第六話 決心はいつも心の中に
俺たちは命の秤を出て再び街外れに向かっていた。街の中は夕日で赤く染まっている。
「ねえ、何でギンさんは何も言わなかったんだろうね」
ユイが言った。
「さあな……だが、フィオの言ったことは本当だろうギンさんが飛空挺開発の第一人者だってのはな」
「はい、それはあの様子からわかります」
リーナもわかっていたようだ。いぜん街中なので近いのは変わらないが。
「問題はあの人がそれを隠したがっていたことだ」
「そうですね。あの様子なら私たちに飛空挺を貸してくれるとは思えませんどうします?」
「まずは話してみよう。全てはそれからだ」
「そうですね」
これでギンさんに断られたら打つ手がないがしょうがないそのときは俺が山脈を何とかして越えてやる。といってもそんな方法にならないでいいなとは思う。俺の命のために。
「ついたね」
あの廃墟同然の家だったものは修復され家になっていた。
「半日ほどで直すとはさすがとしかいいようがないな。入るぞ」
コンコン
ノックをする。
「ちょっと待ってな~」
中からギンさんの声が響いてきた。
「はいよ~、ってなんだお前さんらかどうした?」
「話をしに来ました」
「…………なるほどな入りな」
俺たちはギンさんの家に入った。
「それでギルドには行ったんだな?」
「ええ」
「なるほどな。それで俺が紹介されたわけかい」
「そういうことです」
「…………確かに俺は飛空挺を完成させている」
「なら」
「だが、貸すことは出来ない」
「なぜです?」
「なぜ? 理由なんてない俺が貸したくないだけだ」
「本当ですか?」
「本当だ」
ギンさんの表情からは何も読み取れないだが何かあるような気がする。
「こわい?」
「なに?」
今まで黙って見ていたユウがギンさんに言った。
「こわい?」
「何を言ってんだ嬢ちゃん」
「怖がってる」
「俺が何を怖がってるんだ?」
「こわがってる」
「おいおい、それじゃ答えになってねえぞ」
「こわがってる、逃げないで。あの人がどんな顔をしていたのか。何を言ったのかを思い出して」
ユウは何を言おうとしているんだ。何を知ってるんだ? それにこわがってるだと? …………何かあったんだな。
「ギンさん」
「なんだ?」
「昔……何があったんですか」
「…………」
ギンさんが黙る。どうやら何かあったようだ。
「……言いたくないなら言わなくていいです。それなら俺たちは自分の足で山脈を越えるだけなので」
「それは無茶だぜ」
「山脈のなかを掘り進めて行けば着くでしょう」
「…………まあ、待て、そこまで言われたら話さないといけないな」
ギンさんがポツリポツリと語りだした。
「昔、まだ、飛行技術が見つかった頃の話だ」
飛行技術が見つかったのは今から45年ほど前の話だ。当時はまだ新大陸への航路もなく。魔王が存在しており結界もありどこにもいけなかった。なのでしっかりとした設備もなく研究は遅々として進むわけもなかった。仕方なく発見者であるギンさんが所有、細々と研究をすることとなった。
「あの頃はまだ何にもなくてな。このゲームが出来たのが50年前でまだまだ新しいことの発見だったんだ。俺はあの時はまだ十代でな。これを発見したことはうれしかったな」
職人として旅をしていたとき遺跡から偶然発見したらしい。その瞬間にギンさんは感じたらしい。これが世界を変えるものだと。
「それで俺は一人……いや、二人で研究を続けていたんだ」
「二人?」
「ああ、俺のパートナーだって人さ。名前はタリア。幼馴染でさ。生まれつき体が弱いのに俺と一緒になって研究してくれたよ」
「その人は?」
「死んだよ」
「……」
死んだ。この世界では死んでも生き返る。だが、30年も前。まだ開発されて間もない頃だ。あの頃にはいろいろあったと聞く。ゲーム内での死で現実でショック死する人も居たという。あまりにもリアルすぎたのが理由らしい。他にも今はないが昔は血も再現していた。だがそれでは問題があるとAIが判断しなくなった。一度はグローリアを閉鎖しようとしたこともあったらしいがAIが問題を解決すると信じられ不問となった。それら経て今のグローリアは安全に遊べる世界となった。
「20年前の実験の途中だったんだ。俺が少し目を離したから……工場は爆発タリアは死んだ。今でも覚えてるんだあの感覚を血がタリアの体から抜けていく生々しい感覚を……」
「…………」
「それ以来俺は何もせずに生きてきた。バカみたいだろ? あんなことはもうないというのに。なのに……怖いんだよ。また俺のせいで人が死ぬんじゃないかって……」
それはどれほどの恐怖なのだろう。人の死を目の前で見た。それに間接的にとはいえ自分が関わっているというのは。俺にはわからない。平和な時代に生まれ。平和な世界に生きている俺には。なら俺がするべきことは……。
「……ならいいです」
「だが……」
「ここにはそんな研究者なんていなかった。さて、行くぞ、リーナ、ユイ、ユウ」
「はい」
「うん」
「は~い」
「それじゃあ、ギンさん、お元気で」
俺たちはギンさんの家をあとにした。
「これでいいんだよな」
「はい」
「いいんじゃない? あの人に無理矢理やらせても目覚めが悪いだけだし」
「そうだな。さて、それじゃあ本格的に徒歩であの山脈を越える方法を考えないとな」
「そうですね」
「とりあえず宿に部屋を取るか」
「はい」
俺たちは街の宿屋に向かった。それにしてもあのユウの言葉は一体?
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「俺は……俺は……タリア、俺はどうすれば……」
今でもあの感覚は手に残っている。もうあんな事故はおきないといっても怖い。こんな大の大人がそんなことを言うのはおかしいだろうが。人の死というのはそれくらい大きい。
「逃げないで……か」
あの嬢ちゃんが言ったこと。そういえばすっかり忘れていた。タリアがどんな風に死んだのかを。笑って死んだ。俺を恨むことなくただ笑って逝った。
「……………………ああくそ」
思い出したら涙が溢れてきた。
「しょぺえな~ちきしょう」
ああ、くそったれ。わかってんだよ。俺も乗り越えなくちゃ生けないってことはな。ふとあのときのタリアの言葉が思い出された。最後の最後に力を振り絞って言った言葉。
『生きて……私の変わりに精一杯生きて……そして大空を飛んで、それが私の幸せだから、お願い、誰かのためでもいい、自分だけのためでもいい。空を飛んで幸せに生きて。それが私の望みだから。私のためだけに立ち止まらないで……』
タリアはそう言った。そうだ。タリアが今の俺を見たらなんていうだろう。
「たぶん怒るだろうな」
そうだな。そうか、いまさらあんな嬢ちゃんに教えられるなんてな。
「さて、それなら急がねえとな」
俺は本気で前に進もう。だからタリア見ていてくれよ。
その日街はずれの工房には一晩中明かりがともっていた。