繁盛する屋台
どこかで見覚えのある冒険者だと思ったら、ニルエットへの道中で出会ったフランツたちであった。
「まさか、昨日の今日で偶然再会するなんてね」
「俺もビックリだ」
今日のエスリナは深緑色のローブは纏っておらず、動きやすいラフな服装だった。
長杖も手にしておらず、編み込まれていた髪はゆったりと流している。
完全なオフモードって感じだ。
リックとドルムンドは鎧を外しているが、服装の雰囲は冒険の時とあまり変わらない印象だった。
「屋台で販売してるってことは、無事に商人ギルドで登録はできたんだな?」
「ああ。だけど、ハクの従魔登録に関しては色々とあってな……」
登録早々に商人ギルドマスターに連行されたことを語ると、リックがどこか納得したような表情で言った。
「オルランドさんは元Aランク冒険者だからな」
やっぱり、あのおじさんは只者ではなかった。
ひと目でハクが白狼だと見抜いたくらいだしな。かなりの修羅場を潜ってきたのだろう。
「だが、これからのことを考えると、しっかりと事情は話しておいた方がいいからな。結果として話のわかる御仁が出てきてくれて助かったと言えるじゃろう」
「そうだな」
いくら大騒ぎになるからといって、ずっと嘘をつき続けるわけにはいかないからな。
結果として話しのわかるギルドのトップで穏便に話し合うことができたので良かったと言えるだろう。
「フランツたちは休日か?」
「ああ、そうだよ」
「昨日、依頼から戻ってきたばかりだしな」
「それに破損した装備の修理をしないといけんのじゃ」
ドルムンドが悲しげな表情で凹んだ円形盾をなぞる。
他にも肩当て、胸当て、籠手なんかにも大きな傷がついており、それらを修理しないことには冒険もままならないだろう。
「ねえねえ、トールが売っているのってキャンピングカーの中で話していたアウトドアグッズのことよね? よかったら見てもいい?」
「構わないけど、武具の修理はいいのか?」
「私はただの付き添いだから」
エスリナは後衛の魔法使いということもあり、装備のメンテナンスは必要ないようだ。
「トールのアウトドアグッズが気になるな! 俺たちも武具の修理が終わったらすぐに戻るよ!」
武具屋に用事のあるフランツたちは急いで店内に駆けこんで行った。
「さて、トールは私にどんなものをオススメしてくれるの?」
「エスリナにオススメするのはファイヤーライターズだ。これは魔力を使わずに火を起こすことができるんだ」
「火打ち石みたいなものかしら?」
「イメージとしては合っているけど、こっちの方が着火は遥かに楽だよ。なにせ中にあるマッチと言われる棒を側面で擦るだけで火がつく」
「えっ! たったこれだけで火がついたの!?」
あっさりとマッチを着火させると、エスリナが目を丸くした。
「火起こしが苦手な人でも簡単にできるし、エスリナのように魔力を節約したい魔法使いにとっても便利だろ?」
「すごいわ! こんなに小さな道具で楽に火をつけられるなんてッ!」
「よかったらエスリナもやってみるかい?」
「いいの!?」
手渡してあげると、エスリナはおそるおそるマッチを取り出して、パッケージの側面に擦りつけた。
「本当についたわ! すごいッ!」
「だろう?」
「でも、これって持続的に魔力を流しているんじゃないでしょ? すぐに消えちゃったりしない?」
「このマッチの軸には圧縮木材繊維に植物性ワックスを染み込ませたタイプの着火剤が含まれているんだ。そのお陰で十分程度は燃焼を続けるよ」
「十分!? そんなに!?」
さすがに新品の炭は難しいけど、針葉樹の薪くらいなら着火できる。
太いものでも二本も使えば確実だ。
「ずっと火が安定しているわね。それに変な匂いもしない」
「このファイヤーライターズの素晴らしいところは欠点の無さなんだ」
ほとんどの着火剤にはなんらかの欠点がある。
例えば匂いにクセがあったり、荷物の中でボロボロになったり、使用すると手が汚れたり。
しかし、ファイヤーライターズにはそれらの欠点が一切ない。
取り扱いも簡単でストレスを感じにくい着火剤なので、とても重宝している。
「でも、こんな便利な道具だと高いんでしょう?」
エスリナがファイヤーライターズを見つめながら難しい顔をする。
気になるファイヤーライターズの値段であるが、まだ決めていない。
