ローレシアの花畑
ルルセナ村を出発して北東に一時間と少しほど進むと、カーナビが目的地周辺であることを伝えてくれた。
まったりと丘陵地帯を進んでいると、前方の景色が一気に変わった。視界いっぱいに花畑が見える。
窓を開けると外から漂う甘い香りが運転席を満たした。
「ここがローレシアの花畑か!」
「中々に綺麗な場所だな」
助手席で体を丸めていたハクがむくりと体を起こし、フロントガラス越しに見える美しい風景に感嘆の言葉を漏らしていた。
「停車させるか」
この花畑を抜けた先に湖畔があり、そこでキャンプをする予定だが、これだけ綺麗な花畑を堪能しないのは勿体ない。花畑の中に樹木を生えている小高い丘のような場所があったのでそこでキャンピングカーを停車させた。
エンジンが停止させると俺とハクはキャンピングカーから降りて、花畑の中を歩く。
視界に飛び込んでくるのは赤、黄、紫、白、桃、青といった色とりどりの花。
自然という広大なキャンバスに絵の具を撒き散らしたかのようだ。
【ローレシアの花】
魔力と土壌が豊かな場所で育つ。温度が高く、穏やかな春の気候を好む。
空気中に存在する魔力を取り込んだ濃度によって花弁の色が変わる性質を持つ。
赤、黄、紫、白、桃、青といった順番に魔力濃度が高くなる。内包された蜜を飲むことで魔力が少し回復する。魔力濃度が高いほど効果があり、錬金術の材料にもなる。
鑑定してみると、ローレシアの花の情報が出てきた。
「へー、随分と色彩が豊かだと思っていたけど、空気中に漂う魔力を吸収することで変色するみたいだ」
「そうなのか」
花弁の一つをよく見てみれば、赤色のものでも徐々に黄色みを帯びているものもある。
魔力を吸収量が増えている証だろう。
ハクが足を止めて、ローレシアの花に鼻を近づけてクンクンと鳴らす。
いつもは鋭い瞳が少しだけ優しそうに見えた。
どうやらこの狼にも花を愛しむ心はあったらしい。
「少しだけ採取させてもらうか」
魔力回復薬や錬金術の素材になるみたいなので採取しておこう。
俺は魔力濃度の高いローレシアの花だけを採取することにした。
基本的に狙うのは白、桃、青の三種類だ。
簡単に見つかるかと思ったが、意外とこの三種類だけを狙い撃ちに探していると見つからない。
赤、黄、紫はそこら中にいっぱいあるんだけど、あまり価値が高いわけでもないので街に行っても売れなさそうだ。
「この色でいいか?」
探していると、ハクが青い花弁をしたローレシアの花の束を咥えて持ってきた。
「おお、よく見つけられたな! というか、植物の匂いを嗅ぎ分けるのは苦手なんじゃ?」
キリク薬草を採取する時、ハクの鼻は全くと言っていいほどに役に立たなかった。
それなのに今回だけ的確に採取できたのが不思議だ。
「今回は魔力を感知して探したまでだ。匂いで探したわけではない」
魔力を蓄える性質を持つ、ローレシアの花だからこそ探すことができたんだな。
ハクが採取してくれたローレシアの花をありがたくアイテムボックスへと収納させてもらう。
「魔力を感知して探すことができるなんてすごいな」
「お前も魔力を持っているだろ? その気になればできるはずだ」
「え、そうなのか? それってどうやるんだ?」
「まずは体内にある魔力を知覚することからだ」
「魔力の知覚ってどうやるんだ?」
「……お前は子供か。少しくらい自分で考えろ」
質問を重ねると、ハクが少し苛立ったように言う。
いや、そんなこと言われても俺は魔力なんて扱ったことはないんだが……。
とはいえ、ハクの言うことにも一理あるので自身の魔力とやらを知覚してみる。
「うーん、わからん」
「なに? お前も人間族の中では成人しているのだろう? その年になってもまったく知覚できないとは、これまで一体何をしていたのだ?」
「もしかして、ここでは誰もが魔力を知覚し、扱えるのが一般的なのか?」
「ああ、才能の差こそあれど、どのような者でも自身の魔力くらいは知覚できるはずだ。先日会った小娘も魔力で火種を作っていたぞ」
「そ、そうなんだ」
アイナってまだ八歳くらいだよな? あんな年齢でも大なり小なり魔力を知覚して、魔法を扱うことができるのか。
それが当たり前だとすると、確かに俺のような年齢で初歩ができないのは今まで何をやっていたんだと言われてもおかしくはない。
「言い訳をさせてもらうと、俺のいた場所には魔力なんてなかったんだ」
「ありえん。この世界に生を受けた以上、誰しもが魔力を宿し、その恩恵を得ているはずだ」
「そもそも俺はこの世界の人間じゃないからな」
「??」
呆気にとられた顔をしているハクに俺はオセロニア王国の王族たちによる勇者召喚の儀によって別の世界から召喚されたことを端的に伝えた。
