聖女の色持ちではないんですがね 1
「え。今、なんて」
明日から入る高校は、校則はそこまで厳しくもなく、脱色もありありで。
高校デビューとばかりに、美容室で金髪にして、明日を想像しては緊張を高めていたあたし。
肩の少し上までのストレートヘア。それにカラコンも入れて、リュックには予備の別の色のカラコンが入っている。
「金髪、淡いピンクの瞳。まごうとこなき、聖女の特徴! 召喚は成功だ!」
わああああああ………
見たことも来たこともないどこかに、あたしはいた。
床にぺたりと座ったまま、数えられないほどの人々に囲まれている。
泣き出している人もいる。
(さっき言ってたよね。金髪にピンクの目って。でもそれって、元々のあたしの色じゃないんだけど。その場合って……一体)
人の熱量で酔いそうだ。それに、叫ぶような声も耳に入ってきて、なんだか頭が重たくて痛くて。
「……う」
低く呻いて、意識を手離した。
人の熱量と反比例して、倒れた床はひどく冷たく感じられた。
*******
「目が、いたい」
目を覚まして、最初に思ったのがそれ。
カラコン入れっぱなしで気絶しちゃったのか。
(目薬が欲しいな。リュック…どこだろう。……って、ここどこ?)
ふかふかのお布団に、いい匂いが充満した部屋。
ベッドだということはわかるけど、どこの? という話で。
「これ、飲んでもいいのかな」
ベッドの傍らに置かれていた水差し。
グラスに注いで、ゆっくり飲んでいく。
「…っく、……ぷは。いつも飲んでたのより、明らかに美味い水だ」
浄水器のいいのでも使ってるのかな、それとも水自体が美味しいのかな。
「なんにせよ」
そう呟き、一気に飲み干す。
体中がカラッカラだったみたいだ。
ごくんごくんと水を飲む音だけが、やたら部屋中に響いて聞こえる。
静かすぎない? と思いつつ、グラスを元に戻してまたベッドに寝転ぶ。
意識を失っていたんだろう、多分。
体調的なものか、“この場所”に来た影響なのか。
(それとも……)
左手をこぶしにして、口にあてて「ふむ……」と言いつつ考える。
まずは現状把握と、その後に対策だよね。
っていうか、明日の入学式は間に合うの?
寝転がる自分の視界に、ちらちらと入り込む金髪にしたての髪。
「高校に入ったら、今までの自分とは変わろうとか友達作ろうとか、まずは形からって髪の色を変えたばっかりなのに。こんなんじゃ、見せたい対象なんかいないだろうし。さっきの感じだと、これっていわゆるよくあるどこぞへの転移とかよね。……確か、まわりで騒いでいた人たちの声が普通に日本語に聞こえてた。自動翻訳機能みたいなアレでしょ、多分……」
よいしょと体を起こして、部屋の隅にある本棚へと近づいていく。
見たことがない記号みたいな文字が、あたしが近づくと一瞬ぼやけてから日本語へと表示が変わる。
「……へえ。便利な機能だな、これ。何語でもいいのかな。高校入ってからもこの機能が使えたら、英語の授業なんて何の問題もなくなるよね」
そういいながら、本棚から一冊の本を手に取る。
「建国史」
と短いタイトルの本だ。図鑑のように分厚い。
「建国史ってことは、今の場所についてわかる判断材料になるよね。きっと」
ズシリと重さのあるそれを手にして、ベッドに戻ってそのまま腰かけた。
パラ…パラ…とページをめくる音だけが、染み入るように部屋に響いていく。
「ここは、日本じゃない。それと、聞いたこともない国だし、今いる世界自体があたしがいた世界じゃない。異世界、とかいうんだっけ。……ん? 待って、あれ? そういう小説の場合って、確か」
本を太ももに置いたまま、両手のひらを上にして広げては閉じてを何度か繰り返す。
それから、よくあるアレをする。
「いったたたたたたた」
ほっぺたを思いきりつねってみたけれど、痛みはあるし感触も残っている。
「これ、現実? 夢とかじゃなく?」
幽霊でもないってことでいいのかな、あたし。
元いた場所で死んだの? もしかして。
お決まりのやつだと、トラックに轢かれて死んでーー……とか、過労死しちゃって……とかで転生しちゃいましたってのがあるよね・
生まれ変わり=転生で、生きたまま来ちゃった=転移で合ってるのかな。
あまりその手の小説読んでこなかったから、はっきりとした情報がないや。
聖女がどうとか言っていたよね、召喚とかも言っていたし。
「何かしてくださいってことなのかなぁ。でも、なんであたしなの?」
広げたままの手のひらを見下ろす。
「なんの特技も趣味もないし、見た目も色を変えていなきゃさえない女の子なのに」
ベッドのそばの鏡が視界に入る。
誰かが着替えさせた真っ白いパジャマっぽいもの。
金髪で、瞳の色は淡いピンクだ。ニセモノだしね、それ。
顔は地味だけど。あと、胸も大きい方じゃない。
「…………考えれば考えるだけめりこむんだけど」
小さなふくらみしかない、見下ろすそれ。
聖女って、すんごいナイスバディの方がいいんじゃないのかな。
Aカップの胸を見下ろして、小さくため息をつく。
そして、窓の方から差し込む陽射しに目を細めて。
「こんなん、夢だったらいいのにな」
現実逃避したくなって、ため息をまたついた。
ドアの向こうから、なにかの音がする。それも複数。
それがどんどん大きくなってくる。
半身をねじって、ドアの方へと体を向けた。
「聖女はどこだ!」
とか叫びながら、勢いよく開けられたドア。
数人の男の子が、なんだかいかにも王子っぽい服装で立ってて。
ドアの幅は決まっているのに、そこでぎゅうぎゅうになりながら誰が先に入るとかで揉めていた。
あたしの口からは「……うわぁ」と嫌そうな声がもれた。