ゼータも男の子
ニルエットに戻ってきた俺はキャンピングカーを収納し、採掘場のドワーフに指定された製鉄所に徒歩で向かった。
「すみません。鉄鉱石の輸送依頼を受けた者です。鉄鉱石はどこに運び込めばいいですか?」
「鉄鉱石はどこに?」
「アイテムボックスにあります」
「おお、アイテムボックス持ちとは珍しいですね!」
怪訝な顔をしていたもののアイテムボックスがあることを告げると、作業員は納得したような顔になった。
「では、ここにお願いします!」
「……多分、ここじゃ入らないと思います」
「へ? どれくらいの鉄鉱石を収納しているんです?」
「五トンです」
「はぁ!?」
「本当ですよ?」
「ちょっ、親方に確認してきます!」
真顔で総量を告げると、冗談ではないと察したのか作業員が大きな建物の中に入っていった。
しばらく外で待っていると、親方らしき人物が出てきた。
またしてもドワーフが出てきた。
採掘所のドワーフと親類なのか、それとも種族的に似ているだけなのか俺には区別がつかない。ハクはまじまじと親方とやらを見つめて「ドッペルゲンガーか?」などと失礼なことを呟いていた。
「お前さんが鉄鉱石を五トンも持ってきたっていうバカげた冒険者か!?」
「そうです。一応、ここに依頼受注書と採掘所のドワーフの方からの書類もあります」
書類を差し出すと、親方はひったくるようにして書類を手にして確認する。
「……どうやら本当みてえだな。大きい方の倉庫に案内する」
「わかりました」
親方に連れられて、製鉄所の中央にある巨大倉庫に案内された。
親方の号令で作業員たちが邪魔な資材や工具をすべて片付ける。
あちこちで怒声のような声が響き渡り、前世での土木建築の現場などを想起させた。
「よし、そこにぶちまけてくれ!」
「わかりました」
親方や大勢の作業員たちが見守る中、俺はアイテムボックスを解放。
ドドドドドッという音を立てて亜空間から鉄鉱石が零れ落ちた。
「これで全部です!」
五分ほど轟音を立てると、俺が収納していたアイテムボックスからすべての鉄鉱石は吐き出された。
積み上がった鉄鉱石を目にして、親方たちが驚きの声を上げた。
「うおおおおおおお! 中央倉庫が鉄鉱石でいっぱいになりやがったぜ!」
「親方、これで鉄不足が解消されますね!」
「ああ、それどころかスケジュールを前倒しにして作業ができる。今年は大規模輸送が必要無くなるかもしれねえし、上手くいきゃ長い休暇が取れるぞ!」
次の季節の区切りは休みが取れないかもしれない。
そんな絶望から長期休暇の希望が見えた作業員たちは歓喜の声を上げていた。
俺も元は会社員だったためにその嬉しさは非常にわかるものだ。
「冒険者のあんちゃん、ありがとな!」
「いえいえ」
微笑ながら作業員の様子を眺めていると、親方であるドワーフがにかっと笑いながら背中を叩いてきた。
……たまには人の役に立つ仕事をやってみるのも悪くない。
●
残りの二つの製鉄所を回り、アイテムボックス内にあるすべてに鉄鉱石を納品してきた俺は冒険者ギルドに戻ってきていた。
「トールさん、お戻りが早いですね? なにかトラブルでもありましたか?」
「いえ、鉄鉱石の運搬依頼が終わったので報酬を受け取りにきました」
「……はい? えっと、まだ依頼を受注してから三時間しか経っていないですよね?」
ニルエットから西の採掘場まで通常なら馬車で片道四時間ほどかかる。それなのに三時間でギルドに戻ってきたら受付嬢が訝しむのも無理はない。
「こちらが達成証明のハンコと支払い料金の変更サインになります」
「鉄鉱石の運搬五トン!? ちょ、ちょっとお待ちください」
依頼を達成したことを証明する書類を提出すると、受付嬢をじっくりと目を通し、バタバタと職員フロアへと引っ込んでしまった。
「鉄鉱石五トンの納品だと!? こんな短時間でどうやってやったんだ?」
程なくすると、ギルドマスターであるゼータが奥から姿を現す。
またか。またギルドマスター案件になるのか。
「俺にはアイテムボックスに類するスキルがありますので」
「アイテムボックスだと? にしても、収容量が多すぎじゃないか? 普通は数百キロが精々だぞ?」
「そうなんですか?」
首を傾げると、ゼータは常識知らずを見るような視線を向けてくる。