「なるほど。見たことのない固有スキルを行使し、魔力を使用しない理外な道具を扱うと思ったら道理で……」
俺が異世界から召喚されたと知ってハクは驚くというより納得していた。
まあ、キャンピングカーやら家電なんかは、明らかにこの世界の文明を超越した品物だからな。色々なことを知っているハクが疑問に思っていてもおかしくはない。
「ということは、お前が召喚している食材は……」
「異世界の食材ということになる」
「おお! 異世界の食材か!」
こくりと頷くと、ハクはテンションを高くして言った。
「改めて事実を知ったわけだけど大丈夫か?」
「大丈夫とは何がだ?」
「いや、従魔契約を交わしたのがこんな異世界人で……」
「特に問題はない。むしろ、契約を破棄するつもりが俄然として無くなった。トールと契約をしている限り、我は異世界の食事がずっと食べられるわけだからな」
おそるおそる尋ねると、ハクは呆気からんとした様子で答えた。
こちらを見上げる獰猛な笑みは、絶対に獲物を逃がさないといった表情だ。
「そ、そうか。それならよかったよ」
契約を結ぶ流れこそやや強引だったが、俺にとってもハクはいないと困るからな。
契約が解消されなくて何よりだ。
●
ローレシアの花畑を小一時間ほど鑑賞すると、俺たちは再びキャンピングカーに乗り込んで湖畔を目指すことにした。
カーナビを確認すると、花畑を抜けた先に大きな湖が表記されていたのでナビに案内してもらう必要はない。
花畑を抜けると林道へと差し掛かる。
タイヤが土や小石を踏みしめる音が静かな林道に反響し、淡い緑のカーテンの中を突き進む。次第に木々の隙間から差し込む光が明るさを増していき、視界が開ける。
林道を抜けた先には広大な湖が姿を現した。
カーナビを確認すると、レノア湖と表記されている。
「うおおお! 大きな湖だ!」
フロントガラス越しに見える景色だけでも、かなりの大きさを誇っていることがわかる。
これほど大きな湖は見たことがない。
湖畔の砂利道にキャンピングカーを停めると、俺は慌ただしくシートベルト解除する。
エンジンを切って速やかに運転席から降りると、微かに湿った土と草の香りが鼻腔をくすぐった。
柔らかな土を踏みしめしながら岸辺へと歩いてみる。
「水もかなり綺麗だな」
試しに手ですくいあげて見ると、かなり透き通っていた。
「うむ。いい冷たさだ」
ハクは湖面に顔を突っ込むと、そのまま直接水を飲んでいた。
ごくごくと豪快に喉を鳴らしており、実に爽快そうだ。
「トールも飲んでみてはどうだ?」
「いや、そのまま飲むとお腹下しそうだし止めておくよ」
鑑定してみると、人間が煮沸せずに飲むのは良くないと表記されていたので首を横に振る。
「こんなにも綺麗な水だというのに腹を下すのか? 人間という生き物は本当に脆弱なのだな」
ハクが信じられないとばかりに呟き、どこか憐れむような視線を向けてくる。
うるさい。それでも人間は頑張って生きているんだよ。
「少し岸辺を歩いてもいいか?」
「いいぞ。我も少し歩きたい気分だ」
キャンピングカーを中心に結界を展開すると、俺とハクは岸辺を沿うようにして歩く。
柔らかな風が頬を撫でる。
風がそよぐ度に水面に波紋が浮かんでは消えてを繰り返していた。
時折、遠くで野鳥の声が響いてくるだけで湖畔はとても静かだった。
岸辺は歩いていると、横合いの大きな牙を生やした生き物が現れた。
二メートルほどの体躯をしており、マンモスのように立派な牙を生やしている。
「おわっ! 魔物!?」
「ポポタスだな。温厚な性格をしている故に、こちらから手を出さない限り、襲ってくることはない」
「そ、そうなんだ」
ハクの言う通り、ポポタスはこちらを一瞥するだけで襲ってくることはなく水面へと向かっていった。
一頭の大きなポポタスだけはこちらを警戒している様子だったが、ハクが呑気に欠伸をかまして脚で耳を掻いている様子を見て警戒を緩めた。
さすがのハクもこの状況で積極的に魔物を狩ろうとは思わないらしい。
安堵したポポタスたちが湖へと入り、長い鼻を使って器用に体に水を吹きかける。
水分補給するだけでなく水浴びの目的もあったようだ。
自分の体の届かないところは互いに水をかけあっているところが微笑ましい。まるでゾウみたいだ。
「おっ、虹だ」
陽光を反射して水滴がキラキラと輝く中、宙に架かる七色の橋が見えた。
思いもよらない美しい光景に俺は感嘆の息を漏らす。
異世界であろうと虹の色は変わらないんだな。
まったく違うものもあれば、同じものもある。
大自然の中で共通点を見つけて、俺はほっこりとした気分になるのだった。
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