聖女の色持ちではないんですがね 12
「やっぱり寝ちゃってたかぁ。……ふわ…ぁ」
ソファーから起き上がって、思いきり伸びをする。肩のあたりがミシッとか言った気がしたけど、聞かなかったことにしよう。
「毛布? 誰だろ。メイドさんかな」
よく見たら食器も下げられている。カルナークも来たんだろうか。
「直接ありがとうって言いたかったのにな」
毛布を簡単に畳み、ベッドへ持っていく。
「あ」
忘れていた。ベッドにぶちまけたいろんなもののこと。
「1個やったら、1個忘れちゃう。うっかりすぎるでしょ」
自分に文句を言いながら、リュックへと私物を放り込んでいく。
使えないスマホを見下ろし、小さくため息をつく。
元いた世界でのあたしはどんな扱いになってるのかな。
いなかったことになってるのかな。いなくなった時間から動かなくなってるとか?
「行方不明ってなっていたら、お兄ちゃんあたり……すっごく捜していそう」
ここでこんなことを考えていたって、現実は見えてこない。
どうしようもないとわかっているのに、まだここにきて今日で二日目だ。気持ちの切り替えなんか出来ない。
「お兄ちゃん……柊也兄ちゃん…元気かな」
俺はお前の兄貴じゃねえよって言いながらも、あたしがお兄ちゃんと呼ぶのを拒まずにいてくれた人。
心配かけたくないのにな、これ以上。
このままこの場所にいたら、顔も忘れてしまうんだろうか。声も、頭を撫でてくれたあの感触も。
「はあ……」
ため息をつけば、幸せが逃げるとか聞くけど。
「そもそもで、あたし今……幸せかどうかよくわかんない」
苦笑いしてしまう。
こんな状況で、幸せかどうかといえば不運に見舞われてはいる。不幸なのかは、今後次第って感じなのかな。
「攫われた時点で不幸確定の可能性も否めないけど」
いいながら、リュックのふたを閉じる。
カーテンを開きたいけど、重たそうだわやたら長いカーテンだわで、開けられる自信がない。
グッとカーテンを引っ張って、窓の端へと引っ張っていく。
「……あーかーなーいぃいいいい」
何かコツがあるのかしら。
うんうんいいながらカーテンと格闘していたら、背後で笑い声がした。
「え?」
振り返るとアレックスはこぶしを口にあてて、笑いをこらえているようでいて、肩がすごく震えていて。
ジークムントは、隠すこともなくアハハハハとか思いっきり笑っている。
涙を流すほど笑いながら近づいてきて、窓の端の方へと歩いていく。
そして、カーテンの端の方に手を突っ込んだかと思ったら、何かを引いた。
次の瞬間、カーテンがスルスルと開いていく。
「この紐を引くと、開いたり閉まったりするよ。紐に触れている間は動くから、少しだけ開けたい時は、途中で紐から手を離すといいよ」
という説明通りに、パッと手を離すとカーテンの動きが止まった。
「便利ぃ!」
ジークムントのところへ駆け寄って、同じように触れてみる。
「あ! 開いた! うわぁ……いい天気だね!」
昨日見た景色とは違う。昼間の景色の方が好きかもしれない。
「ふふ。元気そうで、よかった」
「昨日は眠れたのか?」
それぞれに声をかけてくれる。なんだか、くすぐったいや。
あまり眠れなかったことや、さっきまでここで寝ちゃってたのとソファーを示すと、なぜか二人にいいこいいこされた。
柊也兄ちゃんに似ているからか、ジークムントに撫でられると変な感じがする。
このままここにいたら、似ていたことすら忘れちゃうんだろうか。
(そんなの、嫌だな。寂しいよ……)
複雑な気持ちでジークムントを見ていると、不意に視線をそらされてしまう。
「そんなに熱い視線で見つめられたら、照れちゃうよ」
なんて、本音かどうかわかりにくい感じで。
こんなに顔がいいなら、熱い視線なんて浴びっぱなしだろうに。
「じゃ、見つめません」
とか返せば「やだよ」と返してくる。
謎の返しが、よくわかんない。
「それよりも、昨日の話をしようか」
アレックスがあたしに手を差し出してくれる。
その手をどうしたらいいのかわからずに、視線でアレックスの顔と手を何往復もする。
首をかしげていると「エスコートだよ」とジークムントがあたしの手をアレックスの手に重ねる。
「これがエスコート!」
ちゃんとされたことないから、思わず声が出てしまう。
そのたびにジークムントが笑うのまでが1セットなのかな? ってくらいに、あたしが何かやると教えてくれるのに笑われる。
「…もう」
怒るに怒れないけど、言葉だけは怒ったふり。
エスコートしてもらい、ソファーにまた座りなおす。
ジークムントが傍らにあるティーセットで紅茶を淹れてくれ、一息ついたところで話は始まった。
「話をするその前に」
とジークムントが切り出したと思ったら、あたしの右手をジークムントが、左手をアレックスが握りだす。
イケメン二人に手を握られるというこの状況は、一体どんな状況?
