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江東の虎は爪牙を振るい敵を破る

「玄徳殿、久しいな」

「ってほどには日は開いておらんと思うがね」


 世間話のように始まった会話であるが、目の前では曹操の騎兵が徐々にその足を止められつつあった。槍隊をうまく展開し、騎馬の勢いを削ぐことで徐々にその打撃力が低下している。


「ふん、なかなかやるがまだまだ青いな」

「ほう、であれば貴殿の手並みを期待してもよいのかね?」

「ああ、任せよ」


 すると孫堅は馬首を返し、どこからともなく集ってきた騎兵がその周囲を固める。


「江東の猛者たちよ。中原の皆さんにご挨拶だ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」

「ここで腕を見せつければよい雇い主が見つかるかもしれん。稼ぎ時だ!」


 剣を振りかざし一文字に敵兵の真正面から突っ込む。しかし雇い主って、一応官職についてるはずじゃなかったのか?


「ちいっ、まずいな」

 馬の性質をうまく利用され、徐々に包囲されてきた。速度が落ちれば騎兵などただの大きな的だ。

 身動きを取りにくくなればなるほど不利になって行く。そんな中、朗報が飛び込んできた。


「殿、左方より騎兵が突入してきます。孫の旗印を掲げておりますな」

「ほう、音に聞く江東の虎か。玄徳殿の隠し玉であろうか」

「わかりませんが包囲が緩みつつあります。孫堅の背後から玄徳殿の兵が向かっておりますので、逆側の包囲を食い破って一度離脱を」

「任す。頼むぞ妙才」

「はっ」

「孟徳、俺はどうすりゃいい?」

「いつも通りにやれば良い。元譲よ、曹孟徳の武威を示せ」

「わかった」


 夏侯淵の率いる騎兵から小型弩による一斉射撃が行われ、まさかここで矢が飛んでくると思っていなかった敵兵が怯む。歩兵相手ならば盾を構えるのだが、騎兵からの飛び道具は想定していなかったのだろう。まともに矢を受けた敵兵がバタバタと倒れていく。


「おっしゃあ! 突撃!」

 夏侯惇が混乱している敵兵の中に突入し、一気に蹴散らした。


「ここだ、元譲に続くぞ」

 夏侯淵の騎兵が敵の陣列をなぎ倒した。


「今だ、全軍突撃せよ!」

 


 孫堅の騎兵が突入した後、バラバラに走っていた歩兵がいつの間にか陣を組んで槍先を整えて攻撃を始めた。


「恐ろしいな。兵が一人一人考えて動いてやがる」

 軍を構成する一人一人の兵は出自は様々だ。流民上がりであったり税の一環として兵役を課されていることもある。

 主君のために命を捨てて戦うというのは武人の美談であるが、そこまで覚悟が決まってる勇士は一握りで、だからこそうちの関羽や張飛みたいなのはそうそういるもんじゃない。

 兵を逃げさせずに戦わせるのは将にとって至上命題だ。褒美で釣ったり義理で縛ったり、場合によっては死罪をちらつかせて脅して戦わせる。

 故に陣を組み、お互いの距離を近づける。そうしないと兵は独りになった瞬間に逃げ始めるからだ。

 しかし孫堅の兵はその常識を覆した。バラバラに兵を移動させ、指揮官の命令一つでそれをまとめ上げ、即座に部隊として編成させる。

 要するにバラバラに敵地に侵入して合図一つで部隊として動き出すということができるというわけだ。

 やられる者にとっては悪夢でしかない。蹴散らしてバラバラに逃げている兵が、いつの間にか集結して背後を襲われることすらあり得るのだから。いつ攻撃を受けるかわからないという状況は非常に神経を削られる。場合によっては数日でこっちの軍が崩壊するだろう。


「兄貴、あいつら……やべえな」

「益徳よ、おめえにあれができるか?」

「できねえな」

「まあ、将としての性質が違う。俺にもできねえよあんなわけわかんねえ軍の指揮はな」

「なにしろバラバラに走ってる兵が居るなって思ったらいきなりパッと集まって陣を組んでるんだからなあ。あれが味方でよかったぜ」

「まったくだ。おめえもあいつらのこと気づいてなかったんだろ?」

「んー、おそらく敵として近づいてきたんならわかったと思うぜ。殺気がなかったから敵じゃねえってくらいに見ていたんだよ」

「おめえも、尋常じゃねえな。益徳、これからもよろしくな」

「おうよ! んじゃあ行ってくるぜ」


 益徳の兵が足を速め、戦闘中の孫堅の軍の援護に入る。

「おりゃあああああああああああああああああ!!!」

 矛を振り回すたびに敵兵が弾け飛び、人間が宙を舞った。一体どれだけの力で振り回したらあんなまねができるのか。


「玄徳殿、貴殿の義弟は万人の兵を蹴散らすほどの武勇だな」

「ああ、自慢の弟よ」

 またいつの間にか俺の横でのんきに話し始めている孫堅がいるが今更驚くこともない。張飛の言っていたことを思えば、確かに殺気を振りまいていればすぐにわかる。


「んじゃあ敵の中軍を叩こうかい」

「うむ、委細承知した」

「ああ、文台殿、褒美は何としてでも朱儁将軍からむしり取るからよ。心置きなくやっちまってくれ」

「ははっ、お頼み申す」


 報酬の話をしたとたん孫堅の態度が改まった。いつぞやの曹操と同じような雰囲気で、明らかに上下関係を意識した感じだ。


「なんだってんのかねえ」

「兄者の威風を感じ取っているのでしょう」

「そんなたいそうな人間じゃねえぜ?」

「兄者はそれでよいのです。支えるは義弟たる我らが勤めにて」

「ああ、それにしてもさっきの戦いで雲長の指揮は見事だったな」

 のんきに孫堅と話していられたのは関羽が前線で指揮を執っていたためである。大刀を振るって敵兵をなぎ倒しつつ、味方の兵に指示を出して戦況を有利に導く。

 

「はっ、さらなる精進に努めます」

「ああ、おめえがいりゃあ大丈夫だ」


「玄徳殿、孫文台殿があの辺に食らいつくじゃろ? さすればこちらに敵が動いて来ようが。さすればここに兵をおけば……」

「やってくれ」

「おう! 話が分かるのう!」

「なに、見事な策だったんでな。優秀な軍師が欲しくなるねえ」

「ほっほっほ、じゃあワシでどうじゃ?」

「いいのかい?」

「ああ、願ってもねえ」

「うむ、ではこれより殿と呼ばせていただく。この程仲徳にお任せあれい!」

 程立のおっさんは馬を走らせて前線にすっ飛んでいった。一応竹簡に軍師に任命したことと、指示に従えと書いたものを持たせてある。関羽とは馬が合っていたようだし何とかなるだろ。


 前線の動きを見ていると、孫堅の部隊が攻撃を開始すると敵は徐々に退いて陣に誘い込もうとしている。そうやって伸びてきた敵の両翼を程立の策でさらに禍根で蹴散らした。

「やるなあ、おっさん」


 俺のつぶやきは戦場の喧騒に溶けて消えた。眼前では側面を突かれた黄巾の軍勢が混乱を全軍に波及させつつあり、徐々に後方から崩壊し始めている。

 好機とみた朱儁将軍が全軍突撃を命じたのはその直後だった。

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