キャンピングカーの良さ
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「妙な香りがするが、その飲み物はなんだ?」
食後のコーヒーを飲んでいると、ハクが鼻をスンスンと鳴らして尋ねてきた。
「コーヒーさ。少し飲んでみるか?」
「ああ」
そのまま飲ませようと思ったが、マグカップの口が小さいのでハクでは飲みづらい。
俺は平皿を用意すると、そこにコーヒーを少しだけ入れてあげた。
「泥みたいだな」
「なんてこと言うんだよ。黙って飲め」
ハクは顔を近づけると、舌を出してコーヒーをぺろりと舐めた。
「……苦い」
眉間に深いしわを寄せるハクを見て、俺はくっくと笑った。
「ハクにはこの美味しさがわからないか」
「ああ、理解できん。これは美味くない」
ハクはコーヒーを飲み切ると、キャンピングカーの方へと歩き出す。
「おい、そろそろキャンピングカーとやらを動かせ。我はこれが気になる」
「はいはい。今出発の準備をするから助手席で待っていてくれ」
俺はコーヒーを飲み切ると、朝の撤収作業を行うことにした。
コーヒーを飲んでゆっくりしている間に焚き火は完全に燃え尽きており、燃えカスや炭も冷えていた。
ここがキャンプ施設などであれば、このままゴミ捨て場に持っていけば廃棄してくれる。
だが、ここは異世界の森の中だ。ゴミ捨て場などはないので自分で処分をしなければいけない。
スコップを使って湿らせた新聞紙にくるむと、耐熱素材のゴミ袋に入れる。
袋の口をしっかりと閉じると耐熱性の高いスチール製の収納箱に入れて、アイテムボックスに収納した。
「異世界だと炭の処分に困るな」
日本だと持ち帰った炭は自治体の方針に従って(燃えるゴミあるいは燃えないゴミとして)処分できるのだがこちらだとそうはいかない。
一応、炭も農業の肥料に使えるし、これから向かうルルセナ村で引き取ってもらえないだろうか。それが無理であればこのままアイテムボックスの肥やしか、ハクに塵にしてもらうしかないな。他にもショップで購入した食品のビニール、トレーといったゴミの処分も問題だな。どこかで上手く処分できるようにしないとな。
なんてことを考えながら焚き火台の清掃をして収納。グラウンドシートの残った灰を落とす。テーブルとチェアも清掃し、折り畳んだら外部収納庫へと入れる。
俺がせっせと撤収作業を進めていると、助手席に座っているハクが物言いたげな視線を向けていた。
「……なんだ?」
「せっかくアイテムボックスを手に入れたのだ。そこに放り込めばよいだろう」
「きちんと最後まで片付けするまでがキャンプなんだよ」
俺もそうすれば楽で早いことには気づいてはいたが、どうにもちゃんと片付けをしないとキャンプをやった気がしないんだよ。
「よし、撤収作業終了だ」
はじめての車中泊にしてはスムーズに撤収作業ができたんじゃないだろうか?
とはいえ、もう少しスムーズに行うこともできた気がする。次にキャンプをする時は撤収作業をスムーズにできるように計算しながら荷物を出すことにしよう。
「おい、まだか?」
「はいはい、今行くよ」
ハクに急かされ、俺はいそいそと運転席へと乗り込んだ。
自身の身体にシートベルトをかけたところで俺はハクにも声をかける。
「ハク、シートベルトは……」
「いらぬ」
「えっと、これは事故を起こした時に乗車した人間の身体を保護してくれるもので――」
「あくまで人間のだろう? 魔物である我には不要だ」
ですよね。こういうのが嫌いそうだし。
シートベルトも白狼の体にかけられるような設計はしていないだろうし、万が一に事故を起こしても高位の魔物であるハクが怪我をするとは思えない。
運転をする身として非常に違和感のある光景だが、ここは異世界ということで気にしないことにしよう。
エンジンをかけると、ハクがビクリと体を震わせる。
「おい、揺れているぞ? それに大きな音がする。大丈夫なのか?」
「エンジンが起動しただけでまったく問題ないよ」
心配性なハクに返事をしながらハンドルを握った。
「それじゃあ、動かすよ」
ハクに声をかけると、俺はゆっくりとキャンピングカーを動かした。
キャンプ地から進行ルートである野道へと戻ると、カーナビの示すルート通りに俺はキャンピングカーを走らせた。
「おお! 馬や牛が牽いているわけでもないのに本当に走るのだな!」
