聖女は、誰が為に在る? 2
胸の奥に寂しさを抱えながら、日々を淡々と過ごす。
ジークとアレックスに言われたように、一応聖女としての勉強をしたりして。
時々カルナークが一緒に食べようと何かしらを作って持ってくる。
でも、あたしの声に従ってなんでもかんでも作ってきてしまうのはやめてほしい。
(そんなに食べられるほど、神経図太く出来てないもん)
知り合いが一人もいない場所に、コミュ障気味なのを召喚しないでいただきたい。
部屋の奥にあるバスルームに行くと、いつでも入れるようにお湯が準備されている。
これに関しては、機械を使ってそういう風に出来るお風呂は元の世界にあるけど、こっちの世界の方が電気もかからず衛生的で大変いい。
コンタクトを外して、ジークがくれた小さな入れ物にすこしとろみがある聖水とコンタクトを入れて。
(二人が万が一とかいうから、何かされるのかと緊張してしまって、常に背中や肩がバッキバキだ。こんな時にはお風呂が一番)
この世界に来てからの、一番の癒しの時間だ。
なんだかんだで一か月くらい経っただろうか。早いな。
元の世界の状況を知る手立てがあればいいのに、スマホは相変わらず無反応。ただし、電池は一切減っていない。
ブラコンと言われてもいいと思いつつ、毎晩寝る前にはそれまでの日常と変わらずにお兄ちゃんの代わりの写真におやすみなさいを告げる。
多分、それをやっていることでわずかでも心を保てている気がするから。
召喚から三日後に会った、この国の王様にも「よろしく頼む」と言われちゃ、もう引くに引けなくなってしまった。
ジークが言うように、どんなことが出来るかはさておき聖女だというから、嘘だけで塗り固めているとは言い難い。
(……ということにしておこう)
思い始めれば、ゴールがないまま走り続けているような思考に陥りそうになる。
それは、不毛だ。
大器晩成という文字の上に、こっちの世界のフリガナがふってあったらしい。
それをただ読んで、あたしに意味を聞いてきたのがあの日の話だ。
一か月経っても、力らしいものを感じることが出来ていない。
力はあるよと言われているとはいえ、育てなければならない力を知るべき本人が確かめられないとは。
空気を掴めというのと、なんら変わらないんじゃないの? この状態って。
カルナークいわく、あたしの魔力は常に体を包み込むように流れっぱなしになっている……と。
だから、コントロールをしないと疲れちゃうんだって。他の人より。
これまでの聖女たちは、どれくらいで浄化を達成したのかな。
自分たちがいた世界に魔法がなかったとして、感じることが出来たのは……いつ?
感じられないままだと、ずっと出血しているのと同じで命にかかわることになったりもすると聞いた。
「そういや、こっち来てから生理来なくなっちゃったっけ」
出血で思い出した、それ。
ストレスなのか、年齢的に不規則だからか。ぱったり、来なくなった。
来ても、こっちの世界にナプキンはなさそうなので、来ない方があたし的には楽だ。
ぱちゃぱちゃと水を手のひらで掬っては、指の隙間から落として……を繰り返す。
「は……ぁ。水の音っていいな。海沿いにいたから、水の音とか感触とかあると気分がいいや」
何度も繰り返して、何を考えるでもなくボーっとして。
どれくらいの時間が経っていたんだろう。
また頭の先がじくじくと痛くなってきた。
なんなんだろう、この頭痛って。
バスタブから出て、そばにある鏡で自分を確かめて。
「髪、すこしだけ伸びてきたかも。このままいけばプリン頭だな」
元いた世界の大好きなスイーツ、プリン。
茶色いカラメルソースに、プリン本体の黄色に。その姿かたちに似ているからと、脱色後に髪が伸びて上だけ黒髪の状態をプリン頭とか言ってたっけ。
元の黒髪は、真っ黒というよりもどこか薄めの黒に見えた。
薄墨みたいな感じと思えばいいだろうか。
タオルで髪を挟んで、水分を取っていく。
メイドさんが置いておいてくれたヘアオイルに近いものは、どこか懐かしい香りがする。
「着替え、忘れちゃった。……ま、いっか」
バスタオルを体に巻いて、一応バスルームのドアをそっと開けて、部屋に誰もいないことを確かめてから。
小走りでベッドそばのクローゼットまで行き、この世界の下着っぽいものを手に取る。
紐パンに近いんだよね、この世界の女物の下着って。
(一体誰の趣味なんだよ)
体に巻いていたタオルを肩に掛けたまま、紐パンぽいそれを身に着け……ようとするんだけど。
「なんてお尻の方が心もとないんだろう。布の面積が、圧倒的に足りない気がするんですけど!」
毎回のことで、紐を結ぶたびに恥ずかしくてたまらない。
どこのエロ女子高生ですか、これ。
常時紐パン着けている女子高生がいたら、尊敬する!
