従魔登録
「――以上が商人ギルドにつてのご説明となりますが、なにか気になるところはございますか?」
「大丈夫です。ご丁寧にありがとうございます」
「では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
「わかりました」
項目には名前、年齢、種族、出身国などのプロフィールがあり、商人としてどのようなものを販売していきたいかなどの項目があった。
後者については冒険に役に立つアウトドアグッズや食品、調味料などと書いておく。
あくまで商人としてどのような活動をしたいか確かめたいだけだろう。
「あっ、商人ギルドでも従魔登録ができると聞いたのですが、そちらもお願いできますか?」
「問題ありませんよ。えっと、ホワイトウルフですね。ギルドへの登録料が銀貨五枚、従魔の登録料が銀貨五枚なので銀貨十枚になります」
銀貨十枚を支払い、記入し終わった用紙を提出する。
「ギルドカードを作成いたしますのでロビーでお待ちください」
「わかりました」
受付嬢に言われ、俺とハクは大人しくギルドのロビーに移動した。
ロビーには併設された酒場があり、そこでは遅めの昼食を食べている商人がいた。
大きなステーキを食べている。
ハクがこちらへと顔を上げ、何か言いたげな視線を向けてくる。
俺は近くにいた給仕に声をかけると、あの商人が食べているものと同じものを注文した。
ハクの尻尾が上機嫌そうに揺れる。
ハクにはニルエットに入ってから窮屈な思いをさせているので、大好きな食事をしてストレス解消にでもなってくれればいい。
程なくすると、大きなステーキが運ばれてくる。
目の前にきたものをスッと横にずらすと、ハクが猛烈な勢いでステーキを食べ始めた。
なんの肉かわからないが鰐っぽい模様をした皮がついている。
鑑定してみると、ブラックアリゲーターと表示されていた。魔物の肉らしい。
ハクがバクバクと食べている姿を見ると、俺も小腹が空いてきたな。
「従魔を連れた行商人とは懐かしいな!」
俺もなにか注文しようかなと考えていると、白髪の髪をオールバックにした男性が声をかけてきた。
「急に話しかけてすまねえな。俺は商人ギルドのマスターをしているオルランドだ」
ギルドマスター!? まさか、加入の手続きをしている際中に一番のお偉いさんと会うことになると
は。
「はじめまして、トールと申します。ニルエットにはつい先ほど到着し、これから商人ギルドに加入するところです」
「そうか! ニルエットの商人ギルドを預かっている身としてトールの加入を歓迎する」
「ありがとうございます」
オルランドがぐっと腕を差し出してきたので俺は応じるように手を重ねた。
「さっきの懐かしいというのは、昔は従魔を連れていた行商人が多かったということでしょうか?」
「ああ、昔は今よりも冒険者の数が少なかったからな。腕っ節に自信のある奴が外に出て商いをすることが多かった。その中には魔物を従えてあちこちを移動する商人もいたってわけだ。ちなみに俺は前者のタイプだ」
「ですよね。商人ギルドのマスターがこんなにも体格がいいなんて驚きました」
オルランドの身長は百八十を越えており、岩壁に荒っぽく鑿を入れて削り出したかのような厳つい肉体をしている。どう見ても商人の身体つきじゃない。
「トールが連れているのはホワイトウルフか? 獰猛な性格をしている魔物なのによく従魔にすることが――」
対面のイスにどっかりと腰かけたオルランドが真正面からハクの顔を覗き込んで硬直した。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのような顔だ。
……もしかしてバレたか?
