一人と一匹の車中泊
ハクと従魔契約を結んだ俺は焚き火の前で夕食の残り物を食べていた。
俺が焼いていた黒毛和牛はハクに食べられてしまったからな。
残った牛脂をカリカリに揚げたものとグリル用の野菜を一緒に炒めて、ちょっとした野菜炒めモドキをつくった。残り物での料理であるが黒毛和牛の牛脂を使っているので十分に美味い。本来の夕食に比べると大分ジャンキーな感じになったが、これはこれでアリだな。
俺が肉野菜炒めを食べる中、ハクはキャンピングカーに乗り込み、運転席の内部へと好奇心を向けていた。
見慣れない機器が気になるのだろう。鼻を近づけて匂いを嗅いでみたり、テシテシとレバーを勝手に叩いている。小さくなった姿でああいう挙動をしていると完全に犬だな。
というか、その内クラクションを鳴らしてしまいそうだな。そんな予想をしていると案の定、ピイイーッという甲高い音が響いた。
思わぬ大音量にハクは身を震わせ、慌てた様子で運転席を脱出する。
「なんだ! この我に歯向かうか!」
ハクが体勢を低くし、キャンピングカーに向かって威嚇のようなものをし出したので俺は食事を中断して運転席に近寄る。
「ただのクラクションだって」
「クラクション?」
「周囲に注意を促すための警音器だ」
「……ふむ、確かにあれだけの大音量を響かせれば、聴覚の鋭い生き物は行動不能に陥るであろうな」
相手を行動不能にするためのものではないが、ハクのような聴覚の鋭い魔物からすれば、フラッシュバンのように思えるのかもしれない。
「それにしてもトールよ。このキャンピングカーとやらには馬が繋がれていないが、どのようにして走らせるのだ?」
「これは馬を動力源としているんじゃなくて、内蔵されているエンジンやモーターっていうのを動力源として走るんだ」
「自走式の魔道具ということか? どのように走るのか気になる。今すぐに走らせてみろ」
「さすがに深夜の森を走るのは危険だ。勘弁してくれ」
「むむ」
断ると、ハクが不満そうな表情を見せた。
「明日の朝には走らせることになる。それまでのお楽しみってことにしてくれ」
「明日の楽しみか……そういうものも悪くない」
よくわからないがハクは機嫌を直したようだ。
なにがそんなに嬉しいのかいまいち俺にはわからない。
「……それ、美味そうだな」
首をかしげていると、ハクが俺の手に乗せている肉野菜炒めに視線を向けてくる。
「おいおい、これは残り物で作った俺の夕食なんだぞ!? というか、まだ食べるのか? さっきあれだけ食べたところだろ?」
「あれぐらいで我の胃袋が満たされるわけがないであろう」
十キロ以上のステーキを食べていたというのに信じられない。
ハクがよこせと言ってくるので俺は仕方なく、残りの半分を献上した。
「む? さっきの肉と違って脂身が強いな!」
「そういう部位を使っているからな」
「野菜もシャキシャキとしていて食感が面白い。これはこれで悪くない」
お皿に顔を近づけてバクバクと肉野菜炒めを食べるハク。
意外とこういうジャンキーなものもいけるらしい。
残り物の夕食すら取られてしまった俺は運転席にあるカーナビをチェックする。
「なあ、ハクはオセロニア王国について知っているか?」
「知らん」
明日の朝、走るルートを確認しながら尋ねると、ハクがあっさりと言う。
「なんで知らないんだよ。自分の住んでいる国だろ?」
「そんなものは人間共が勝手に線引きして決めたことだ。それに人間共はすぐに争いあって国の大きさが変わる。気にしていたらキリがない」
人間世界に住んでいないハクからすれば、どこがどの国かはまったく気にならないのだろうな。ハク視点のオセロニア王国の評価を聞いてみたかったが、知らないのであれば仕方ない。
俺はカーナビを操作して、明日向かうべき人里までの道のりを確認する。
この森を抜けた先にルルセナ村という村がある。
ひとまずはそこを目指して、この世界ならではの食料を仕入れたり、景色を堪能したいと思う。良い感じのロケーションがあれば、寄り道してキャンプとかしてみたい。
「む? 随分と詳細な地図だな?」
「そうなのか?」
「我が見たことのある地図はもっと大雑把なものであった」
ハクが運転席の窓から興味深そうにカーナビを凝視する。
この世界では魔物が跋扈しているので地図の作成技術があまり進んでいないのかもしれない。あるいは地図が軍事利用されることを恐れて、詳細なものは国の中枢にいる者しか手に入れられないようになって
いるのかもしれないな。
「ちなみにこの森を南に抜けた先にルルセナ村ってところがあるんだけど――」
「知らん」
ハクはきっぱりと答えると、カーナビの興味も失せたのかトコトコと焚き火の方に歩いていった。
この森の住人のはずなのに近隣の情報すら持っていない。もうちょっと人間の世界に興味を持ってほしいものだ。
