紡ぐ 1
~ナーヴ視点~
落ちてくる。
アイツが、剣を胸に突き刺したまま、空からゆっくりと。
(約束は全部果たしてやる)
アイツが落ちてくる座標を確かめて、テレポートをする。
目の前で口元に笑みを浮かべて、俺が差し出した腕の中におさまった。
いわゆるお姫さま抱っこってやつなんだろう? これは。
たとえ今お前の意識がなくなっていたって。
ちょっとしか口にしていなかったことも、落書きみたいに控えめに走り書きされた望みだって。
「叶えてやるって、絶対に」
コイツに向けて使わずにいた、破れない約束の言葉を吐く。
抱きあげたまま、指先だけを動かして光で魔方陣を描く。
パチンと指を鳴らせば、コイツを想っているだろうあいつらの前へと着く。
「ナーヴ!!」
ジークが真っ青な顔をして、俺の肩をつかむ。
いろいろ聞きたいことがあるのは分かってんだけど、邪魔しないでほしい。
「先にやることあるから、黙ってみてて」
そっけなく顔を背け、もう一度指を鳴らす。
俺の光魔法で、剣を胸に刺したままの彼女が宙に浮いた。
必要以上に邪魔がない入らないように、パチンと両手を合わせてグリグリッと手のひらをこすり合わせる。
パッと開けば、手のひらサイズの魔方陣が複写したみたいに4つ出来た。
指先で小石を弾くみたいに、あいつらへと飛ばしてやる。
4人以外は邪魔なんで、結界を張って追い出す。
結界に弾かれず、自動的にこの場に残された4人。
「どういうことなんだよ、ナーヴ。お前のその魔法は……」
カルナークが今にも泣きだしそうな顔つきで、俺に近づいてきたけれど。
「邪魔。見てて。いろいろ頼まれて忙しいんだから、俺」
そういいながら、走り書きのメモを見ながら順番に望みを叶えていく。
剣に仕込んでおいた魔方陣を発動させる。
俺の血を含んだモノとコイツの血を含んだモノと。
まばゆく光を放ちはじめ、体を黒く染めた瘴気を剣が吸い込んでいく。
わずかな時間を経て、黒剣へと姿を変えて瘴気は集められた。
その瞬間に手首と足首にあった枷が、パキンと乾いた音をさせ消えた。
髪の色は黒髪のままだけど、瘴気の気配はない。
小瓶を取り出してコイツの血を剣に垂らすと、瘴気が蒸発したかのように消えてなくなった。
本当だったら、こんなに濃厚な瘴気を目の前にして生きてられないのにな。俺。
「ホント、奇跡みたいなこと起こすよな。お前」
目を閉じたままのコイツに話しかける。
剣に指先をあてると、ヒンヤリしてて気持ちがいい。
反対の手で指を鳴らすと、剣が小さくなってペンダントへと形を変えた。
シャランと鎖が音を立てる。俺はそれを首に掛けた。
深呼吸をして、空気の美味さを確かめる。
「あー……、お前のおかげで空気が美味いって思えるわ」
指先から光の線を出して、宙に文字を書いていく。そして、いつものようにつないで円にした。
それを布団でも掛けるようにして、眠ったままのコイツの上に完全に広がったタイミングで。
「よく眠れよ? ……またな」
指を鳴らせば魔方陣が体全体を包み込み、収縮するように目の前で16の女の子だった姿が幼くなっていく。
回復するのに、どこまで戻っていくのかはこの時点でわかっていなかった。
思ったよりも幼い姿で留まってくれて、小さく安堵の息を吐く。
この魔法を発動した時、場合によっちゃここでの生は終わり、元いた世界に戻ったかここで弔われるかだった。
本人はどうしたかったか相談があった時点じゃ、答えを出せずにいた。
今、目の前に在る姿が、コイツが望んだ場所がここなんだと教えてくれたようなもんだ。
スピスピと鼻を鳴らしている黒髪の子どもの姿になって、なんも考えてなさそうな顔で寝てる。
子どもらしく握りこまれたこぶしの中を確かめて、それを取り出す。
それから俺が着ていたジャケットを脱いで、幼くなったコイツに着せて。
「じゃ、後片付けはまかせるから。俺、子育てしなきゃいけなくなったんで」
そういってコイツを腕の中に抱き、一歩進む。
「待て! ナーヴ! 説明をしろ」
アレクがものすごい怖い顔をしているけど、めんどくさい。
「あー、シファ。ん……と、これ。コイツから、シファに頼んでくれって言われてる。必ず咲かせてやって」
アレクの背後で、俺の様子を伺っているのに何も言ってこないシファに、願いの一つを託す。
