ある日、森の中。白狼さんに出会った
平原をキャンピングカーで南下させ続けると、森の入口が出現した。
旅人や馬車がよく通るのか道は存在しているが、道幅も随分と狭そうなので上手く運転できるか心配だ。
念のためにカーナビを操作して迂回路を確認してみるが、他のルートで進むとこれよりも険しい道を進むことになる上に走行距離も伸びることになる。
先程、車体機能を追加してCPを消費してしまったので大きな迂回をすると燃料が尽きてしまう可能性がある。
「この森を真っ直ぐに突き進むのが賢明か……」
覚悟を決めて、俺はカーナビの指示通りに森の中に入ることにした。
草原の時よりも速度を落としてキャンピングカーを進ませる。
タイヤから柔らかな土や落ち葉を踏みしめる感触が伝わってくる。
道の両端には木々が広がっており、陽光が木漏れ日となって地面に揺れる影を描いていた。
道端にはシダや野草が生い茂っており、色とりどりの小さな花がひっそりと咲いている。
「……なんか普通にキャンプによさそうだな」
景色を眺めながら思わずそんな呟きを漏らしてしまう。
さっきの草原とは違った心地よい静けさをしている。時折、響いてくる野鳥の声、木々のさわめきが何とも心地よさそうだ。
開いた窓から入ってくる空気はとても澄んでおり、緑に囲まれることでリラックス効果がありそうだ。
とはいえ、ここは魔物の跋扈する異世界だ。
さっきのゴブリンのように魔物に襲われるかもしれない。
何かあればすぐに停車して結界を展開することにしよう。
ドキドキしながらハンドルを握りしめて進んでいくと、徐々に周囲が暗くなっていることに気付いた。
「森の中だけあって暗くなるのが早いな」
車内の時計に視線をやると、まだ時刻は五時頃だ。
それなのに森の中は既に薄暗くなっている。
高い樹木や植物が光を遮り、地面や周囲に届く光量が少なくなっているせいだ。
「早めに今日のキャンプ地を決めた方がいいな」
どこか開けた場所は無いだろうかと運転しながら視線を巡らせていると、ちょうど樹木の無い開けた空間を見つけた。
見たところ地面も平坦だし、キャンピングカーを乗り入れるのに十分なスペースがある。
早速とキャンプ地を決めた俺は、道から少し逸れて開けた空間にキャンピングカーを停車させることにした。
エンジンを切ると、早速と結界を発動。
これでキャンピングカーの周囲は安全というわけだ。
運転席から降りると、少し湿った土の香りと樹木の清々しい香りがした。
「うーん、やっぱりいい場所だな」
凝った身体をほぐすように伸びをすると、俺は外部収納庫からお気に入りのテーブルとチェアを取り出して組み立てる。
「そして、次は焚火だな」
これから夜が深まるにつれてドンドンと森の中は暗さを増していく。
光源を確保するために焚火が必要だし、異世界の夜がどれだけ冷え込むかわからないからな。まあ、それが無くても俺は焚き火が好きなので焚火をするんだけどな。
一応、キャンピングカーに薪を積んであるが、せっかくなら現地調達でしたい。
結界の外には生き物の気配らしいものもないし、少しだけなら大丈夫だろう。
外を歩き回ってみると、大自然の中だからか枝葉がたくさん落ちていた。
「たくさんあるな」
枝を折ってみると、パキッとした音を立てて割れた。
この音が鳴るのはよく乾燥している証だ。
薪は細いものが燃えやすいので細いものもしっかりと回収。
細いものの数が少し足りないが、太い薪をバトニングすれば問題ないだろう。
大量の薪を回収と、火熾しに使う火口を探す。
着火にはマッチやチャッカマンといった便利道具を使うので軽い火つけになりそうなものを探す。
山や森などで拾える火口の代表は松ぼっくりや杉の葉であるが、さすがに異世界の森で都合よくは見つからない。
火口向きなのは柔らかくて空気をたっぷりと含み、できれば油脂もたっぷり含んでいるものが望ましい。足元にはわけのわからない植物が落ちているが、こいつらは着火剤として使えそうだろうか?
