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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嫌いな雨を好きな時

作者: 光井 雪平

 どんよりと薄暗い空。空の青を隠している黒い雲から降りしきる雨。それを何となしにみているだけで、自分の気持ちがどんどんと暗くなっていく。


 雨は嫌い。


 昔からずっと、楽しいことや嬉しいことがあっても雨を見るだけで、雨音を聞くだけで私の気持ちは暗くなっていく。


 だから、雨が増える梅雨の季節は。私の一番嫌いな季節だ。


 しかも梅雨の季節は大体六月だ。六月は祝日もなく夏休みまでまだ時を感じ、イベントもほとんどない中途半端で退屈な月。


 5月病というのがあるが、私にとっては六月病という風に言うのが正しい気がする。実際の意味と違っても、今の私の気持ちにはぴったりだ。


 そんなくだらないことを思いながら、授業を過ごす。一応板書はしているが、もはや作業だ。学ぼうという気も覚えようという気もない、なんの意欲もない。


 ただただ文字の羅列を写しているようなものだ。


 退屈な時間。授業中なのにそう思ってしまう。テストもそろそろ近い。なのに私の気持ちは上がらず、無意味な時間を過ごしているかのように感じるほどやる気がない。ダメだとわかっている。でも、せめて板書をしているだけましかと思ってしまう。


 全然ましではないのに。


 来年は受験生だ。こんな気持ちではいられないだろう。漠然とした不安を抱えつつも、今も頑張らなければならないという焦りがあっても。


 先生の声は右の耳から左の耳へとたんたんと過ぎ去っていく。ただただ黒板の文字をノートに写す作業だけをしているだけのまま授業の時間が進んでいく。


 そのまま、やる気のようなものは一度も起こらず、授業が終わる。


 昼休みとなるので、教室が少し騒がしくなる中、私はノートと教科書を片付け、後ろを向く。


 後ろの席の親友の美奈穂は教科書で顔を隠すように持ちながら机に突っ伏していた。


 いつもの体勢。美奈穂が授業中に寝ているときにとる体勢。


 よく教科書を立たせたままでいられるものだと毎度感心してしまう。しかも授業ごとにしっかりと教科書を変えて。


「美奈穂、お昼だよ」


 私が声をかけるが、なにも反応はない。まったくと思いながら、美奈穂の耳の近くでパンと手をたたく。


 ほがっと可愛くない声を出して、美奈穂がうーんとうめき声のような小さな声を挙げながら顔をあげる。顔にノートの跡がついている。


「お昼、食べよう」と私が言うと目をこすりながら美奈穂は「うにゃ」と了承の返事のようなものをしながらうなずいた。


 だいぶ熟睡していたようだ。午前中はほぼ突っ伏してたので、ずっと寝ていたのだろう。かなり寝ぼけた様子だ。今日は移動もなく、厳しい先生の授業もない日だったから、当たり前かと感じてしまう。


 美奈穂と高校で初めて会ってから二年、授業中のほとんどを寝て過ごす彼女を見てきた。これで学年でもトップクラスの成績保持者だというから少し嫉妬のようなものを感じてしまう。


 私がお弁当を鞄から出して、美奈穂の机に置くと同時に、鞄をあさっていた美奈穂が「あっ」と声をあげる。どうしたのか?と思っていると。


「お弁当忘れちゃった」とあっけらかんと美奈穂は言い放った。


 「またぁ」と私は呆れた声を出す。二週間に一回ぐらいのペースで美奈穂はお弁当を忘れる。しかも加えて、必ず持ってきていないものがある。


「雪歩、お財布もないからお金貸してくれない?」


 と続けて言われたときはですよねと内心で思ってしまう。


 私は「財布はいつも持っててよ」と少し呆れ、注意するように言うと、美奈穂はえへへと笑ってごまかす。反省するつもりはなさそうだ。いつものことだが。


 私は鞄から財布を取り出し、「はいこれ」と千円札を渡す。


 「あんがとー」と美奈穂は無邪気に笑って言う。


 この対応は甘いというかよくないのかもしれない。でも、必ずお金は絶対に次に会うときに返してくれる。その時は忘れない。だから信用して貸してしまう。


 それに貸さないと美奈穂は満足にご飯を食べられない。おなかがすいた様子の美奈穂は見ていると可哀想と思うぐらい元気を失う。その姿をちょこちょこ見てきた私は、美奈穂に食べて欲しいと思ってしまう。だから、ついお金を貸してしまう。