「エスリナはいくらだと思う?」
「そうね。魔力を使用せずにこれだけ火が安定した火を起こせるとなると、最低でも銀貨八枚以上なんじゃないかしら?」
ファイヤーライターズに必要なCPは70。
70CPを獲得するのに必要な魔石は銅貨三枚ほど値段だ。
つまり、一つ売るだけで銀貨七枚と銅貨七枚以上の利益が出る。
かなりボロ儲けだ。
「なるほど。でも、それじゃ冒険者は手が届かないよな?」
「ええ。すごい性能の着火剤とはわかっているけど、緊急時に備えて一つ買っておくのが精々ね。低ランクの冒険者や一般市民は到底買えないと思うわ」
質は悪いとはいえ、ニルエットでは着火剤は銅貨二枚から三枚で買えるのだ。
いくら魔力を消費せず、スピーディーに着火できるとはいえ、銀貨八枚以上の着火剤を大勢の人が買えるはずがない。
「じゃあ、このファイヤーライターズが一つ銅貨六枚の提供ならどうだ?」
アウトドアグッズでお金を儲けたいとは思っているが、俺は外に冒険に出る人たちに快適な時間を過ごしてもらいたい。
ひとつひとつの利幅を小さくして大勢の人に買ってもらう作戦だ。
俺が値段を提示すると、エスリナが勢いよく銀貨を叩きつけた。
「買うわ! それなら五個……いえ、十個買わせて!」
「じゅ、十個!? わ、わかった」
「兄ちゃん、俺にもそれを十個くれ」
「私には五個ちょうだい!」
「こっちには二十個だ!」
「えええ!?」
エスリナにファイヤーライターズを渡すと、後ろから大勢の人々がお金を手にして言ってきた。
「いつの間にこんなに!?」
「実際に火をつけ始めた頃から多くの人間共が集まってきたぞ」
あまりの多さに驚いていると、折りたたみチェアで寝転んでいるハクが言った。
まったく気づかなかった。って、今はボーッとしている場合じゃない。
こっそりと屋台の裏でアイテムボックスを発動し、ファイヤーライターズの在庫を追加。
「わ、わかりました! すぐにご用意しますので順番にお並びください!」
通行人の邪魔にならないように列を整理すると、お客から貨幣を受け取ってファイヤーライターズを渡していく。
次から次へと商品を渡していくが客の姿は一向に減ることがない。
……これ、何人いるんだろう?
なんて思っていると、金貨しか持っていない婦人が現れたり、他の商品について尋ねてくる冒険者も現れ出す。
さすがに俺一人では手が回らない。
猫の手も借りたい状況だが、ハクは呑気にチェアで丸まっている。
清々しいくらいに主への忠誠心がない従魔だ。
「トール! 手伝うわ!」
「ありがとう。助かるよ」
キャパオーバーに陥っている俺を見かねたのか、エスリナが手伝ってくれる。
申し訳ない気持ちがあったが、遠慮している場合じゃないので素直に受け入れた。
「いらっしゃいませ。ファイヤーライターズが六つですね。合わせて銀貨三枚と銅貨六枚になります」
エスリナはこういった接客にも慣れているのか、お客たちに笑顔を振りまいて押し寄せる客たちを捌いている。中には冒険者の知り合いもいるのか雑談を交えながらファイヤーライターズをオススメしていた。
俺なんかよりもよっぽど商人らしい。
「なあ、兄ちゃん。こっちの食器は鉄で出来ているのか?」
「いえ、これはステンレスと言う特別な金属を加工した食器です。普通の鉄とは違い、湿気や水に強くて錆び難いので長く使えるんです。軽くて丈夫な上に重ねることでかなりコンパクトになります」
そんな中、俺はファイヤーライターズ以外のアウトドアグッズに興味を示すお客の質問に答えていた。
「本当だな。かなり軽い」
「今なら三枚セットで銅貨八枚です」
「これも買おう」
「ありがとうございます!」
これらのアウトドアグッズを作ったのは俺ではないが、自分が良いと思っているものを買ってもらえるのは気持ちがいいものだ。
「はぁ!? なんだこりゃ!?」
「トールの屋台にすごく人が並んでいる!」
「……これはすごい人気じゃの」
武具屋での用事が終わったのかリック、フランツ、ドルムンドが驚きの声を上げた。
屋台の盛況ぶりに唖然としている三人の顔が面白く、俺とエスリナは顔を見合わせて笑った。
この日、アウトドアグッズは飛ぶように売れたのだった。
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