聖女の色持ちではないんですがね 4
ドクドクと、けたたましく鳴り響く心臓。
脳内では、きっと警告音も鳴りっぱなしだ。
「や……っっ」
顔が熱を持ち、とっさに彼を突き飛ばす。
「あれ。残念だなぁ。もうちょっとしたかったのにさぁー」
こっちの反応を見て、また笑みを浮かべる。
「聖女ちゃん。俺の名前、ジークムントね。みんなと同じように、ジークって呼んでいいから」
キスされた場所を手のひらで押さえて、顔を真っ赤にしたまま警戒し続ける。
「……ぷっ。聖女ちゃん、猫みたいで、かぁわいーねぇ」
肩を揺らして、ずっと笑ってる。
「わ、笑わないでっ。こういうの慣れてないんだから!」
恥ずかしい。照れくさい。腹が立つ。混乱する。
いろんな感情が頭の中をものすごい勢いで、ぐるぐるぐるぐる回ってる。
「そ、それに!」
そう言ってから、彼と距離を空ける。
疑問がわいた。
(だって、聞こえないように内緒話のトーンで囁いただけなのに、どうしてもう一人を選んでほしいって話したことを、この人が知っているの?)
距離的に聞こえるはずがなかったのに。
クスクス笑いながら、彼が廊下の方へと歩き出す。
ドアを開けて、すぐに人がいたのか何かを話している。
「?????」
警戒を解かないまま、彼を目で追い続ける。
「じゃあ、頼んだよ」
の声と同時に、またドアを閉める。
「はいはい、そこでごちゃついていないでさ、そっちにあるテーブルちょっとずらそうか。それと、端にあるイスを一つ持ってきて、テーブルの近くに置いてよ」
髪をぐちゃぐちゃにされたアレックスと、その他三名。
いきなり仕切りだした彼に従って、なにやらセッティングをしていく。
やがてドアが開き、メイドさんがティーセットを用意して。
三段重ねのお皿の、これ……なに?
優雅なティータイムにありがちなアレだよね。
あたしはきっと見ることも触れることもないだろうなと思っていた部類の品物だ。
それにいろんな種類のスイーツらしきものや、サンドウィッチっぽいものが載せられている。
「美味しそう」
素直にもれた声に、ジークムントって人があたしに手を差し出す。
「聖女ちゃんは、ここ。で、あとは……早い者勝ち! 俺はここ!」
言ったと同時に、あたしの横に腰かけた。
「あ! お前、卑怯だぞ」
「早い者勝ちって、ジーク……お前」
黒髪の人と地味な君が、ブツブツと面白くなさげに文句を言う。
「アレク……」
パッツン前髪な彼は、アレックスがさりげなく反対側のあたしの横を陣取ったのを見て呆れている。
あたしは持ってきてもらったふかふかの座面のイスに腰かけて、その左横にジークムントって人と地味な君。
あたしの向かいの席には黒髪の人。
あたしの右横には、アレックスとパッツン前髪な人。
位置的に、これって上座扱いになっているのかな。こっちの世界にもそういうのがあるの?
メイドさんが紅茶を淹れてくれ、スイーツ用のか取り皿を置いていく。
「ご苦労さま。あとはこっちが声をかけるまで、この部屋には誰も近づけないようにね」
さっき同様にジークムントって人が声をかけたら、メイドさんと近くにいた多分護衛だろう人が頭を下げて部屋を出ていく。
「さぁて、と」
左横の彼が、合図とばかりに一言。
「とりあえずは、乾杯でもしようか。紅茶ってのが物足りないかもしれないけど」
目の前で湯気を立てて、琥珀色をしたいい香りのそれを手に取る。
「何に乾杯かわからないけど、とりあえず?」
倣うように、カップを手にするあたし。
どこかぎこちない空気の中、全員がカップを手にしてすこしだけ掲げるように示す。
「聖女ちゃんとの出会いに乾杯!」
まるで歌うような口調で告げて、あたしへとカップを一瞬小さく動かした。
直接乾杯をするわけじゃないけど、乾杯に近いやつだ。
「あ、うん。かんぱ、い」
つられるようにして、同じようにカップを小さく動かす。
「お、おう」
「…乾杯」
「あ、あぁ。それじゃ」
「ようこそ、わが王国へ」
それぞれに、乾杯を告げて。
こくんと一口飲んだ紅茶は、オレンジの香りがほんのりして肩の力が抜けそうなほど美味しい。
「お腹空いてない? これ、美味いんだよ」
ひょいひょいと取り皿に、マカロンっぽいものがのせられる。
「あ、誰も食べるって言ってないのに」
「遠慮しないでよ。っていうか、この中で一番偉いの君だから、君が手をつけないと他の誰も手をつけられないんだよね。だから、一口だけでも食べてよ。俺、こっちのケーキ食いたくて」
一番偉い人が手をつけないと食べられない? 面倒くさい決まりなんだな。
「…………って、ちょい待ち」
決まり事を脳内で反芻して、気づく。
「誰が偉いって?」
よくわからない言葉が聞こえたような。
「誰って」
と黒髪の人が呟き、全員が互いを見まわしてから。
合図でもしたかのように、あたしを一斉に指さした。
まさかの事実にとっさに出てきたのは。
「人を指さしちゃ、いけないんだから!」
という、自分がしたことを棚上げしたような発言だった。