 それになぜかははしらないが私のお弁当を対価なしでもらうのは嫌そうにするからだ。まあそもそも私のお弁当は私が少食なため、そこまでの量がないというのもあるが。


 美奈穂は「行ってきます」と敬礼のようなものをして、学校の購買へと向かった。今からでは混んでいるだろう。

 時間がかかると思った私は机の引き出しから一冊の本を取り出す。先日買った、美奈穂がおすすめしてくれたシリーズ本の最新刊。


 おすすめした張本人は途中までしか読んでいない。だけど、勧められてから私は今でもずっとはまって読んでいる。大好きな作品の一つだ。


 それに美奈穂がこのシリーズ本のストーリーを気になっているから代わりに読んであげている節もある。


 もう読まないくせに先は気になっているらしく、私にストーリーを聞いてくる。自分で読めば?と返しても、「読むのはあきた」と返ってきて、呆れてしまった。だが、私が本のストーリーのあらすじを話すと、楽しそうに嬉しそうに聞く美奈穂が見られるのでつい話してしまう。まあ実はちょっぴり噓を交えているのだが、それは秘密のことだ。ちょっとした意地悪というか仕返しというかといったものだ。まだ彼女には気づかれていない。


 ちょうど一つの区切りがついたところで、美奈穂が戻ってきた。嬉しそうな様子で。


「ただいまー、これおつり~」と私の前におつりを置く。私は本を自分の机に置き、財布にお金をしまう。


「見てよこれ、焼肉弁当」


 と、私が財布を鞄にしまい、美奈穂に視線を戻すと同時にドヤ顔で美奈穂が言う。


「すごいね、買えたんだ」

「偶然残ってた、超ラッキー」


 うちの高校の焼肉弁当は人気ですぐに売り切れてしまう。それが買えた美奈穂は大変嬉しそうだ。まるで小さな子供のようだ。


 二人でいただきますと言ってお昼を食べ始める。


 目の前でおいしそうにうれしそうにたのしそうに弁当を食べる美奈穂、ついつい目で追ってしまう。彼女を見ていると先ほどまでの陰鬱な気持ちがどこかへとどんどん飛んでいくようだ。


 高校に入ってから初めての友達。美奈穂。


 同じ中学の子とクラスが別れて不安だったのに、すぐに友達になれてその不安を消し去ってくれた彼女。


 入学直後のテスト。ドキドキと不安混じりの私に今と同じ後ろの席の彼女は突然声をかけてきた。


『筆箱忘れちゃってさ、書くものかしてくれない?』とえへへと笑いながら言ってきた。


 驚きながらもシャーペンと消しゴムを貸してあげた。消しゴムは偶然二つ持っていたその日。


 『消しゴムまで貸してくれんの!!めっちゃありがと!!!』とすごくうれしそうに感謝の言葉を言って美奈穂は笑顔を見せてくれた。


 太陽のような眩しい笑顔。不安を消し飛ばしてくれた笑顔。今でも頭の中に残っている笑顔。


 私はきっとあの時、彼女に。


「ねえ、雪歩?」

「なに?」


 お昼を食べている最中、美奈穂が声をかけてくる。珍しいことだ。ひとたびご飯を食べ始めれば、余計な会話はほとんどしない彼女なのに。だが、理由は察している。


「その卵焼きおいしそう、お肉一切れと交換して!」


 私はそれを聞いて、すぐくすりと笑い、「いいよ」と返す。「ありがとー」と嬉しそうにいい、すぐに卵焼きを箸で口まで運び、「美味しい!!」と嬉しそうに言う。あまりの速さに感服してしまうほどだ。


 明るい太陽のような美奈穂。

 

 彼女の笑顔。


 嬉しそうな様子。


 楽しそうな様子。


 私は好きだ。


 大切な大好きな、親友。


「ごちそうさま」と二人で声を合わせる。


 そして、お弁当を片付けおえると、美奈穂は恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


「雪歩?あのね、頼みたいことがあるんだけど」


 私は自分の机の引き出しから一つのノートを見せる。午前中の授業のノートを。そして、「もしかして、これ?」と意地悪っぽく言う。


「それです、雪歩さま、見せてください」と言って美奈穂は頭を下げる。私は「どうしようっかなぁ」と悩んだそぶりを見せながら言う。美奈穂は「おねげえします」とさらに言う。


「はいどうぞ、次からは自分で書いてよ」と私はもう何度言ったかわからない言葉を言ってノートを渡す。


 美奈穂は「ありがと」と嬉しそうに言う。


 そして、笑顔で続ける。


「大好き、雪歩」


 と、なんの恥じらいもなく、素直に真っ直ぐにこちらを見て。何も思ってもいなさそうに見えるほど自然に。


 私は「はいはい」とあしらうように言う。一瞬の胸の高鳴りを抑えて、平静を保ちながら言った。言えたはずだ。


 美奈穂は私のことなど意にも介さず、ノートを写し始めていた。


 私は黙って美奈穂に背を向ける。そして、外を見る。


 まだ雨は降っていた。


 私の気持ちを暗くさせる雨。


 嫌いな雨。


 だが、それが今の私にとって助けとなる。


 胸の高鳴りを抑えてくれるから。


 甘い考えを振り払ってくれるから。


 気持ちを落ち着かせられるから。


 雨は嫌い。


 だけど、この時、この瞬間の雨は好き。


 いつか雨をずっと嫌いに思えるようになるのだろうか。


 漠然とそんなことを思いながら、外をぼーっと見ていた・・・


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