キャンプしてたら異世界召喚された
新作です。よろしくお願いします。
霧島透。独身二十七歳は上機嫌に公道を運転していた。
俺が上機嫌な理由は今日が休日というのもあるが、最大の理由は今運転している乗り物にある。
俺が乗っているのはただの車ではない。
「……ようやく手に入れたぞ! 念願のキャンピングカー!」
キャンピングカーとは、社内でベッドやキッチン、テーブルなどのアウトドアでの滞在を快適にするための自動車だ。一般的には寝泊まりできる設備を備えた自動車のことを指す。
キャンピングカーには様々な種類がある。
キャブコンと呼ばれるトラックに荷台部分を居住空間にしたもの。軽自動車をベースにしたコンパクトで取り回しのしやすい軽キャンパー。他にはバンコンと呼ばれ、ハイエースなどのワンボックスカーをベースに内装を改装したもの。
俺が乗っているのは後者に当たる。
RVトラストの『TR550L・ボレローV-max』
ハイエース・ワゴンGLをベースにリアをカットし、頑強な鋼製スペースフレーム構造とFRP製シェルの融合でキャブコンに仕上げたモデルだ。
デザイン性で人気を博しているハイエースをベースにすることでキャブコンにありがちなもったり感を排除し、トラックベースとは一線を画するスタイリッシュさを演出している。
乗車定員は五名。就寝定員四名。
全長五・三メートル。幅一・九メートル。全高二・三メートル。
自然の中だけでなく都市部でもスマートに乗りこなせるエクステリアデザインが特徴。数ある国産キャブコンの中でも最上級クラスに位置づけられるハイエンドモデルだ。
ブラック企業でこき使われながらも隙間時間で副業をこなし続ける日々。
無駄遣いをせずにコツコツと投資を繰り返して、その利益でようやくキャンピングカーを購入することができた。
繁忙期のせいか中々に休暇が取れなくて悶々としていたが、今日ようやくまとまった休暇をもぎ取ることでき、念願のキャンプに向かっているのである。
俺が向かっているのは「ふもとっぱらキャンプ場」だ。
富士山が一望でき、キャンパーであれば誰もが行ってみたいと思う場所だ。
もちろん、ここはオートキャンプ場だ。
通常のキャンプ場と異なり、必要な道具を車に積んだままキャンプサイトに乗り入れることができるので荷物の持ち運びが少なく、手軽にキャンプを楽しむことができる。
俺のようなキャンプ経験の少ないキャンパーでも比較的安心だ。
キャンピングカーの乗り心地に感動しながら走っていると、あっという間に目的地にたどり着いた。
手早く受付を済ませると、キャンピングカーのままで美しい富士の麓に乗り入れた。
エンジンを切り、運転席から外に出ると、麓からはくっきりと富士山が見えていた。
「うおお! 富士山が綺麗だ!」
平日に休暇を取ってキャンプ場にやってきているためか、周囲に人はほとんどいない。
この素晴らしい景色をほぼ一人で独占していることに優越感を覚えた。
フロントガラスにシェードをして、オーニングを展開。
食事用テーブルを出して、焚火台のセッティング。
ここまでに三十分も経過していないお手軽スタイル。
日陰にイスを設置すると、早速と冷蔵庫からビールを取り出す。
プルタブを開けると、キンキンに冷えたビールを喉に流し込む。
「ぷはぁ! 真っ昼間からのビールは最高だな!」
キャンピングカーにはキッチンスペースもあり、そこには冷蔵庫も完備されている。
重いクーラーボックスをわざわざ持ち入れ、氷や保冷剤の残量を気にする必要は一切ない。
いつでも冷たい飲み物を味わうことができる。これもキャンピングカーでしかできないことだ。
缶ビールを片手に雄大な富士山を眺める。
雑然とした都会から離れて、自然豊かなキャンプ場でゆっくりとした時間を過ごす。
とても贅沢な時間であり、心が洗われるようだった。
「んん?」
のんびりと富士山を眺めていると、不意に俺の足下が光った。
下を見てみると幾何学模様が広がっており、ぐるぐると回っている。
まるで、漫画やゲームで登場する魔法陣のようだ。
「……なんだこれ?」
妙な気味の悪さを覚えた俺は謎の魔法陣から逃れようとイスから立ち上がる。
しかし、それよりも早くに魔法陣は強い光を放ち、俺の視界は真っ白に包まれた。
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「やりました! 召喚の成功です!」
そんな感嘆の声に俺はハッと目を覚ます。
少し重い瞼を持ち上げると、そこにはローブに身を包んだ男たちが何やら喜びに満ちた表情でこちらを見ていた。
つい先ほどまでいたのは芝生の生い茂るキャンプサイトであったが景色は変わり、石造りの城内の一室となっていた。
天井はとても高く、丸みを帯びた窓にはステンドグラスが張られており、色彩はとても鮮やか。差し込んでくる光の幻想的な色合いに圧倒される。
明らかに普通の建物ではない。まるで城の中にいるかのような光景である。
檀上の奥には玉座が設置されており、王冠を被ったでっぷりと太った男性と豪奢なドレスに身を包んだ女性が座っていた。
「な、なんだここは? 一体どうなっているんだ?」
声のした方に視線を向けると、三人の男女がいた。
制服を身に纏っている様子から恐らくは高校生だろう。
同じ日本人ではあるが、まったく知らない顔ぶれだった。
彼らも状況がよく呑み込めていないかとても困惑した表情を浮かべている。
俺も同じだ。
というか、俺のキャンピングカーはどうなった!? コツコツと貯金を溜め、長年投資をし続けた利益をつぎ込んでようやく買ったんだぞ? 妙な異国の城に飛ばされたんだったらキャンピングカーも一緒に飛ばしてくれよ!
心の中でそんな叫びを上げていると、俺たちの前に鮮やかな薄桃色のドレスを着た少女が進み出てきた。
金色の髪が腰まで伸びており、大きな青い瞳をしている。彫りの深い整った顔立ちをしており、否応なしに人の目を惹きつける美少女だ。
国王の隣に座る王妃と同じ髪色と瞳をしていることから、恐らくは娘の王女だろう。
「勇者召喚の儀によって選定された、三名の選ばれし勇者よ! どうかこのオセロニア王国をお救いください!」
王女が潤んだ瞳で俺たちを見上げるようにして言った。
「――って、あれ? 四名……?」
が、すぐに求めていた勇者とやらが三人ではなく、四人だということに気付いて間抜けな声を漏らした。
「どういうことだ?」
「召喚される勇者は三名ではなかったのか?」
「四名の勇者ということでしょうか?」
王女だけでなく、ローブに身を包んだ男性たちからも戸惑いの声が上がっている。
どうやらこの人たちが求めていた勇者とやらは三人のはずだが、なぜか四人もいるようだ。
嫌な予感がした。