「オルランドさん?」
「ちょっと来い」
「あ、はい」
オルランドに肩を組まれ、俺はロビーの端へと連れて行かれる。
「……お前さん、あれがなんだかわかっているのか?」
「えっと、わかってしまいました?」
「小さい姿になり、魔力を抑えてはいるが俺にはわかる。あいつは白狼だ」
腕っ節にかなり自信があるだけあってオルランドはすぐにハクの正体がわかったようだ。
少なくともフランツたちとは比べ物にならない経験と実力を持っているわけだな。
「はい、その通りです」
「その通りですじゃねえよ! お前、あっさりと白状しやがって! なんて奴を街に入れてるんだ!?」
「でも、真正面から街に入れば大混乱になりますよね?」
「……まあ、それはそうなんだが、それにしたって……」
俺の主張を聞いて、オルランドが頭を抱えて悶絶するような表情を浮かべる。
「というか、本当にあいつはお前の従魔なのか?」
「はい。ちゃんと従魔契約をしました」
実は俺の手の甲にはうっすらと従魔契約の証が刻まれていたりする。
任意で消したり、浮かべたりできるのであるが、俺の手の甲にはよくわからない狼の紋章が浮かんでいた。
「白狼の従魔契約の紋章なんて見たことねえからわかんねえよ。でも、間違いなく従魔にしているんだな」
「はい」
「って、待て! さっきうちのギルドへの加入手続きをしていると言ったな!? もしかして、従魔登録もここでしているのか!?」
「そうなります」
こくりと頷くと、オルランドは血相を変えて後方にある職員フロアに移動し、手続きを進めてくれていた受付嬢から書類を取り上げてしまった。
「トール! 続きの手続きは奥で行うぞ! ここじゃおちおち話し合えん!」
「わ、わかりました」
ハクの正体がバレてしまったのなら仕方がない。
商人として活動できるようにオルランドに事情を説明しよう。
●
商人ギルドの一階の奥にある談話室にて、俺はギルドマスターであるオルランドと向かい合っていた。
ハクの正体を見破られたことにより、俺は白狼を従魔にした経緯をオルランドに話した。
もちろん、異世界から召喚されたことやキャンピングカーのことなどについては話してはいない。
「……飯を目当てに従魔契約を迫ってくる最強種の魔物ってなんだよ」
オルランドがガックリと肩を落としながら呟いた。
気持ちは非常に理解できる。
出会った頃の俺もヤバそうな風貌をしているハクを従魔にしたいなんて思わなかったしな。
「ハク殿は本当にトールの作る料理が目当てであって契約をしたんですか?」
オルランドがハクへと尋ねる。
ハクはもう喋っていいのか? と確認を取るように視線を向けてきたので俺は頷いた。
オルランドにはハクが白狼であることがバレているし、隠す必要はない。
「そうだ。こやつの作る料理は美味いからな」
「商人ギルドが世界中から稀少な食材を集めて提供したとすれば、ハク殿は私の従魔になってくださるのでしょうか?」
おっと、オルランドさん、主を目の前にして引き抜きですか?
と思ったが、彼の問いかけは本気で引き抜こうというのではなく、ハクの目的や考え方を確かめるようなものに思えた。
「否だ。我が求めている料理はトールにしか用意できぬ」
きっぱりと告げたハクの言葉にオルランドは首を傾げる。
世界中に根を張り、交易を牛耳っている商人ギルドでさえも用意ができないのに対し、冴えない一人の男ならば用意できると言う。
「……そうですか」
こちらに視線を向けるオルランドが疑念を抱いているのがありありとわかるが、それに対する追及はしないようだ。
「では、この国や民に危害を与えるつもりはないと?」
「ない。主であるトールが国の壊滅を願ったり、お前たちが主を殺そうとした時は別だがな」
「……願ったりするのか?」
「そんな物騒なこと願ったりしないですよ! 俺はただ世界中で商売をしながら旅さえできればそれでいいので!」
鋭い視線を向けられて、俺は慌てて首を横に振る。
国を滅ぼしたところで俺に何の得があるのか。
俺はただキャンピングカーに乗って、自由な異世界キャンプ生活ができれば、それだけでいい。
「ふむ、トールからは確かにそういった野心は感じられないな。ひとまずは信じるとしよう」
「では、ハクの従魔登録を認めてくれますか?」
「ああ、認めよう。というか、初めから認めるしか選択肢なんてねえけどな」
オルランドが息を吐きながら肩をすくめた。