アイテムボックスはただでさえ貴重なんだし、そんな人たちの平均を知るなんて難し過ぎる。
「……輸送に関してはいい。問題は往復にかかる時間だ」
ギルドとしては俺の驚異的な移動能力の方が気になるようだ。
依頼を驚異的な時間で達成する度に、変な疑いをかけられるのは面倒だな。
隠して不信感を抱かれるより、ここはシンプルに伝えた方がいいだろう。
「それに関しては固有スキルで何とかしました」
「従魔の背中に乗ったわけじゃねえのか?」
「ただの荷運びで背中に乗せるなどゴメンだ」
ゼータの疑問は本人であるハクの口から否定の言葉が飛んだ。
ハクは気難しい性格をしているので主である俺も安易に触れることは許されない。別にちょっと触った程度で怒ったりはしないが、ペットのように愛でると露骨に嫌がられるのだ。
残念ながらキャンピングカーが召喚でき、地力で高速移動ができるためハクの背中にまたがるような機会はない。
「だとすると、本当にトール自身の固有スキルなのか……」
「ええ」
こくりと頷くと、こちらを見下ろしていたゼータがロビーの端に移動して手招きをする。
デカい図体をした男が手で招いてくる姿はとてもシュールだ。
「ひょっとしてトールの固有スキルっていうのは、ニルエット近郊に出現したっている自走する鋼色の馬車と関係があったりするか?」
「あ、まさにそれです!」
「なんだお前だったのか」
「もしかして、噂になっていましたかね?」
街中に関しては人目につかない宿の裏でこっそりと召喚していただけだが、外に出る際は思いっきり召喚して走らせている。
時折、行商人や冒険者とすれ違うこともあったので目撃されていてもおかしくはない。
「ああ、ここ最近目撃情報が多発していて、新種の魔物なんじゃないか調査を進めようとしていたんだが正体はお前の固有スキルだったのか……」
「お騒がせしてすみません」
「あまり冒険者の固有スキルを詮索するのはよくないが、俺はギルドマスターとして確認する義務がある。悪いが、鋼色の馬車とやらを見せてもらっていいか?」
「いいですよ」
俺はゼータに案内されて通路を真っ直ぐに進んで階段を降りていく。
すると、だだっぴろい堅牢なフロアが広がっていた。手前には受付カウンターがあり、その奥にはいくつもの武器と防具が立てかけられていた。
「ここはギルドの演習場だ。今の時間帯は誰もいないし、俺が貸し切りにしてある」
人払いはしっかりとされており、ゼータ以外に固有スキルが露見することはないようだ。
「わかりました。では、いきます。【車両召喚】」
俺はゼータから少し離れるとキャンピングカーを召喚した。
「うおっ!? 召喚系の固有スキルか!?」
突如、目の前に出現したキャンピングカーに驚きの声を上げるゼータ。
懐から書類を取り出すと、そこにある記述と照らし合わせるようにしてキャンピングカーに視線を向ける。
「目撃報告にあった特徴とほぼ同じだな。間違いない」
「よかったです。では、戻しますね」
「待て!」
「あ、はい。どうしました?」
「もう少し見てもいいか? どうしてだろう? この馬車を見ていると、妙に心が高揚するんだ」
俺の固有スキルを探りたいだけの言葉かと思いきや、ゼータの瞳はとてもキラキラとしていた。そこには職務を果たすべきギルドマスターではなく、ただ純粋にカッコいいものに惚れた一人の少年――男の子がいた。
そんな瞳をされては俺としてもキャンピングカーを引っ込めるわけにはいかない。
「……ゼータさんにはこのキャンピングカーの良さがわかりますか?」
「コイツはキャンピングカーというのか……ダイナミックで重量感のあるフォルムがいいな」
「そうなんです! 俺のキャンピングカーは内装だけでなく、外装にもこだわっているんですよ! 特にVmaxのデザインは通常のボレロよりも鮮やかな色使いが施されていて、光の当たり方で見た目の印象が変わるんです!」
「通常のVmaxとやらはさっぱりだがカラーリングと高級感にこだわっているのは俺にもわかるな」
「その良さがわかるとはゼータさんもやりますね!」
「ははは、ありがとよ。キャンピングカーの中とやらも見てもいいか?」
「いいですよ!」
異世界ではじめてキャンピングカーの良さをわかる人物に出会えた嬉しさから、俺は嬉々としてボレロの素晴らしい性能を教えるのだった。




