episode42〜ハルザの想い〜
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深い深い山の中。
深い深い眠りについてるアルネは、その身をシュリの背に思う存分沈めていた。
(全く… 手のかかる子ね)
そう思いながら、ニコリと微笑む。
植物達が生い茂る山道を、迷いもせずルクナ達はコクシネル達の歩みに続いて、進んでいた。
その出入りの少ない月華山では、生物達が少し特殊だった。
草木が… いや、もはや花だ。
月華山。
その名の通り、この山は草木というよりは花々でできていた。
しかし、その姿は今は蕾となって、顔を隠している。
夜が既に明け、今は太陽が完全にその姿を現していた。
本来ならば、大小様々な色とりどりの花達が、所狭しと咲き誇るのだろう。
その目線に気が付いたライが、ルクナ達へと言葉を添える。
「ふふ、とても綺麗でしょ? これはね、月の力で咲いてるんだ。だから今はお休み中」
「そうか… 蕾のままでもわかる。美しいな… 本当に綺麗だ。それにライ、何だか嬉しそうだな」
「そりゃそうだよ! だってこれから、仲間に… 家族に会えるんだもんっ!」
その広大で深い山の中、泉には簡単に辿り着けない。
大所帯の一行は、どこかで寝床を探すことにした。
一晩中、歩いたという事もあり、疲れが見え始めていたのだ。
コクシネル達はその生態もあり、睡眠にはそう縛られないという。
ハルザも然り。
しかし、それに反して、ユマン族であるルクナ達にとってはそれは生きる源。
そして共存を望むコクシネル達にとっても、協力という言葉は、何の苦にもならなかった。
そう、コクシネル達は、急ぎたい気持ちもあるが、その分、他の種族にもとても協力的だった。
コクシネル達は、自然の中の花のベッドで気持ち良さそうに眠る。
ルクナ達は例によって、テントを作り、見張りと交代で休んでいた。
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こうして、夕刻へとなり、アルネの瞼がゆっくりと開き始める。
(あれ? ここは… )
そして、その感触はアルネの目を一気に醒させた。
「なっ… ルルルルクッナッ!?」
いつもとは違う暖かさに、驚愕したアルネが、思わず声を上げてしまった。
ルクナが包み込むように、アルネを離さないでいたのだ。
いつもならこのような事はない。
むしろ大聖女の寝相の悪さもあって、離れて寝ているくらいだ。
しかし、今回は違った。
その深い眠りと、ルクナの気持ちがそうさせていたのだ。
上半身を起こし、確認を行う。
一応だ。
万が一の確認なのだ。
アルネは記憶がなかったとはいえ、過ちを犯すような事はしない。
しかし、確認せざるを得なかったのだ。
その掛け物を捲り、自身の下腹部を覗き見た。
(セッセーーーーーーフ!!)
大聖女は安堵した。
この上ない安堵だ。
大きくため息を吐くと、今度は堪えきれない笑い声が聞こえた。
その様子をずっと見ていたのだ。
「ふふ… ふふふふっ… 何の心配をしていたんだ?」
その見慣れているはずの笑顔に、アルネは顔が真っ赤になった。
「ル… クナッ! 揶揄わないでっ!」
彼はまだ笑っている。
「ふん… それにしても、ここは? あれ? 月華山に入ってはいるのよね? 私、途中で記憶が… 」
「あぁ… 本来の姿でずっといたせいだな。それに加え、慣れない力も使っただろう? それで体力が限界にきたんだな。陽が昇り始めると同時に眠気で倒れたんだ」
「倒れた!? 嘘! じゃあルクナがここまで?」
(そうしたがったがな… )
「いや… シュリがここまでおぶってくれた」
「そう… シュリさんが… 後でお礼を言わなくちゃ」
「そうだな。まぁかくいう俺達も一睡もせず、山を歩いたもんだから、流石に疲れた。それで途中で休む事にしたんだ。一緒にな… ふふ」
「… そう」
アルネは少し後退りしながら、その身を警戒した。
「案ずるな。まだ手は出してない」
(まだ… ?)