お尻が隠れているようで隠れていないんだよ? これ。
たまたまそういうデザインばかりだからなの? これ。
元いた世界には、ちゃんとお尻を隠してくれる紐パンはありますか???
これに慣れてしまったら、どうにかしてあっちの世界に戻れた時に紐パンじゃなきゃ落ち着かなくなっていたらどうしよう。
ブラはなく、基本的にノーブラ。キャミっぽいのはあるけど、胸の部分は二枚から三枚重ねの布が縫い込まれているだけ。
それでも、胸の形がぼんやりわかる作りなので、着るものによってはかなりエロイです。
「……っと、おっけー。それとキャミっぽいやつは今日は……」
サラサラの手触りだけは、大変いいです。これ。
見慣れてきたとはいえ、鏡の中の自分はかなり露出度が高い。
こんな格好の妹は、お兄ちゃんたちに見せられません。
「ふう……、パジャマがわり着るの、めんどい。このまま寝たい」
ベッドにダイブして、そのまま何を掛けるでもなくうとうとしだす。
いい感じにとろんとしていたタイミングで、ノックもなくいつものように。
「水分は補給したか!」
カルナークが、入浴後の水分補給用に飲み物を作って持ってきた。……らしい。
これがなきゃ、パジャマ着ないで眠るのに。
でも今日は、もう無理。
「ひ、ひなたぁっ」
ベッドにのぼせた感じに真っ赤に茹で上がったあたしが寝転がってて。
「大丈夫か?」
なんて言いながら、ベッドまで一気に駆け寄ってくる。
あたしの格好を見てほしい。
年頃の女の子なんですけど。こんなにはしたない恰好なんですけど。
「なんで来る…のぉ」
寝ぼけながら、なんとか文句を言うと。
「風呂上がりの陽向が、一番魔力が穏やかで心地いいからだ」
と、自分を優先した発言をしてくる。
「やめてぇ……。恥ずかしいって言ってるじゃない、それ」
下着姿のまま、カルナークに背中を向けて丸くなる。
「あぁ、まあ悪いとは思っている。だから、ほら、これを掛けろ」
薄めの布団をふわりと掛けて、体を隠してくれる。
「悪いと思ってるなら、このタイミングだけはやめてぇ……」
クレームつけながら、意識は夢の世界に半分くらい入っている。
あの二人にバレていないと思っているからか、日を追うごとにやることが大胆になっていくカルナーク。
「とりあえず、これで水分をとれ」
そういって、細い飲み口がついた急須みたいなものを口にあててくる。
喘息以降、体を少し起こしたスタイルで眠るあたし。
枕の方にズレてあおむけになって、こくりこくりと半分寝ながら水分をとって。
「おいひ…ぃ」
そう言ったのが、今日の最後の言葉。
「おやすみ、陽向」
カルナークがそう言って、また勝手にあたしの魔力に触れていく。
来ては何かしらやっているけれど、ジークが会うたびに鑑定しては険しい顔をしていく。
何をされているのか、全部は教えてくれない。
今日のカルナークは、あたしの左手を取って小指にキスをしていったよう。
それも魔法だったみたいなんだけど、どう意味なのかは知らない。教えてもらえない。
見えないものは、わからない。
それは、あたしの体を纏う魔力と似ている。そう思った。




