抱えられるもの、抱えられないこと 3
この世界に来て、この場所に住むようになって、ずっと引っ掛かっていたことがある。
国王様に謁見っていうのはしたことがある。
謁見の後も、数回だけ話をしたことがある程度。
今回、あたしを召喚して瘴気を浄化することになった“それ”に関しての責任者の話だ。
ここまで支えてくれたみんなの名前は知っている。年齢もやっと知った。
服装もそれっぽいのに、その手の小説にありそうなタネ明かしがないんだ。
ずっと聞きたかったこと。
『みんなは、王子なの?』
この一点だ。
髪色が一緒なのはいなくて、瞳の色が一緒なのはジークとナーヴくんくらい。
どういう立場の人たちなのかの情報が、ここまで一切明かされていないんだよね。
浄化専門の5人というわけでもないでしょ? ナーヴくんは、耐性がないって聞いているし。
シファルくんは、過去に何かあって魔力がかなり少なくなってから薬学の方に進んだって。
ジークとアレックスは、いかにも王子さまって呼んでもよさそうではある。うん。
カルナークは…………魔法に特化しすぎてて、王子さまよりも魔術師かなんかみたい。
国王様がいて、後継者がいないわけがない。
実子がいなくても、養子とか育てて跡を継がせるとかいうじゃない?
ジークあたりなら教えてくれるかと思って聞いてみても、笑顔で躱されてその話題だけ避けられる。
「でも、住んでいる場所は王城」
各々に与えられた部屋に、研究施設や訓練所なんかも使いたい放題だ。
それで王子さまじゃないなら、どんな立場でここにいるの?
メイドさんも、名前に様をつけて言うだけで立場らしきものに触れて発言はしてこない。
「……頑なだ」
それも浄化に関係があるのかな?
「痛……っ」
今日も頭痛がひどい。日に日に悪化しているのがわかる。
スマホを開くと、日付だけは元の世界と同じ進み方をしていて、どれくらい経過してたのかを知ることが出来る。
(知ったのは、ここ最近なんだけどね。写真を見るだけで、他のことに気が回らなかったもんね)
ここに来てからの自分の余裕のなさを痛感する。
あの日以降、ナーヴくんから時々メモ程度の手紙が寄こされる。
その日その日によって時間帯は違えど、ドアの隙間から入れられていることが多い。
一緒に過ごすことは出来ないけれど、あたしの秘密を共有してくれる唯一だ。
くれた手紙の中に、一枚の魔方陣を同封してくれたナーヴくん。
あの夜の光のクマを、あたしが好きな時に取り出して触れられる、特殊な魔方陣だという。
魔方陣と一緒に届けられた手紙には、こう書かれていた。
『それ見て、すこしでも頭痛の元を減らせ』
魔方陣の説明の手紙とは別に、本当にメモ程度っていう一行の手紙。
たった一行で理解ってしまった。
彼は何をどうやって調べたのか、あたしの状態と今後の展開を知っている。
そのために一番ツラい彼が、あたしに歩み寄ってくれた。
けれど彼がしてくれていることって、本当は矛盾しているんだよ。
それも理解っていて、そっけなくも心配してくれている。
(あたしが瘴気を浄化しなければ、ナーヴくんは楽になれないんだよ?)
どんな気持ちで関わってくれているのかを、勝手に想像しては泣きそうになる。
手鏡で髪の状態を数日おきに確かめる。
(何段階進んだら、浄化が出来るようになるのかな)
手鏡をかたわらに置き、祈るように手を合わせて目を閉じる。
個人練ってやつだ。
自分の魔力は、訓練を重ねていくごとに感じられるようになってきた。
カルナークのようには出来なくても、まずは感じられることが大事。
ほわんと体が発光しているのを感じて、もっと奥へと入っていく。
そうして一番探りたい場所へと進んでいくけれど。
バチンッと小さく音を立てて、合わせていた手が何かに弾かれたように離れていく。
「いったぁ…」
その痛みは、“それじゃない”と拒まれている感覚に近くて、胸の奥が切なくなる。
あたしが探っている場所については、カルナークに話すことが出来ない。一番頼れるジャンルなのに。
頼るならば、浄化についての話をしなければならなくなる。
朝のあいさつのように気軽に話せることじゃない。
早くしなければと焦っても、そこへはたどり着けない。
――――この世界に来て、あと二週間で三か月。あっという間だ。
ナーヴくんから手紙が来る間隔が空くと、瘴気が彼を蝕んでいるんじゃないかと不安に駆られる。
ナーヴくんを、そしてかかわって楽しい嬉しいと教えてくれたみんなを助けたい。
光のクマの魔方陣を取り出して、この国の文字であたしの名前を魔方陣の上に指先で書く。
魔方陣の中にその文字が書かれているので、本当に指先でなぞるだけでいい。
なんて親切設計だろう。
優しい人ばかりのこの世界を護れるのがあたしなら、護ってあげたいよ。
(でもね、ただ護るだけじゃこの先にも同じことが繰り返されるだけだ)
本当にみんなの未来を護るという意味と重さを、この三か月の間いっぱい考えて、たくさんの本を読んで……決めた。
(これで最後に出来るように、やれることは全部やろう)
人にかかわるのが怖くなって、それでもやっぱり寂しくて、形からとはいえ変わるために自分を変身えて。
そのタイミングでの召喚。偶然じゃなくて、必然だよね。
名前を書き終えるとあたたかな光が魔方陣に浮かび、いつものクマがそこにいる。
見ているだけで癒されて、自然と肩の力が抜けていく。
「…………よし」
眠る前に、もう一度。
さっきと同じ動作をして、手を合わせて探っていく。
深く……もっと上へ……と、浮かぶ汗をかまいもせずに。
いつもよりも長めに探れているのが嬉しくて。
(こっち……な、んじゃ)
一瞬触れた、今までにない感触を追って。
深追いしすぎていることに気づかないまま、あたしは自分の体から抜けたような感じになる。
『夢でも見ているのかな? あたしが目の前にいる』
宙にふわりと浮いて、自分に触れる。
不思議と触れて、思いきってあの場所に外から触れてみる。
頭頂部にあたるその場所に触れた瞬間に薄墨のようなモヤが、一気に宙に浮かぶあたしを包み込んでいく。
夢なのか現実なのか、境目がわからない。
目の前にいるあたしは、変わらず手を合わせて目を閉じているだけにしか見えないのだ。
不安だ。怖い。素直にそう思う心と、やっとたどり着けた感覚を忘れたくはないという心が在る。
(この感覚のはず)
ドクンドクンと強く激しくなる心音が、すぐそばで鳴っているかのように響いて聴こえる。
(この感覚を覚えなければ、きっと終われない)
必死になってしがみつく感覚が、いつか自分への対価を求めてくることを知ってしまっても手離せなかった。
朝になり、座った格好のままで目覚めたあたし。
きっとあのままで探り続けていたんだろう。
目を開けたその先に、グスグスと子どものように泣いているナーヴくんの姿がある。
「…………」
「…………みつけたよ、やっと」
黙って見つめてくる視線へと、ほほえみながら直接伝える。
「ほ…んと、バカだよ、お前っっ! なん……で、ヘラヘラ笑ってんだよ」
って、泣きじゃくりながら、バカだと責めるナーヴくんが膝をついた。




