鉄鉱石の運搬
ニルエットから西側にある荒涼とした大地を俺はキャンピングカーで走っていた。
視界には大地が果てしなく続いており、ひび割れた土が剥き出しになっている。
草木はほとんど見当たらず、たまに枯れた低木が孤独に立っているだけ。
そんな風景を切り裂くようにしてキャンピングカーが進む。
「トールよ、どこに向かっているのだ?」
「少し先にある鉱山さ。あそこから産出される鉄鉱石をニルエットまで運搬するんだよ」
俺が冒険者ギルドで引き受けたのはEランクの鉄鉱石の運搬依頼。
ニルエットから一時間ほど離れたところの鉱山からは豊富に鉄鉱石が産出されるらしいが、街まで運び込むのに時間と労力がかなりかかるらしい。
通常は季節の区切りに大人数の作業員と護衛の冒険者を総動員して待ちに運び込むそうだが、今回は季節の区切りを迎える前に鉄鉱石が不足したらしい。
そんなわけで少量でもいいので急遽冒険者に運び出してほしいそうだ。
「なんだ。ただの荷運びか……」
「でも、道中には魔物も出てくるっぽいから――って、噂をすれば、なんか出てきた」
助手席にいるハクと会話をしていると、フロントガラス越しに砂煙を上げて接近してくるものが見えた。
【デザートランナー】
LV16
HP:85
MP:38
攻撃:61
防御:48
速さ:66
賢さ:28
幸運:29
鑑定すると、デザートランナーと表示された。
黒い羽毛を纏った巨大なダチョウだ。
獰猛な顔つきをしており、五体ほど横に並んで疾走してきている。
長い脚は筋肉質であり、その先には鋭く湾曲した鉤爪が装備されている。
このままだと確実に衝突する。
俺はハンドルを左に切って車体の方向を変えると、それに合わせたデザートランナーも向きを変えてきた。
「なんでだよ!」
今のでハッキリとわかった。
デザートランナーはこちらを標的にしており、このままぶつかってくるつもりだ。
気持ち的には車体強化して吹き飛ばしてやってもいいんだが、魔物とはいえ進んでキャンピングカーで何かを撥ねたいとは思わない。
「我が行こう。ちょうど体を動かしたいと思っていたところだ」
「おう、頼む」
頑張れば振り切れないこともないが、デコボコした荒野の中でレースなんてしたくないからな。
ハクは助手席の窓からするりと出ていくと、音も無く地面に着地して駆け出す。
「クエエエエエェェッ!」
ハクを目視した瞬間、デザートランナーは威嚇するように黒い翼を大きく広げて声を上げた。しかし、ハクにそんなちんけな威嚇など効果があるはずもない。
リザードランナーが鋭い嗅爪によるハイキックを繰り出す。ハクは体をずらして最小限の動きで回避すると、そのままリザードランナーとすれ違う。
「クエエ? ……グエエエッ!?」
何事もなかったことにリザードランナーたちが細長い首を傾げたが、次の瞬間に体から血を噴き出して倒れ込んだ。
キャンピングカーを停車させてみると、リザードランナーは鋭い何かで全身を切り裂かれているような状態だった。
「ふむ、昼食は鶏料理だな」
ハクがご機嫌そうな様子で戻ってくる。
後ろに生えている何本かの尻尾は赤く染まっていた。
恐らく、すれ違い様に自慢の尻尾でリザードランナーたちを切り裂いたのだろう。
ブンッと軽く振るうと地面に赤い液体が飛び散る。それだけでハクの尻尾は純白の輝きを取り戻していた。
不思議な素材だ。
ハクの体毛で衣服を作ることができれば、軽く叩くだけで汚れとかが落ちるのかもしれない。そんなどうでもいいことを考えてしまうほどに便利そうだと思った。
●
リザードランナーと遭遇してからは魔物と遭遇することはなく、俺たちは十分ほどでニルエットから西にある採掘場へとたどり着いた。
周囲には荒々しい岩肌が剥き出しになっており、削られた岩壁が複雑な模様を描いていた。石や鉱石を掘り出した跡が無数に点在し、大小様々な坑道の入口が見える。
坑道の方からは微かにツルハシを打ちつける音が響いており、採掘した鉄鉱石を倉庫に運び込む様子が見えた。
驚かせないようにキャンピングカーは収納し、徒歩で進んでいく。
倉庫の中には大量の鉄鉱石が積み上がっており、人間の作業員とドワーフが何かしらを話し合っている様子だった。
「すみません! ギルドで鉄鉱石の運搬依頼を引き受けた者なのですが!」
その者たちに向かって声をかけると、ヘルメットを被ったドワーフがやってくる。
「受注書とギルドカードを見せてくれ」