「ただ従魔にする魔物が魔物だ。一応は国や領主に報告しておかねえといけねえ。上からの正式な許可が下りる前に問題は起こさないでいてくれると助かる。そうしないと騎士団や冒険者を率いて討伐ってことになりかねないからな」
「そういうわけだから街では大人しくするんだぞ? 人に危害を加えるのはダメだからな?」
「そちらから手出しをしない限り、我が手を出すことはない」
「もし、街で人間が手を出してきても殺さないようにな? 上手いこと気絶させるか、半殺しくらいにしてくれよ?」
「難しいことを要求するのだな。人間の身体は酷く脆いというのに……」
「生きてさえいれば、きっとオルランドさんが上手く対応してくれるから」
「……わかった。そうしよう」
何かあってもこちらから先に手出しをせずに、相手を殺さない限りは何とかなると思う。
そういう面倒事を上手く処理してくれるためにギルドがあるんだ。
「ああ、くそ! なんで商人ギルドで先に従魔登録したんだ。冒険者ギルドで登録してくれれば、責任をそっちに擦り付けられたのに……」
俺たちの会話を聞いて、オルランドが頭を掻きむしりながら本音を漏らした。
「すみません。俺のやりたい事からして商人ギルドがピッタリだったもので。それに先立つものを手に入れるにも商人ギルドがいいかなと……」
「その口ぶりからして何か売りたいものがあるんだな? 最強種を従魔にしているんだ。稀少な魔物の素材があるんだな!?」
オルランドが身を乗り出すような勢いで尋ねてくる。
「あ、はい。いくつか素材を持ってきたのでここに出しても?」
「構わん。見せてくれ」
オルランドの言われるままに俺はリュックから採取した魔物の素材を提出した。
「ワイバーンの爪、牙、尾棘、翼膜、皮にロアブレイドホークの羽根、眼球、刃翼……どれも一級品の素材ばかりじゃねえか。それにハイオークやロックリザードの素材もある。こいつはかなり高値になるぞ」
素材を手にするなりオルランドが目を輝かせた。
アイテムボックスはキャンピングカーの車内にあるため外出中は自由に荷物を持ち運ぶことができない。
なので鑑定を使用し、世の中に出しても問題ないような素材を厳選させてもらった。
結果としてオルランドはとても喜んでくれたようだ。
「ここにある素材をすべて買い取るとなると、全部で金貨百二十六枚ってところだな」
「え!? そんなにするんですか!?」
目の前に積み上げられた金貨に俺は衝撃を受ける。
平民が一年に必要な金貨の枚数はおよそ三十枚。
今回の利益だけで一般的な家庭なら四年は遊んで暮らせることになる。
「ワイバーンもロアブレイドホークも討伐ランクはBになるからな。魔石がないから何とも言えないが恐らくレベルは50を越えるような個体だっただろう。他に持ち込まれた素材もランクが高いものだし、これぐらいになるのは当然だ」
「な、なるほど」
「お前さん、価値を知らずに持ち込んだってのか? そんなんじゃこの先足下をすくわれるぜ?」
「すみません。今後のためにきちんと市場価値を調べようと思います」
いくらハクが高ランクの魔物の素材を手に入れたとしても、俺がその価値を下げてしまえば意味がない。
異世界人なのでこの世界について疎いのは仕方がないが、これからはしっかりと勉強して効率的に稼げるようにしないと。
「それがいい。ワイバーンとロアブレイドホークの素材は競売にかければ、もうちょっと高値になると思うが、今回のところはうちに卸した方が無難だ」
競売というものに惹かれるところはあるが、こちらについて何も知らない俺がやっても苦労をしそうなので大人しく商人ギルドに買い取ってもらうことにした。
「他に何か気になることはあるか?」
「あ、商人ギルドって魔石を売っていたりしますか?」
「魔石か? 一応はそれなりに質も量も揃っているぞ」
「では、半分は無属性の魔石でのお支払いも可能でしょうか?」
「構わないが随分と魔石が必要なんだな?」
「うちには大食らいがいるもので」
ハクに視線を向けながら言うと、オルランドは納得したように頷いてくれた。
まあ、本当はキャンピングカーのためなんだけど、そこまで言う必要はないだろう。
こうして俺は大量の金貨と魔石を入手し、商人ギルドでの登録を済ませるのだった。
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