キャンピングカーで国を出奔
異世界に召喚された翌日。
宿のチェックアウトを済ませると、俺は速やかに城下町の外へと出た。
かなり早い時間帯とあってか城下町の外には人影は誰もいない。
しばらく街道を歩いていくと、城下町を囲う防壁がドンドンと遠くなっていき、見張りの騎士すら見えなくなった。
「この辺りでいいだろう。車両召喚ッ!」
周囲に誰もいないことを確認すると、俺は固有スキルを発動。
すると、俺の目の前にキャンピングカーが出現した。
昨日、宿の裏庭で召喚したものとまったく変わらないものだと確認すると、俺は速やかに運転席に乗り込んだ。
「とりあえず、ナビを確認してみるか……」
試しにナビを起動させると、見たことのない地図が表記された。
恐らくはこの世界の地図だろう。
現在地はオセロニア王国の首都オセロニアのすぐ傍ということになっており、周囲には近隣の街や村などが表記されていた。
ひとまずの俺の目的はオセロニア王国を出ること。
オセロニア王国の北には戦争状態であるという魔国ベルギオスが存在し、東には緊張状態にあるというビースタスがある。
戦争になんて巻き込まれたくないのでそれらの国から一番遠い南方面へと下っていくのが良さそうだな。
南には商業連合国という商売の盛んな国があり、人種差別なども薄い平和な国だと聞いた。
ひとまずは商業連合国を目指すという形で南下していこう。
ナビを操作し、オセロニアから南下した先にある村を到着先へと指定。
なにやら広い森を越えなければいけないようだが、キャンピングーカーがあれば何とかなるだろう。
シートベルトを着用し、ペダルの位置とミラーの調整を行う。
キーを挿入し、エンジンがかかったらメーターに異常がないかを確認したらキャンピングカーを走らせた。
「快適だな」
街道には石畳が敷き詰められているが、日本の公道に比べると地盤は悪い。
しかし、このボレロは快適性と安定性のバランスが取れたキャブコンだ。ハイエースをベースとした剛性のお陰で車体が安定している。
車体が高いために横風の影響を多少受けやすいが、サスペンションやフレームがしっかりとしているために不安定になることは少ない。
なによりシートが快適だ。運転席と助手席のシートは大型車特有のクッション性があり、長時間の運転でも疲れにくくなっている。
座席も高めなので視界が広く、運転時の安心感も大きい。
さすがは『走る家』と呼ばれるだけはある。
街道は真っ直ぐに伸びている。
他の車はいないし、歩行者だっていない。
もちろん、信号機だってないので走る上で何も気にする必要がない。最高だ。
俺はナビの指示に従って、街道をまったりと走らせるのだった。
●
街道を南下すること三時間。
俺は見晴らしのいい平原でキャンピングカーを停めて休憩をとっていた。
何もない道とはいえ、さすがに車を三時間も運転し続けると疲れるものだ。
いくら快適なキャンピングカーとはいえ、三時間も座っていれば腰への疲労も溜まってくる。
そんなわけで少しばかりの休憩だ。
運転席から降りた瞬間、広大な緑のカーペットがどこまで広がっていた。
風が吹く度に土と草の香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。
青空はどこまでも澄み渡っており、白い雲が悠々と浮かんでいた。
視界の先には小さな丘が薄っすらと見えて、そのさらに奥には連なる山の稜線がくっきりと見えていた。
太陽の光が優しく降り注いでおり、草色の葉がキラキラと輝いていた。
「はぁー、空気が美味い」
深呼吸をすると、新鮮な空気が肺に取り込まれる。
排気ガスなどによって空気が汚染されていないのだろう。異世界の空気はすこぶる新鮮だ。
深呼吸をしているだけで身体が喜んでいるのがわかる。
「せっかくだ。外で座るか」
俺はいそいそとキャンピングカーのリア後部に回ると、外部収納庫を開けた。
ここはベッド下とも繋がっており、室内外からアクセスが可能となっている。
アウトドアテーブルやチェア、各種ギア類を収納されており、内外から気軽に荷物を取り出すことができるのだ。
早速、俺はアウトドア用のテーブルとチェアを取り出す。
テーブルはグランドホームスライドテーブル。高さを三段調節できるウッドテーブルを地面に設置した。
次にチェアを組み立てる。
片手で持てるキャリーバッグから四角いフレームとポールを取り出す。
四角いフレームにポールを接続して組み立てる。前後の脚の長さを調整しながら組み立てると最後に生地を取り付ける。これだけで組み立てが完成だ。
ウッドテーブルとチェアを設置するのに四分も経過していない。
「やっぱり、設営は楽に済ませたいからな」
手の込んだキャンプギアでの設営も悪くないが、毎回そんなことばかりをしていると疲れてしまうからな。一人で小休憩するのであれば、手軽に設置できるものが一番だ。
楽できるところは楽をして、楽しいところを思う存分に楽しむ。それが俺のキャンプスタイルだ。
チェアに腰掛けると、見事に身体が包まれる。