「育てて、広げて、どこででも咲くようにしてやって。それが今後の瘴気への対策になるから」
白黒の縞模様の種だ。名前までは聞いてない。
「これ以上の命は捧げさせないってさ。……じゃ」
あれもこれも自分だけでどうにかしようとして、結局自分だけが犠牲になったようなもんじゃねえかよ。
まわりを煽って、瘴気という名の心の淀みを活性化させ、言いたくもない罵詈雑言で自分にも負荷をかけて髪に溜まっていく瘴気を一気に増やした。
悪口好きじゃなさそうだもんな、確かに。
傷ついて。誰かを傷つけたことでまた傷を深めて。それをひたすら繰り返して、浄化に一番いい瘴気の濃さと量になるまで耐えて。
誰かに嫌われるのは、誰だって嫌なのにな。
それの一番被害者は、コイツの次が国王だな。一番の責任者なんだから、それくらい飲み込めって話だ。
「ホント、お前って…バカ」
小さくなった体を抱いて、国王の横を通り過ぎていく。
さっきまでのことがなかったかのように、国王の体に痛みも傷も一切なく。残っているのは唯一、痛みを与えられた記憶だけ。
(それもまた残酷だけどな)
喧騒を背中に、俺は入れたことがなかった自室へとコイツを連れていく。
******
瘴気がどんなものなのか、自分の体に起きていることは何なのか。
ちゃんと目を背けず向き合って、それらの痛みを全部引き受けて。そして、消していった。
聖女が浄化をする時には、必ずと言っていいほどに光魔法の術者がいたという表記があったらしく。
「聖女の記憶を見たから間違いないよ」と、確信したように告げてきた。
俺は特別な魔法は使えず、カルナークみたいな潤沢な量の魔力もなく。瘴気が満ちてくるかもしれない恐怖に、部屋に引きこもることの方が増えてきて。
どうして俺が召喚のサポートにと思ったけれど、選んだやつは知っていたのかもしれないな。
光魔法の術師の必要性を。
でも基本的には、属性もスキルも互いに明かしあうことはない俺たち。
誰が俺の属性を知ってて、メンバーに入れたのかが謎だ。
実はスキルはなく、ただ光魔法が使えるというだけだったんだ。
カルナークは複数属性持ちで、隠すこともなく過ごしていたからよく観察していた。
扱いの巧さは見て盗もうと思っていた。ただし、同じようには出来ないこともわかっていたから工夫が必要だってことも痛感していた。
初っぱなに倒れたり熱を出したり、聖女ってものに期待をするなと言われているようにもなった。
ニセモノなんだろうと諦めて、瘴気に胸の中をぐちゃぐちゃにされて死ぬだけだって考えた時もあった。
――――なのに、だ。
「袖振り合うも他生の縁って言葉があって。道を歩いていて見知らぬ人とすれ違うのも前世からの因縁だったりしてさ。偶然の出会いはなくて、縁があって起こるつながりってものがあるのだよという意味らしいの。意味わかる? 正直、こんな場所でニセモノな色合いの聖女がなにをどこまでやれるかわからないけれど、縁があったなら、やれることは全部やるよ。……たとえ死んじゃっても、死ぬのも縁の流れだっていうんでしょ? だったらさ、縁があったらまたどこかで一緒に歩ける気がしてるんだ。本当に出逢うべきなら、運は引き寄せてくれるはず。そう…………信じたい。みんなとつながっていたい」
巻き込まれて、お気楽に引き受けたんじゃなく腹も立ったらしいのに、最後にはそんなこと思うまでになった。
「出逢える時には出逢える」といい、離れた場所で呆れた表情で自分を見ている俺に「へへ」とバカっぽく笑ってみせた。
その言葉はまるで、願いというよりも祈りのように感じられて。
「むふぅ……ムニャ……ぁ」
ベッドに眠る小さな体にタオルケットを掛ける。
ベッドに腰かけ、幸せそうに笑うその頬を指先で突き、そっと呼んだ。
「………ひな」
突いた指先を、小さな手がギュッとつかむ。
グリグリと頬に指先を埋めながら、耳元で囁いた。
「これからはずっと一緒にいてやるよ」
目覚めるのか、目覚めてもどう育っていくのか。何一つ判断材料はないけれど。
どんな関係になったってかまわない。
「一緒にいるよ」
自分からこぼれた想いは、ひどく胸を締めつけてあたたかくも感じられる不思議なものだった。