「はい、どうぞ」
ギルドの正式な手続きによって受注された書類とギルドカードを渡すと、ドワーフは胡乱げな視線を向けてくる。
「登録したてのFランクか……」
「はい、そうです」
「鉄鉱石を街まで運ぶには荷車に積載して運ぶのが一般的なんだが、そんなひょろい体でいけるのか?」
俺の身体を無遠慮に見つめて言ってくるドワーフ。
一応、外でアウトドアをするために最低限の体力と筋トレはあるが、本業の冒険者たちにはどちらも敵わないし、覇気のようなものだってない。
このドワーフが心配するのも当然だ。
「大丈夫です。俺にはアイテムボックスがあるので」
「お前さん、アイテムボックス持ちなのか?」
「少し特殊ですが、そんなものです」
「本当か! ならここにある奴を入るだけ収納していってくれ!」
「わかりました!」
こちらがアイテムボックス持ちとわかった途端にドワーフの態度が軟化した。
アイテムボックスなら限りなく安全に最低限の量を輸送することができるので期待値が違うのだろう。
俺は鉄鉱石の積み上がった山の傍に近寄ると、亜空間を開いてそこに吸い込ませるようにして鉄鉱石を収納する。
「……おいおい、どんだけ収納できるんだよ?」
亜空間を開くごとに、ごっそりと鉄鉱石の山が削られていく。
そんな光景を目にしてドワーフはあんぐりと口を開けていた。
千キロくらい収納されたけど、俺のアイテムボックスの容量はまだまだ問題ない。
ドンドンと鉄鉱石を収納していく。
「今、何キロくらいだ?」
「大体、三トンを越えたくらいでしょうか?」
「もう十分だ!」
「え? まだまだいけますよ?」
「いや、それ以上は逆に俺たちが困るんだよ! 金が支払えなくなる!」
「ああ、そうですか」
五トンを越えた辺りでドワーフからストップがかかってしまったので、俺は仕方なく鉄鉱石の収納をやめた。
「ちょっと待ってくれ。支払い料金の再計算をさせてくれ。たった一回でこんなにも輸送するなんて想定外だ」
ドワーフの話によると、通常は数日間かけながら二百キロから四百キロの鉄鉱石を運ぶもののようだ。それをたった一度で十倍以上の量を運ぶことになったので予算が狂ってしまったらしい。
ドワーフと作業員たちが集まって話し込む。
「どうする? 予算がまったく足りてねえぞ」
「いや、考え方を変えるんだ。本来季節の区切りに作業員や冒険者を総動員して莫大な出費をしていたことを考えれば、ここで金を出しておいてたくさん運んでもらった方が遥かに安上がりだ」
「そうだな! ここはケチらず存分に運んでもらおう!」
あまり隠すつもりもないのかそんな会話がハッキリと聞こえてきた。
様子を見る限り、話は纏まったようだ。
「この金額で問題ないか? 詳しくはこの紙に計算式が書いてある」
ドワーフの差し出した紙を確認すると、今の鉄鉱石の一キログラム辺りの市場価値と、重さによる運送料の割合、距離、危険手当てなどを加味した計算式が書かれていた。
最終的な金額は金貨五十八枚。
Eランクの荷運び依頼の報酬と考えると、かなり破格だな。
でも、俺のキャンピングカーの能力を考えると、まだ交渉の余地はある。
「俺のキャンピングカーを使えば、高速で鉄鉱石を輸送できるのでもう少し料金を勉強できませんか?」
「キャンピングカー?」
「自走式の馬車のようなものです」
車両召喚で倉庫の外にキャンピングカーを召喚すると、ドワーフたちが驚きの反応を示した。
「このキャンピングカーならニルエットまで二十分もかからずに到着します」
「たった二十分だと!? 本当なのか?」
「本当です。あとで嘘だとわかったら料金を取り立ててもらっても構いませんよ」
「半日もかからないんだったら製鉄所の作業の遅れも取り戻せるな。よし、追加で金貨三枚を支払う。その代わり、街にある三か所に分散する形で鉄鉱石を納品してくれるか?」
街ではキャンピングカーを走らせることはできないので面倒だが、アイテムボックスを拡張したので徒歩で周っても納品することはできる。
「いいですよ」
「よし、ギルドにはこの計算式で支払うようにと伝えといてくれ」
交渉が成立したところで俺とドワーフは握手を交わし、ハンコが押印された支払い書を受け取った。
「それじゃあ、運んできますね!」
キャンピングカーに乗り込むと、エンジンを始動させて走らせる。
サイドミラーを確認すると、後方ではキャンピングカーのスピードに驚くドワーフたちの顔が映っていたのだった。