「既に半日経ち、夕刻だ。このまま、ここで過ごし、明朝一番に月華の泉へと向かう」
「そっか… ライ達は? 先に行ったの?」
「いや、いるぞ」
「え!? 早くみんなの所に行きたいだろうに… 」
「まぁ逸る気持ちを抑えて、居てくれている。感謝の気持ちもあるのだろう」
「感謝?」
「あぁ。彼らアンセクト族がここに来れたのも、アルネのおかげだろう?」
「私の… ?」
「あぁアルネの」
「… ん? そうだっけ?」
「いや、そうだろう? バジリスクの脅威から解き放ち、おまけにここまで一気に連れて来ただろう」
「そう… なのかな? うーん… 私には彼らがその場で、待ち続けた選択もあった上だと思う。
立ち向かおうと思えば、彼らの ’能力’ ならどうにでもできたんじゃないかな? でもそれをしなかった。ここに来るまで、仲間を1人も減らさないために。
それにアディが守ってくれてたじゃない? だから、私だけのおかげとかではないと思う。皆が… 皆の歯車が合って、ここまで来れたんじゃないかな?」
「……… 」
「ん? ルクナ?」
「ふふ… ふふふふ… そうかもな」
「?」
(アンセクトの能力… か)
そして日が暮れ、その月はまたゆっくりと欠け始めた。
明朝が早い事もあり、アルネはテントの中で横になっていた。
今度はちゃんと距離を取る。
(眠れない… あんだけ寝たから、全っ然眠れんっ!)
そう思いながら、目が爛々としていたアルネは、ふと外の灯りが弱まったことに気が付いた。
(あ、ハルザの交代の時間なのかな?)
アルネはそっとテントから顔を覗かせた。
すると案の定、少し火から離れているハルザの姿があった。
彼も気が付いたのか、静かに目線を送る。
「アルネ様、眠れませんか?」
「あ、うん、そうね。あんだけ寝たら流石に眠れないわ。それに… ハルザとも話がしたくて… 」
「例の件ですね?」
「うん。ハルザ、昨夜の事なんだけど、あなたは本当に… 」
アルネがその言葉を言う前に、ハルザは自身について口を開いた。
「… はい。改めて申し上げます。私は、ヴァンパイア族の末裔です。今まで黙っていて申し訳ございませんでした」
「そう… この事はルクナにはもう?」
「はい。既にお伝えしております」
(私が眠ってる間にか… )
「… じゃあ、やっぱり食事を取らないのって… 」
「あ、そうですよね。大丈夫です、安心して下さい。突然襲ったりはしませんので」
(いや、信憑性が… )
アルネが自身の首元を抑えながら、じっと見つめるその顔に、勘付いたハルザが弁明する。
「… 確かに、昨夜は噛み付きましたけど… 」
「そ、そうね。でもこの前、100年前のあの日、何万もの亡骸を埋葬する際に、血を浴びたって言ってるように聞こえたけど… それはやっぱり… ヴァンパイアになる度に… その… 誰かの血を… ?」
「あ、いや、血のストックがあるんです… 彼ら種族達が朽ち果てるその前に… そうです。私自ら死ぬ間際に、頂戴した事は変わりありませんが… 」
「ん? 死ぬ間際?」
「… はい、実は… あの日俺の目の前に横たわっていた種族達は… その… まだ屍ではありませんでした」
「え? どういうこと?」
ハルザは更に言いずらそうに、少し目線を外して言葉を絞り出した。
「彼らはあの時、全員生きていました。しかし既に意識はなく、呼吸も薄かった。ほぼ、虫の息だったんです。俺には、判断する程の知識も勇気もなかった。だから、思いました。この者たちの血が新鮮なうちに… これ以上… 彼らを苦しませないように… 全員の血を抜こうと」
「全員の… ? 血を? え? 全て抜いたの?」
「はい。いや、厳密には全てではなく、できる限りですが… その膨大な量の血を加工して、大切に保管しています。だから、今は誰も傷つけていません。おそらく千年以上は持つかと… 」
「せっ1000年っ!?」
(こいつ… 一体何年… )
「こいつ一体何年生きる気なんだ? … 今そう思いましたね? ふふ」
アルネは、そのわかりやすい表情を両手で隠した。
「… でも、何でさっきそう言わなかったの?」
「怖がらせないためです。アディティア達が聞いているあの場では、とてもまだ言えなかった」
「でも埋葬したのは本当なんでしょ?」
頷くハルザ。
「… 間違ってなかった… 」
「え?」
「それは勇気だよ! この間、ハルザはとんでもないことをしてしまったって言ってたじゃない? でもその判断は正しかった!