他のチェア製品よりも幅や高さに十分な長さがあるので、ゆったりと座ることができるので快適だ。
周囲には視界を遮る木々や建物が一切なく、人の気配はまるでない。
こうして広大な平原の中で座っていると、世界には自分一人しかいないんじゃないだろうかと錯覚してしまいそうだ。
チェアに腰かけてのんびりとしていると、不意にお腹が鳴った。
運転をしていただけなのでお腹は空いていないと思っていたが、意外にも胃袋は空腹を訴えていた。
「何か食べるか」
ナビを確認すると、この平原の先には大きな森がある。
森の中だとゆっくりとキャンプができるかも不明なので、今の内に食事を済ませておくのがいいだろう。
冷蔵庫の中を確認すると、真空パックに入っている分厚い牛肉を発見。
はじめてのキャンピングカーでのキャンプということで昼食は豪勢な牛肉を食べたいと思い、この日のために買っておいた黒毛和牛A4ランクサーロインである。
本当であれば、ふもとっぱらキャンプ場で富士山を眺めながら食べるはずであったが、異世界召喚されてしまったために食べることができなかった。
あちらで食べるはずだったために解凍しているので、できれば早めに食べてしまいたい。この黒毛和牛を食べよう。
天気がいいので外でキャンプギアを展開して肉を焼くのもありだが、はじめてのキャンピングカーでの旅ということなので車内にあるキッチンで焼いてしまおう。
国産モデルでは車内で調理するユーザーが少ないということで常設コンロが装備されていない場合が多いが、俺は普通に車内でも料理をしたい派なので装備している。
最近のキャンプ場はどこも設備が充実しているためにキッチンは必要ないという声もあるが、施設を頼りにするといざという時に困ることが多いからな。
少なくともこの異世界にはキャンプ場なんてものはないだろうからキッチンを装備しておいた俺の判断は正しかったと言えるだろう。
そんなわけで車内のキッチンで調理を進める。
キッチンバサミで業務用真空パックを開封すると、分厚く美しいサシの入ったサーロインが姿を現した。
「これは絶対に美味いやつだろ」
まずはサーロインに塩とブラックペッパーを両面に塗り込んで下味をつけていく。片面だけでなく裏面まで丁寧に。
キッチンのコンロに火をつけると、静かな車内に小さな炎の音が響いた。
フライパンを弱火でゆっくりと温めると、牛脂を投入してじっくりと溶かしていく。
フライパン全体に馴染んだら牛脂を回収し、スライスしたニンニクとローズマリーを炒めていく。
ニンニクが狐色に変化して脂に風味が移ったらサーロインを投入。
ジュウウッと静かに油の弾ける音がした。
肉を焼くこの音と匂いが堪らない。
火加減は少し弱めの中火くらいでじっくりと火を通す。
香ばしく焼き上がった色合いを確認すると、トングで裏返してやって裏面にも火を通す。
やがて裏面も焼き上がったら木製のまな板の上へと引き上げる。
レアが良ければこのまま食べることもできるが、俺はミディアムが好みなのでそのまま放置して余熱によって火を通す。
二分ほど経過すると、包丁を差し込んで一口サイズにカットした。
「完成! 黒毛和牛のサーロインステーキだ!」
完成すると、俺はそのまま料理を手にして外のテーブルに向かった。
車内で食べるか一瞬迷ったけど、これだけ天気もいいんだ。
チェアとテーブルも設置してあることだし、食べるのは外でもいいだろう。
サーロインステーキには赤ワインといきたいところだけど、さすがにこの後も運転するからな。仕方なくコップに注いだ麦茶で我慢することにした。
「いただきます」
料理、食器、飲み物などの準備が終わると、俺はフォークを手にして焼き上げたばかりのサーロインステーキを口にした。
「美味い……ッ!」
黒毛和牛特有の上品で甘みのある脂が口の中でふわっと溶けていく。まるで、上質なバターのような口溶けだ。
肉の繊維は驚くほどに柔らかく、噛む度にじゅわっと肉汁があふれ出る。
塩、ブラックペッパー、ニンニクといったシンプルな味付けが肉の旨みをシンプルに伝えてくれていた。最後にピリッとしたローズマリーがいいアクセントになっている。
一口食べることに食欲が増していき、気が付けばサーロインステーキは無くなってしまった。
「さすがは黒毛和牛だな……」
空を見上げながら満足感に浸る。
はじめてのキャンプ飯のために奮発して購入した甲斐があったな。期待を裏切ることのない味わいだった。
一口一口がとても贅沢で食べ進めるのが惜しいと感じてしまうほど。
俺も立派な成人男性だ。
食べ応えのあるサーロインステーキとはいえ、たった一枚では満腹とはいえない。
サーロインステーキは冷蔵庫の中にもう一枚残っている。
「いや、もう一枚は夜の楽しみにとっておこう」
これほどの美味しいお肉をお酒と一緒に楽しまないのは勿体ないからな。
運転する必要のない夜に思う存分に楽しむことにしよう。
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