「ふあぁ……そろそろ寝るか」
調理道具の片付けを終えると、猛烈な眠気が襲いかかってきた。思わず大きな欠伸を漏らしてしまう。
就寝するには早い時間であるがこんなにも疲れているのは、最後の最後でドッと疲れてしまったからだろう。
「火を消さないとな」
焚き火をつけたまま就寝すると、風で火の粉が飛び、火事を引き起こす可能性があるので寝る前に消すのがベストだ。
そんなわけで焚き火の鎮火作業に移る。
火の勢いは既に弱くなっており、光源がなくなってしまうのでキャンピングカーからライトを取り出して設置する。
「随分と明るいな。光の魔道具か?」
「まあ、そんなものだよ」
この世界における魔道具とやらがどんなものかはわからないが、同じような役割を持つ道具はあるらしい。説明するのは面倒だったので適当に言葉を濁した。
焚き火を消す方法だが、そのまま燃やしきってしまうのがベストだ。
間違ってもやってはいけないのが、熱いままの焚き火台に水をかけて消火することだ。
水をそのままかけると熱風と灰が大量に舞い上がって火傷したり、急激な温度変化によって焚き火台が変形してしまうからな。
そんなわけで今回は安全に火消し壺を使って熾火に近い薪を鎮火させる。
火消し壺とは酸素を奪って窒息消火させるキャンプギアだ。水を使わずに火の始末ができるので安全性が高い。
使い方はとてもシンプルで薪を入れて蓋をするだけだ。
このまま放置するだけで安全に鎮火させることができる。さらに素晴らしいのが火消し壺に入っている消し炭は再利用が可能である。
消し炭はとても着火しやすいので火起こしがとても楽だ。
明日の朝はこれで火を起こし、温かいコーヒーでも飲むとしよう。
焚き火の始末を終えると、キャンプ道具をキャンピンカーの中に収納し、すべての後片付けを終了だ。
「ハクもキャンピングカーの中で寝るか?」
「そんな狭苦しいスペースでお前と眠るのはゴメンだ」
狭い? ああ、ハクはまだ運転席にしか入っていないから後ろの方がどうなっているのか知らないのだろう。
「いや、運転席では寝ない。後ろの方で寝るんだ」
「我に荷台で眠れというのか?」
車内をきっちりと確認していないハクには、どうも馬車のようなイメージがあるらしい。
「ちょっとこっちにきてみろ。キャンピングカーがどれだけいいものか見せてやる」
「??」
俺が手招きをすると、ハクは怪訝な顔をしつつもドアの前にやってきた。
俺はキャンピングカーのドアを開けてやると、ハクに車内の様子を見せてやった。
「なんだこれは!? 荷台の中にテーブルやイスがあるぞ!」
車内に入るなりハクが驚きの声を上げた。
「それだけじゃないぜ。中央にはキッチン、シンク、その奥にはトイレ、シャワールーム、さらにはベッドも常設している」
「まさか、キャンピングカーの中にこのような豪奢な居住空間が広がっているとは思わなかったぞ」
ハクからの素直な称賛の言葉が心地いい。
豪奢なだけに値段もかなり高かったが、このホテルのような美しい内装と生活のしやすさを考えれば悔いはない。
「待て。ベッドが一つしかない。これではトールの眠る場所がないのではないか?」
ハクが後方にある常設ベッドを見ながら言う。
おい、なんで主人を差し置いて、ハクがベッドで眠る前提なんだよ。
「ベッドでなら運転席の上にバンクスライドベッドがある」
長さ千九百×幅千九百の広大なバンクベッド。
高さも十分に確保され、就寝時の圧迫感は感じない。
こちらは格納すると、収納スペースとしても使える。
スライド展開式で女性でも操作しやすいスムーズなスライド機構で、使い勝手の向上と走行時の軋みの軽減を両立している。
ロック金具にはレザー調のカバーを装着しており、こうしたディティールへのこだわりがTR550Lボレロならではのラグジュアリー感を生み出している。
「おお! こちらの方が広い上に高いところあるではないか!」
「寝心地はどうだ?」
「悪くない。我はこのベッドで眠る」
「わかった。なら、後は好きに寝てくれ」
電気の消し方だけを教えると、俺はバンクベッドから離れて奥にある常設ベッドに移動した。
素早く着替えると、そのままベッドに倒れ込んだ。
大人二名が就寝できる長さ千八百五十×幅千二百ミリのゆったりサイズ。
ウッドスプリングとクッション性に優れたマットなためにとても快適だ。
まるでホテルのベッドに寝転がっているかのようである。
「まさか、初めての車中泊を異世界ですることになるとはな」
その上、一緒に夜を過ごす相棒は白狼ときた。異世界でのキャンプというものは何が起こるかわからないものだな。
「でも、悪くない」
ベッドでゴロゴロとしながら振り返っていると、俺の意識はあっという間に闇に落ちるのであった。
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