その場にいなかった私が言うのも変だけど、少なくとも私はそう思う! 既に呼吸がほぼなかった人達の命を、どうするのが一番良かった?
そんなの誰にもわからない! それも何万人もの命を、たった10歳の子が判断できる状況じゃなかったのよ!?
それでもハルザは決断した。彼らと向き合う選択をしたの。彼らの血を未来へと繋ぐために… 」
ハルザが何かを堪えるように、無理矢理笑う。
「何で… ? 何で笑ってるの?」
「え?」
「もう誰も苦しんでいない?」
「……… 」
「少なくともまだここに… その苦しみを抱え続けている者がいるわよね? 今もその時の傷が残って、心に錘がのしかかって、苦しんでるのはハルザ、あなたよ。でももう、それもこれで終わりね!」
「終わり… ?」
「そうよ! その苦しみはもういらない! 私達がその事実を知った今、力になれる事が必ずあるから。いや、絶対手を差し伸べる。この手を」
そう言いながらアルネは、ハルザの血の気の薄い手をそっと包んだ。
「苦しいならその苦しみを分ければいいし、ゆっくりと解放すればいい。… 頑張ったんだね、ハルザ」
その無理矢理貼り付けた笑みが、ゆっくりと崩れ始める。
「… もう… ほんと叶わないなぁ… アルネ様には… っく… これ以上、泣かせないで下さい」
「ハルザ… 」
「ありがとうございます。それに… あの時に、既に解放されていますから… その苦しみに」
「え? そうなの?」
「はい。ルクナ様とアルネ様に… 救われてますから」
そう言いながら、今度は心からの屈託のない笑顔を見せた。
そしてこれをきっかけに、心の内を更に明かし始めるハルザ。
「それと、既にお察しの事とは思いますが… 俺は、火も苦手なんです。あと睡眠を取る必要もないですし」
「うん、気が付いてた。最初はね、昔に火に関して何かあったのかなとか、護衛としての慣れのようなものなのかとも思ってた。
でもそれを知ると、合点が行くわね。それで、何か条件があるんだよね? 我を忘れちゃう… そのヴァンパイアになる条件って言うのが何か…
えぇとやっぱり満月? その時にエネルギーが満ち溢れて、人間からヴァンパイアへと変身する感じ? 私と同じような」
「そうですね。半分合ってますが、半分は違います。逆なんです」
「逆?」
「はい、それに関しては他の種族とは異なるので。夜でも太陽のエネルギーが1番多いのが、満月の夜です。その時だけは、ヴァンパイアの力が最も弱まってしまう。なので本来の姿に変わり、血を吸うという行為によって、自我を保てる… 」
「そうなの? そういう種族も居るのか… でも昼間は? 普通に太陽を浴びてるわよね?」
「それに関しては、あくまでもヴァンパイア族ですので、人間としての血も流れてるんですよ。簡単に言いますと、昼は人間の気が、夜はヴァンパイアの気が強いという種族なのです。それに、この瞳が… 俺達種族を守ってくれているので… 」
「瞳? 確かに、少し私達とは違うわよね? 満月のあの姿の時は、真っ赤になっていたわよね? 普段は赤褐色というか… 光が当たると更に赤くなるなとは思ってた… けど、その瞳がどう関係があるの?」
「仰る通り、この瞳は太陽の光を浴びると、少し赤くなります。瞳から太陽光の危機を察知するので。
まぁ半分人間なので、さほど危険はないのですが… そして、活動が最も活発になる満月の夜は、更にその色が変わります。アルネ様の仰る通り、その色は真っ赤に染まり… 血のような… 」
「そうね… 確かに血のような色だったかも」
「左様でございます。それによって真の姿に近くなるのです。その容姿はおそらく、脅威と感じたかと… 」
「じゃあ、その瞳は大切なヴァンパイア族の誇りだ」
アルネが嬉しそうに、そう微笑み返す。
「え? 誇り… ? … ふふ… まさかそう言って下さるとは… 感謝申し上げます」
