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聖女の色持ちではないんですがね 7



「なぁーーーーんてね!」


軽口でそういって、ジークムントはパッと手を放す。


顔だけ振り向いたあたしを、なんでか悲しそうな目で見て。


「最初みたいにさ、警戒強くいてよ。じゃなきゃ……食べられちゃうよ?」


なんていうんだ。


「食べられ?」


言われている意味が、いまいちわからない。


「そう。だから、ずっとずっと猫みたいに警戒し続けてて。誰にも触れさせちゃダメだよ?」


顔は笑っているのに、なんだか違和感。


それと、言ってることに矛盾があるのに気づいているのかな。本人は。


誰にも触れさせちゃダメだなんて、さっきから一番触っているのは誰でしょうという話なんだけどね。


気づいてて、気づかなかったふりをして。


「カル。ベッドからおりなよ。赤くなったり青くなったの、体調じゃなくて聖女ちゃんが原因なだけなんだし」


ジークムントはそう言いながら、カルナークくんの腕を引く。


ベッドから立ち上がりながら、カルナークくんがあたしと一瞬、目が合う。


その瞬間、また真っ赤になって視線をそらされた。


(赤くなったり青くなったり、感情の起伏が激しいのかな?)


とか思いつつ、兄と兄の友達のことを思い出していた。


見た目は違うけど、似た感じの空気感はあった。


柊也(しゅうや)兄ちゃんに似てるかも。お兄ちゃんの友達の、あの人。


ジークムントと、口にすること、雰囲気、いろいろ。


みんなが座っている場所に背を向けてうつむく。


ジクジクと、小さな傷がひどく痛むような感覚。それと、胸の奥が重い。


「……帰りたい」


涙と一緒にこぼれれてしまう本音。


脳裏に浮かぶ、さっき読んだ本に書かれていた元の世界に戻る手段についてのこと。


召喚された時に何がなされていたのか。


あたしと引き換えに消えてしまった幼い命のこと。


この髪も目もニセモノなのに、嘘だよって伝えたいのに。


「ア…レック…」


声にならなくなっていく。


最初に声をかけてくれた彼。なんとなくだけど、彼にはこの秘密を共有してほしいんだ。


たまたまのキッカケを彼がくれただけなんだとしても、誰を選ぶかはあたし次第だ。


彼と、彼が信用できる誰かに。


もしも……もしも、他にも協力者が増やせるのなら、その負担というものを分担出来たら。


「助けて…」


子どものように立ったままで、しゃくりあげながら泣く。


話してみてハズレだったなら、しょうがないって思うしかない。


ただ時間が経過して、何も話せずに今日が終わってしまうくらいならば。


こんなに短い言葉しか言えないけれど、拙いけれど、掬い上げてほしいの。


(考えすぎたのかな、いろいろ。頭が痛くなってきた)


目もゴロゴロしたまんまで、いろんなところが不快で苦しくてツラくて寂しくて。


「……あ」


胸の奥の重さが一気に増していく。


「こ…ひゅ……っ」


呼吸がしにくくなる。


喘息か、過呼吸か。なにかの前兆みたいな、それ。


コンタクト、外したいのに外してもいい方に行くのか無駄なあがきになるのか、判断しきれない。


だから、相談したいのに。


本当のあたしについて、知ってほしいのに。


(苦し…い)


ゼエゼエと胸の中で鳴りはじめる。


喘息だ、コレ。


ここ数年出ていなかったのに。


カクンとひざを折り、そのままベッドの傍らに膝をついたままでへたり込む。


吸入は一応持ち歩き続けていたのに、今、リュックがどこにあるのかわからない。


頭の一番上が、ジクジクと痛みはじめる。


さっき感じた頭痛とは違う感じだ。


(あぁ、もう。いろんなところが、本気でツラすぎる)


意識が朦朧としてくる。


「ど、どうしたらいいんだ」


声は、多分アレックスだ。


ゼエゼエしながら、「荷物」とだけ伝える。


「聖女の荷物は、どこに運ばれた」


「メイドは、どこだ」


遠くでそんな会話を聞きながら、涙が止まらなくなって余計に息苦しくなってくる。


チリンと小さく鳴らされた呼び鈴に、メイドさんが入ってきた音。


バタバタと忙しそうにいくつかの足音が聞こえて、気づけばあたしの左横に見慣れたリュックが置かれていた。


「く、すり……を」


チャックを開き、中を適当にかき回すとポーチが出てきた。その中から見慣れた吸入器を取り出す。


吸入器のキャップを外して、軽く振って、息を吐き出してから吸入口を咥えて。


カシュッッ!


薬剤が噴射された音がした。


吸って、息を止めて…、かたわらのグラスを手にしようとしてよろける。


うがいしなきゃいけないのに、手がかすかに震えてうまくつかめない。


「……はい」


その声に顔を上げる。


あたしよりも辛そうな顔をしたジークムントが、水を注いだグラスを手にしていて。


あたしにグラスを持たせて、両手でそのグラスをあたしの手の上から重ねるようにして支えてくれていた。


「ゆっくり、ね?」


喘息のせいなのか、酸欠のせいか、吸入が久々すぎて体にキツすぎたのか。


それとも、全部か。


コクンと一口つけて、口内でクチュクチュしながらまわりを見るけれど、吐き出せそうな場所はなさげだ。


しゃあないなと、そのまま飲み込む。


どっちにしても、うがいの後に水は飲んでいたしね。いつも。


コクン…コクン……と数口飲んだら、気持ち的に楽になった。


「もういいの?」


控えめに囁かれた言葉にうなずく。


くたりと力が抜けたあたしに「体に触れるね?」と断りの言葉が聞こえたと同時に、体がふわりと宙に浮く。


すぐ横なのに、抱き上げてくれている。


ベッドの中ほどに、そっと横たわらせてくれるジークムント。


「……ごめ、んなさ…。から、だ、起こし…て、寝たい、んだ」


体を離される瞬間に袖を引っ張って、一つだけお願いをする。


メイドさんに声をかけて、たくさんのクッションを持ってきてもらって。


「これで、どう?」


半身を起こした格好で横になれるようにセッティングしてくれる。


胸がまだ重くて、コクンとうなずいてから口パクで「ありがとう」と伝える。


一瞬、目を丸くして驚いた表情になってから、嬉しそうに笑った。


「どういたしまして」


そう言って。


「聖女」


アレックスがベッドのそばに来て、険しい顔つきをする。


「さっきのことなんだが、ジークムントでいいか」


ちらりと横目で彼を見ると、黙ったままあたしの返事を待っているように見える。


またコクンとうなずくと、アレックスとジークムントが互いに視線を交わしてうなずき合っていた。


「他のやつらの紹介は後でちゃんとするから、今は体が楽になるまで休んでくれないか」


アレックスの言葉に短く「まかせます」とだけ返す。


みんながベッドの近くに寄ってきて、順に手をにぎっていく。


最後に手をにぎって声をかけていったのは、黒髪の一番身長が低い人。


「聖女って、病気にならないかと思ったらなるのか。ニセモノだったりしてな、お前」


どこか呆れた口調でそう言われて、ムカッとする。


なのに、今はまだ何も言えない。


心の中でそっと呟く。


(髪色と目の色だけで勝手に言われているのはあたしなんだけど。誰も自己申告してませんが? 聖女だなんて、ひとっことも)


って。


この先をまだ決められないまま、異世界での最初の夜が過ぎていった。









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