混乱しかかった時に、頭の中に声が流れる。
『聖女ちゃん、この声が聞こえていたら笑ってくれる?』
このメンツの中で、あたしを聖女ちゃんと呼ぶのはジークムントだけだ。声も彼の声に聞こえる。
へらりと笑って見せると、ぶふっとアレックスがふき出す。
「人の笑顔見て笑うとか、失礼じゃない?」
ムッとしながらそう返せば、『子どものように、無垢な笑みだったからな』とアレックスの声がした。
でもこれって、どういうこと?
首をかしげたまま二人を見つめるあたしに、脳内で二人の声がした。
『盗聴と盗撮されてるからさ、このまま話させて? ただし、なんてことない話を口に出しながらね』
ジークムントの声がそう告げてきて、あたしは目を見張った。
声がカルナークに聞こえるのは知っていたけど、映像も?
(そんなこと、カルナーク……言ってなかったよね)
頭の中で独り言をいえば。
『カルナークの仕業か。後でお仕置きだな、ジーク』
『だねぇ。……まったく、なんてスキルを隠してんだろうね』
と、不穏な会話が聞こえてくる。
(え? あたし、口に出してなかったよね)
戸惑いのままに、脳内独り言を繰り返すと。
『聖女。このスキルは、俺のスキルだ。念話が可能だ。数人での場合は、体を接触させていれば可能だ』
と、アレックスが、この状態を説明してくれた。
念話。念話……か。
(じゃあ、メモパッドいらないかな。使いどころがあれば、改めて出すことにしよう)
『メモパッドとやらは、また後でね』
『さて、普通の会話もしなければならないな』
(独り言をいちいち返事されるの、キツイってば!)
慣れない状況に、混乱してしまうあたしがいる。
「ところで」
と、アレックスが普通に聞いてきて。
「は、はい?」
(なんか会話が混ざらないように気をつけなきゃ)
妙に背筋が伸びた感じになり、緊張している自分を感じる。
「ずっと聖女と呼ぶのもお互いに嫌だろう。話しにくい。名前を聞いてもいいだろうか」
そう聞かれて、「あぁ」と思い出す。
そういえば、誰にも名乗っていなかったかも。
「陽向です。あたしの国で、太陽に向かうと書いて陽向です。ひまわりっていう花があって、太陽に向かって咲く花なんですけど、生まれた時にひまわりがたくさん咲いていたらしくて」
「ひまわり?」
こっちにはその名前の花はないようだ。
「えーと」
説明をどうしようと思っていたら、そこで思い出した。
「これ! これに描きますね」
二人から手を離し、メモパッドを思い出して、あらかじめ書いておいた文字を消してひまわりの絵を描く。
(あたし……美術、1だったか。確か)
簡単なはずのその花の絵は、どこか歪んだ謎の花になってしまい。
「それ、は……花? あーっはっはっは」
笑いのネタを提供してしまい。
ややしばらく、二人に笑われていた。
『本題に入りたいのに、陽向が邪魔してくる』
とか手をつなぎなおした瞬間に、脳内で言われながら。




