トライアングルレッスンM 決意
ひろしside
待ち合わせ場所の喫茶店で、ひろしは熱いコーヒーを一口すすって腕時計を覗き込んだ。
ゆいこはまだ来ない。
今日はバレンタイン。
毎年、もう小学校の頃からずっと、この日はゆいこと過ごすと決まっていた。
毎日学校で顔を合わせていた学生時代と違い、社会人になってからは流石に毎日会うこともなくなって行き、ずっとゆいこが片思いしていたたくみが外資系のサラリーマンとなり、海外に赴任してからは二人で会うこともなくなった。
最近では、お互いの誕生日、クリスマス、バレンタイン・・・と年に数回会うくらいだ。
世間では結婚をささやかれる年になっても、一向に男の影すらないゆいこは、おそらくいまだにたくみを愛しているのだろう。
ひろしはもう子供の頃からずっとゆいこが好きだった。
それをゆいこに打ち明けることができないのは、ゆいこに自分の好きな人はたくみだと告げてしまっていたからだ。
『ひろし、あのね、わたしたくみのことが好きみたい。』
放課後の教室で頬を赤らめたゆいこにそう告げられた時、ひろしはたくみへの嫉妬に狂いそうになり、それを顔に出さないように歯を食いしばりながら、なぜかこんな言葉がこぼれ出た。
『じゃぁ、ゆいこは俺のライバルだな。』
今思えば、突然のゆいこの告白にパニックを起こしていたのかもしれない。
『え?ひろしもたくみが好きってこと・・・?』
困惑気なゆいこの顔がかわいくて、思わず俺はそのゆいこの言葉にうなづいた。
『でもたくみには・・・他に好きな人がいるよね・・・?』
『あぁ、そうだな・・・』
『やっぱりなぁ・・・お互いに片思い、なんだね、わたし達』
寂しそうに微笑ったゆいこの笑顔がひろしの胸に突き刺さった。
あの頃ゆいこが好きだったたくみはもういない。
今年は・・・今年こそは・・・これを渡すんだ・・・。
彼女に好きだと・・・伝えるんだ。
ひろしはポケットの中の小さな小箱を握りしめた。
ゆいこside
「やっば〜い、急がなきゃ・・・」
ゆいこはひろしにプレゼントする手作りのガトーショコラが入った紙袋を抱えて小走りに横断歩道を渡る。
もう毎年恒例のように、子供の頃からバレンタインを一緒に過ごして来たひろし。
前回会ったのはクリスマスか。
昨夜、ガトーショコラの上に粉砂糖をふりかけながら、ふと思った。
今年は・・・今年こそは告白した方がいいのだろうか。
それとも・・・告白して振られるくらいなら、この関係を保持して行った方がいいのだろうか。
答えは出ないままだ。
ゆいこはひろしが好きだった。
学生の頃好きだったたくみはもういない。
あんなにもずっと一緒にいたのに、たくみがゆいこの想いに気づいてくれることはなかった。
社会人になり、世界を股にかけて飛び回るようになったたくみと会えなくなって、寂しさに打ちのめされるゆいこをいつもそばで支えてくれたのは、ひろしだった。
そんなひろしにゆいこは自然と惹かれて行った。
でもひろしの好きな人もたくみで・・・。
ゆいこはお互いに不毛の恋を抱え、お互いの傷を舐め合うかのようにひろしに支えられて今までを生きてきたのだ。
これからはひろしを愛して生きて行きたい。
飛び込むような勢いで喫茶店のドアを開くと、ドアに吊るされたカウベルがカランコロンと可愛い音を立てた。
「ゆいこ」
ひろしが笑顔を浮かべてゆいこに手を上げてみせる。
ゆいこはひろしの優しい声が好きだった。
ゆいこは決意を胸にゆっくりとひろしへと歩み寄った。