」
どうやらこの白狼は俺の作った料理が気に入ってしまったらしい。
「光栄な申し出だと思うが断る」
「なんだと? この俺が従魔になってやると言っているんだぞ? 断る要素がどこにある!」
「どこにあるも何もこんな大飯食らいを連れていたらCPが無くなっちまうっつうの!」
「CPとやらが足りなくなれば、我が魔物を討伐して魔石をとってこればいい」
「え? そういう頼み事とか聞いてくれたりするの?」
「CPとやらがなければ、黒毛和牛が食べられないのであろう? ならば、それくらいのことはやってやろう」
プライドが高そうなのでてっきり俺の言う事なんてほとんど聞いてくれないと思っていたが、そういう頼み事を聞いてくれるのであれば悪い関係ではないかもしれない。
俺には今のところ魔物と戦う力はほとんどない。
魔物を倒すことができないのでCPの源である魔石を集めることができず、困っていたのだがその役割を白狼が担ってくれるのであれば別だ。
「いや、でも無理だ」
「なぜだ!?」
「俺はこのキャンピングカーって乗り物で移動するんだ。これよりデカい従魔を連れて移動なんてできない」
白狼の体の大きさは明らかにキャンピングカーを越えている。
どう頑張っても中に入ることは無理だ。
「そのキャンピングカーとやらがどれだけの速さで移動できるのかは知らぬが、きっと我の方が速いぞ?」
「俺はこのキャンピングカーで旅すると決めているんだよ」
いくら白狼のレベルが高く、キャンピングカーの維持のために魔石を集めてくれたとしても一緒に連れて移動することのできない者を従魔にすることはできない。
「というか、このキャンピングカーが無いと肉を買うことはできないからな?」
「なにッ!?」
食材を購入していたのは俺のスキルだと思っているようだが、残念ながらキャンピングカーが無いと購入することはできない。
つまり、俺とキャンピングカーを分離すると、ただの無力で弱っちい人間と大きなガラクタにしか残らないわけだ。
「むむむ、そういう事情であればしょうがないな」
「わかってくれたか?」
「ああ、我が小さくなってやろう」
そう言うと、白狼の体がみるみるうちに縮んでいき、俺の想像する狼くらいのサイズへと変化した。
「え? 白狼ってば体の大きさを変えられるのか?」
「我くらいになれば、これくらいのことは造作もないことよ」
自慢げな表情をしながら鼻を鳴らしてみせる白狼。
姿と形は変わらないが、完全に体が小さくなっている。
先程は体長が十メートル以上あったのに今となっては百五十センチほどだろうか?
体の大きさを自在に変えられるなんて魔物という生き物は不思議だ。
「キャンピングカーとやらに入れれば問題ないな?」
白狼は軽やかに跳躍をすると、空いている窓から運転席へと入り込んだ。
「……確かに問題ないな」
白狼がキャンピングカーに乗れるようになった以上、最大の懸念は取り除かれたと言っていい。
白狼がいれば魔物から俺の身を守ってくれるだろうし、率先して魔物を倒して魔石を集めてくれる。CPの獲得が最大の難関になると思っていたが、白狼が従魔になってくれれば悩みの種はほぼほぼ解決する。
「決まりだな。では、従魔契約だ。我が呪文を教えてやるからお前は文言を唱えるのだ」
「わかった」
こくりと頷くと、俺の目の前で白狼が呪文を囁いた。
それを何度か唱えて、契約のための呪文とやらを暗唱する。
「覚えたな?」
「ああ、問題ない」
「では、いくぞ?」
白狼の足下を中心として、光り輝く魔法陣が展開される。
ファンタジックな光景に呆然としていると、白狼からさっさとしろとばかりの視線を貰ったので俺は慌てて暗記した呪文を口にした。
「『我が名はキリシマ=トオル。汝の身を我が元に、我が身の命運を汝の元に。永遠の誓いを胸に抱くのであれば、この意に応えよ!』」
「よかろう。この我が汝の従魔になってやろう」
白狼が了承の意を示す声を上げると、俺と白狼の間にパスのようなものが繋がったのがわかった。
「契約の儀式は終了だ」
パスで繋がったことにより白狼の存在を密接に感じられる。
これが従魔契約を結んだ効果なのだろう。
「これで我はお前の従魔となった。主には契約を結んだ証として従魔である我に名付けをする義務がある」
「え? じゃあ、ポチとかどう?」
名前を提案をしてみると、白狼が眉間に深いしわを寄せて不機嫌になる。
「断固拒否する。よくわからぬがその名前は酷く侮辱されているような気がしてならん。真面目に考えよ」
どうやらお気に召さなかったようですごい顔で睨まれてしまった。
実家にいる大型犬と同じ名前で覚えやすく、呼びやすいと思ったんだけどな。
「じゃあ、シロは――」
「ああん?」
「白狼なのでハクでどうでしょう?」
「……ふむ、ハクか。悪くない。よし、今日から我はハクと名乗ろう」
必死に知恵を振り絞っての提案は白狼を満足させることができたらしい。
白狼は上機嫌にハクという名前を反芻するように呟いた。
それからハクはこちら振り返って小首をかしげる。
「そういえば、お前の名前はなんというんだ?」
あれだけステーキを焼いてやって、従魔契約までしたっていうのに今さらだな。
「霧島透。トオルと呼んでくれ」
「わかった。トールだな」
「ト・オ・ルだ」
強調するように何度も名前を教えるが、どうも言い慣れない名前なのかどうしてもトールになってしまうようだ。狼の口の構造上、発音しにくいのかもしれない。
「言いづらい」
「なら、トールでいいよ」
トオルだろうとトールだろうと聞こえる音はほぼ同じだしな。やや違和感はあるものの俺が聞き慣れる方が楽だし早い。
「では、これからよろしく頼むぞ? 我が主のトールよ」
「ああ、よろしく頼む」
こうして俺はハクを従魔にするのであった。
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