ハクが窓の外へと顔を向けながら感嘆の声を漏らす。
声音こそ落ち着いているが、こちらに向けられた尻尾は興奮を示すように激しく揺れていた。
いつもは偉ぶった態度をしているハクであるが、こうして無邪気に車で喜んでいる姿を目にすると微笑ましい。なんて口にした不機嫌になるから言わないけどな。
「とはいえ、スピードが遅いな。もう少し早く走らせることはできないのか?」
「森の中だからあんまりスピードを出すと危ないだろ?」
野道があるとはいえ、お世辞にも道幅が広いとは言えないし、地面には剥き出しになった木の根などが生えている。公道のようにスピードを出すのは危険だ。
「この程度の道は悪路とは言わんだろう?」
「人間の乗り物っていうのは、ハクのようにどこでも走り回れるわけじゃないんだよ」
特に車体の高いタイプのキャンピングカーは横転しやすいからな。
あまり無理はさせられないことを述べると、ハクは少し残念そうにしながらも体の向きを前にする。
「では、さっさと森の中を抜けるぞ」
「そのつもりだよ」
気ままに森の中を運転してキャンプをするのもいいけど、そろそろ人里にも向かってみたい。城下町ではロクに観光することもできなかったし、この世界の人々がどんな生活をしているのか気になる。
俺は少しだけキャンピングカーの速度を上げて、森の中を南下していくのだった。
●
キャンピングカーを走らせること二時間。
周囲を覆っていた木々がなくなると、俺たちは開けた一本道へと差し掛かった。
「よし、森を抜けたな。ここからは少しスピードを上げられるぞ」
「本当か!」
カーナビを確認すると、ここからルルセナ村までは道なりに真っ直ぐに進むだけだ。
森や林といった大きな障害物もないし、先ほどに比べると道も平坦だ。ここなら普通にスピードを出しても問題ないだろう。
俺はアクセルを踏み込み、キャンピングカーのスピードを上げることにした。
エンジンが唸りを上げて、景色が流れていくのが早くなる。
「お、おおぉっ!?」
「どうだ?」
「…………こんなものか? もっとスピードは出ないのか?」
「これくらいが限界です」
時速百キロくらいで走らせているが、ハクからすれば物足りないスピードであったらしい。
「この速度であれば、我が走った方が何倍も速い」
「そりゃ、高位の魔物であるハクに比べればなんでもそうだよ。でも、人間にとってこれはかなり速いんだって」
「そうなのか?」
わかっていない。ハクはまるでわかっちゃいない。
このキャンピングカーがいかにすごいかを。
「大型のボディに細部まで配慮されたスタイリッシュな仕上がり。広々とした室内空間は使いやすさを追求したレイアウトであり、動線も非常にスムーズ。それでありながら『V・max』の名にふさわしい強力なエンジンと搭載しており、多少の悪路や坂道だって安定した走行が可能だ。いいか? この車両は居住性、走行性能、機能性、安全性のすべてにおいて高レベルなんだ。『どこにでも快適に旅をしながら自
宅のように過ごせる』というコンセプトを元にキャンピングカーの理想を体現しているといってもいい! 大体、これ以上に快適な車両はこの世界に――」
「わかった! わかった! トールのキャンピングカーを侮るような発言をした我が悪かった!」
このボレロがいかに素晴らしい車両なのかを力説すると、なぜかハクが謝り始めた。
「我の脚力には敵わぬが、労せずにこれだけの速度を出せるのは素晴らしいものであるな」
「……わかればいいんだ」
完全にキャンピングカーの良さを理解しているわけではないが、きちんと認めてくれたのであればそれでいい。
「お前はキャンピングカーのことになると人が変わるな」
「俺の愛車だからな」
日本の企業努力の賜物と俺が汗水垂らして働き、ようやく手に入れたキャンピングカーだからな。バカにされたら面白くないのは当然なのだ。
「む? 前方に人がいるぞ」
「本当か? ルルセナ村まではもう少し先のはずだけど……」
「きゃああああああっ! 誰か助けてください……ッ!」
カーナビを確認してルルセナ村までの距離を確認していると、窓の外からはそんな悲鳴が聞こえてきた。
思わず顔を上げると、村人らしき少女が灰色の狼に追われていた。
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