【ナミダグモの樹皮】
乾燥したナミダグモの樹皮。燃やすと催涙成分のある煙が出る。
【アシダーハの葉】
アシダーハの葉。燃焼しやすいが、かなりの量の煙が出る。すぐに燃え尽きるために火口には向かない。
【コンロイの実】
油脂分をたっぷりと含んでおり、よく燃焼する。湿気ていると爆ぜることがあるので注意。
足下に転がっているものを鑑定してみると、コンロイの実というものが火口に適していそうだったのでこちらを採用。他の二種類は火口には向かない性質なので不採用だ。
大量の薪とコンロイの実を持ち帰ると、結界の中へと戻った。
チェアの脚を調節して前傾にすると、腰かけて回収した薪を並べた。
火を大きくするための細い木や小枝が足りないので太い薪を割ることにする。
グローブを装着し、ナイフを取り出した。
薪にナイフを当てると、その上を棒でナイフの中心を叩く。
ナイフの背がちょうど隠れるまで食い込ませると、最後はナイフの切っ先を棒で叩いてやって薪を最後まで割り切った。
――カンッ、カンッ、カンッ、パカッ。
甲高いバトニングの音が静かな森に響き渡る。
小気味の良い音が心地いい。
ちなみにこのナイフはアメリカ製のフルタングといって非常に頑丈で衝撃にも強いのでバトニングにも最適だ。ちょっとやそっとで折れたりはしない。
バトニングをして薪が十分に揃ったら草木が傷つかないようにグラウンドシートを敷いて、その上に焚き火台を設置する。
ここは異世界の森なので直火禁止などのルールはないだろうが、火事になるのも怖いので念のために焚き火台を使うことにする。
もうちょっと見開きのいい場所や湖畔などの近くであれば、直火でやってみよう。
焚き火台を設置すると、その上に火がつきやすいように枯れ葉を敷いて、火口となるコンロイの実を置く。
そして、バトニングした細木や小枝を組むと、その上に太い木や枝を組んでいく。
しっかりと空気が通るようにピラミッドの三角錐を作るようなイメージ。
薪を組み終わったら着火だ。今回はファイヤーライターズを採用。
火器不要のマッチ付き着火剤。燃焼時間は約八分から十二分と通常のマッチとは異なり着火に十分な時間燃焼し続けるのでアウトドアなどに非常に便利だ。
着火剤である枯れ葉、コンロイの実に当たるように火のついたマッチを押し付ける。
コンロイの実に火がつく。そこから小枝、少し大きな枝に火が移っていくまでが火熾し最大の勝負どころ。ここでむやみに薪をいじったり、慌てて薪を追加すると消えてしまう。
じっと我慢しながら火がまわっていくのを見守る。
火を着けるのではなく焚火を育てるのだ。
徐々に火が大きくなり、大きな木へと燃え移る。
「ここまでくれば大丈夫だな」
火を維持するために薪を詰め込みたくなってしまうが、無暗に詰め込むと空気の通りが悪くなって火が消えてしまう。燃焼には空気が必要だからだ。
かといって間を開けすぎると熱が逃げてしまう。
この加減が難しいところだが、空気と熱の感覚がわかるようになると、焚き火が楽しくなる。俺もまだまだ勉強中だ。
暗闇の中で灯る明かり、じんわりと伝わってくる炎のゆらめき。時折、薪が弾けてパチパチと音を立てる音が堪らないな。
ボーッと焚き火を眺めていると、気が付けば周囲は真っ暗になっていた。
「そろそろ飯にするか……」
今日は一日中運転をしただけだが、それでも俺のお腹はしっかりと空いていた。
夕食こそは黒毛和牛にお酒を合わせるのだ。
そんなわけで昼と同じようにステーキの用意をする。
今回は焚き火をしているのでキャンピングカーのキッチンではなく、外で調理をする。
冷蔵庫から黒毛和牛を取り出す。二枚目のサーロインは少し脂身が多かったので包丁で無駄な脂身をカットする。カットした脂身は牛脂として使える上にカリカリに焼いてやればいいお酒のおつまみにもなるので無駄にはならない。
