抱えられるもの、抱えられないこと 1
熱を出して五日間寝こんで、回復に三日かけて。
「ごめんね! 待ったでしょ」
朝食の後に着替えをしてから、あたしはカルナークの部屋を訪れた。
回復期間の間に、ジークとアレックス二人から、同じ話をされるということが起きた。
別々に来て話し相手になってくれるのはいいんだけど、同じ話をするくらいなら一緒に来てほしいと思ったのは二人に悪いかな?
された話は、たった一つ。
誰かと二人きりにならないように、というもの。
一応異性だからねと二人から釘を刺された。お父さんか!
自分たちだって異性で、かつ二人きりで話をしていったくせに。矛盾してるよ。
(異性だからって言われても、あたしみたいなのを異性と思ってくれる人なんて)
とか考えてから、この世界に来てから告白されたっけねと失笑。
そこまで意識していないのかな、あたし。それはそれで失礼な話だ。
「シファルくんも、忙しいところ時間を取ってくれて、本当にありがとう」
深く頭を下げると、あの日のように眉間にしわを寄せて黙られてしまう。
「シファルはいつもこんな感じだから、気にしなくていいからな」
とカルナークが一言そえてくれると、シファルくんが目を泳がせていて様子がおかしい。
「……シファルくん?」
おかしな様子の理由がわからなくて首をかしげてみても、シファルくんは何も答えてはくれない。
会話らしいものがなかなか出来ない。難しい。
でも、自分も会話は苦手な方だから、いつかシファルくんが話しかけてくれたらと待つことにしている。
ちなみにさっきの話が絡んでいるので、カルナークと二人きりにならないようにとシファルくんが来てくれているわけで。
シファルくんには、カルナークがあたしの魔力に自分の魔力を混ぜ込んでいるのは伝えていない。
必要最低限の情報だけを教えて、拡散するものを取捨選択していく。
魔力のコントロールが巧いというだけの理由で、カルナークが先生役になったという説明のみ。
「それじゃ、始めようか」
「はい!」
緊張しつつ、カルナークが用意してくれた二脚のイスに向かいあうように腰かける。
「まずは、魔力の感覚を知ることから。魔力は、血液と同じように体中をめぐっている。それぞれに属性は違えど、量の差があっても、必ず流れている。それがこの世界の常識の一つだ。本来、幼児期に魔力の感知について訓練をするんだ。数年かけてやる子もいたし、そこにも差はあった」
そう話してから、あたしへと手を差し出した。
「俺の手のひらに、手を重ねて軽く握ってみて」
言われるがままに、そっと手を重ねる。
そういえばと、回復期間に聞いたみんなの年齢は思ったよりも近くて。
手をつないでいるカルナークは、同い年の15才。でも、多分あたしが先に16になる。きっと同級生。冬生まれって言ってたもん。
そこにいて書き物をしているシファルくんは、19だという。
ほとんど会うことがない、あたしが聖女なのを嫌がっていそうなナーヴくんは18になったばかり。
アレックスが21で、ジークが23。
ジークの方が年上だって聞いて、ビックリした。
アレックスの方が落ち着きがあって、お兄さんって気がしていたのにな。これって、ジークに失礼?
夏が来たら16になるあたしに近い人が結構多くて嬉しい。
「いいか? 目を閉じて、俺の手から感じるあたたかさを追うんだ。目で見られるものじゃないから、目を閉じて肌で感じるものに集中しろ」
「うん、わかった。よろしくね」
目を閉じて、カルナークと重なっている肌の感覚を追う。
カルナークの手はすこしヒンヤリしている。
その手がじんわりとあたたかさを纏いはじめる。
あたたかさが移るかのように、あたしの手もあたたかくなっていく。
「……気持ちいい」
このあたたかさは好きだ。優しい温度。包みこまれていくようで、頬がゆるんでしまう。
「ふふ…っ」
ほわりとゆるやかに手の先から腕を伝い、肩まであたたかいものが上がってくる。
「どうだ? 陽向」
カルナークに問われて「肩の方まで来ている気がする」と返しつつ、感覚を追い続けていく。
「一気には流さないから、まずはその感覚に慣れてくれ」
声に従うように、小さく「うん」とうなずいた。
首の方まで来たあたたかさが、今度は指先の方へと巡るように戻ってくる。
「首…肩…………ん? まだ肘まで来てない?」
「うん、まだだ」
「さっきの余韻が残りすぎてて、ちゃんと追えない。……むず…かしぃ」
ただそれだけの作業なのに、汗が浮かんできているのがわかる。
「もうちょっとだけ頑張れ」
「……ん」
自分の体なのに、自分の体じゃなくなっていくような不思議な感覚。
これがカルナークの魔力なんでしょ?
この魔力の本流はあたしの魔力で、そこに混ざりあって体を巡っていくカルナークの魔力。
「魔力って色はないものなの?」
元いた世界で読んだことがある本では、風だと緑とか、炎だと赤とかだって書いてあった。
「俺の色を感じようとしてくれているのか? 陽向は」
そう質問されて、自分なりに考えていたことを伝えてみる。
「色がわかれば」
「うん」
「自分のと、カルナークのと」
「…うん」
「識別しつつ感じていけたら、自分の魔力を理解しやすくなるかもって思った」
「……ふぅん」
「おかしい?」
と、不安に思って聞き返すと。
「いや? 陽向なりに工夫しようと思ってくれているのが、素直に嬉しい」
なんて、すこし弾んだ声がした。
「俺の魔力の色は見えてるのか? 何色だと思う?」
あたたかさが手首から指先へと動いていく気がする。
それを追いながら、頭に浮かんだ色を口にした。
「………無色透明」
色なき色。まるで水のような透明さ。なんにでも混じれそうとでもいうのかもしれない。
あたしの色らしきものは感じられていない。何色なのかな。
ふ……と手が軽くなる。
カルナークの手が離れて「目を開けて」の声に目を開ける。
まぶしさに一瞬顔をしかめてから、カルナークと見つめ合う。
あたしを見つめるカルナークは、真っ赤になって照れくさそうに笑っていた。