「ん? お礼はもう十分もらったわ? まぁそんな大した事はしてないと思うけど… 」
アルネはそう言いながら、首を傾げた。
少し赤くなったその顔を背けながら、ハルザは話を戻した。
「はい。なので、月の満ちる日を予測して、前日には身を隠します。ご安心下さい」
「えーそれは困るな?」
「え?」
「ハルザがいないと困る」
「それは… どういう」
「だって… 」
そう言いながらアルネは、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だって、ハルザがいなくなったら、誰が私に勉強教えてくれるの?」
「え? 勉… 強?」
「そうよ! だってルクナじゃ、すーぐ眠くなっちゃうし。ヴィカは鬼と鞭で怖すぎるから、嫌よ! ハルザじゃなきゃ嫌!」
「教師要員… 」
「そう! ハルザにとっては、ここ何ヶ月なんてとても短いと思う。けど、昼夜を共にしていろんなことを話し合って、臭い飯も一緒にして、何より勉強の教え方はピカイチよ!」
(臭い飯?)
「そんな最高の教師を手放せる!?」
「ふ… ふふふふふ… そうですか… 教師… 確かにアルネ様は、私のおかげでここまで物知りになられましたものね。もう、私無しでは学べない身体になられたのでは? わかりました。これからも調教させて頂きます」
(言い方が、なんかやらしいな… )
「あ、そこまでは… 言ってな… いんだけど… でも、ふふ、これからもお願いしますね! 先生!」
(先生… か… )
その表情を切り替えると、ハルザは姿勢をすぐに戻した。
「それに、別にずっといなくなるわけではありません。1日だけ姿を消すだけですよ?」
「それも許さないわ! まぁ… もしまたヴァンパイアになったとしても、私がその牙へし折ってあげるから安心して!」
(それはそれで、なんか… 嫌だな)
そして、まだ聞き足りないアルネの疑問は続く。
「それで、例の鍵… あの王宮地下の扉の鍵の事なんだけど。あれは産まれた時から持っていたって言ってたわよね?」
「はい、その通りです。物心ついた頃には、いつも首元に下げておりました。それが何なのか最初はわかりませんでしたが。調べていくうちに、あの地下にある扉の鍵だと知りました。
そして、それが複数必要だということも… 完成形はあの時まで、半信半疑ではありましたが… まさかパズルのようになっていたとは… 」
「そう… じゃあ違うか」
「何がでしょうか?」
「うーん、勘だけど、ハルザにもノギジみたいなその姿を制御出来るものが、何かあるんじゃないかしら?」
「制御する何か… ですか」
「うん! まぁこの先きっと見つかるわ! んね!」
「ふふ、気長に探します」
「そういえばあなた… 今日までずっと1人で生きて来たのよね? その… ヴァンパイアの誕生の仕方は独特なんじゃない? てことは本当に誰かの血を吸う事もなかったって事よね?」
「はい、先程も申し上げましたが、これまで誰の首筋も狙う事なく、生きて来ましたので。私が生み出したヴァンパイアはおりません… 多分」
(多分… )
「さっきまで、ね」
「… はい、誠に申し… 」
「ふふ、冗談よ! じょーだんっ!」
(冗談にならなくもないから、怖いんだよな… )
「大丈夫! ルクナもわかってくれたじゃないっ! ふふふ」
(あれはわかってくれたうちに、カウントしていいのか?)
ハルザはそう思いながら、こめかみを軽く掻いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
突っ走って書いてしまっているので、文章が乱れていることもあるかと思います。
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