脂身を落とすと、まな板の上にサーロインを放置して、常温にまで戻す。
このちょっとしたひと手間で温度差が小さくなり、より効率的に火を通すことができるのだ。
その間に俺はニンジン、ブロッコリー、パプリカなどのグリル野菜を用意しておく。
それが終わる頃にはサーロインが常温になっていたので焚き火台の上に鉄のフライパンを設置。
フライパンを温めると、小さな脂身を牛脂として投入。
「さすがに昼間に同じ味付けだけ面白くないからな。夜はあっさりめにワサビと塩で食べよう」
温めたフライパンの上にサーロインステーキを投入すると同時にグリル野菜も投入。
今回は焼きながら軽く塩、ブラックペッパーをかけることで味付けをする。
サーロインの表面がカリッと仕上がるくらいに火を通すと、火の弱い部分に移動させ、トングでひっくり返す。
表面の半分の時間ほど熱を通すと、火から上げてフライパンに蓋をする。
五分ほど経過して余熱を通すと、サーロインステーキがしっかりと焼けていた。
まな板の上で一口サイズにカットして、グリル野菜と一緒にお皿に盛りつける。
「最後に塩とすりおろしたワサビを盛り付ければ、サーロインステーキの完成だ」
メインのサーロインステーキが出来上がると、残った脂身で簡単なおつまみを作る。
先程のフライパンに脂身を投入し、そこに塩、ブラックペッパーをかける。
脂の部分をフライパンの底に当てるようにして焼いていき、焦げ目がついたらひっくり返してやる。
脂が多いものはトングで押し潰すようにして焼いてやり、カリカリになったらお皿に盛りつけてやる。
あとはソース作りだ。
フライパンに残った脂のほとんどを廃棄すると、バターと少しのニンニクを投入。
ニンニクが焦げる前に軽く醤油を投入して加熱。これでニンニクバター醤油が出来上がった。
これを先ほど揚げたサーロインの脂身にかけてやれば、牛脂のカリカリ揚げの完成だ。
メインのサーロインステーキとおつまみのカリカリ揚げも美味しそうだ。
ウッドテーブルの上に料理を並べると、キャンピングカーから赤ワインとグラスを取ってくる。
グラスに赤ワインを注ぐと、すべての準備は整った。
「いただきます!」
サーロインステーキをフォークで突き刺すと、塩にちょこんとつけてから口に運んだ。
「塩も美味いな!」
昼間のガツンとくるようなニンニク風味も良かったが、軽く塩をつけてやる方がサーロインの繊細な脂の甘みが感じられるような気がした。
塩を味わうと、次はワサビだ。
「ああ、ワサビもいい!」
肉のジューシーな脂が舌に広がり、口の中でとろけるような食感がくる。続けて、ワサビのツンとした辛さが鼻に抜け、その後の爽やかな風味が全体を包み込んでいた。
そして、最後に赤ワインをあおる。
サーロインのジューシーな旨みとワインの果実味や熟成香が絡み合い、両者の味わいをさらに引き立てている。
「美味い!」
牛脂のカリカリ揚げとの相性もいい。
肉料理との相性が最高過ぎて、無限にワインが進んでしまう。
誰もいない森の中で焚き火を眺めながら、サーロインステーキと赤ワインで晩酌。
最高の夜じゃないか。
焚き火の熱とは別に頬が赤くなる。
どうやら少し酔っているようだ。
赤ワインなんて久しぶりに飲んだからな。お酒に弱くなっているのかもしれない。
贅沢なこの時間をもう少し味わっていたいので赤ワインの呑むペースを落とす。
チビチビと味わうようにして呑んでいると、不意に前方の枝葉がカサリと揺れた。
「なんだ? またゴブリンか?」
胡乱げに視線を向けると、木々の間からぬっと現れたのは巨大な狼であった。
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