おいしいスープ
「よし! じゃあ今日はおごるから飯でも」
「お、おごりもいいです! 明日の朝方にギルド前に集合しましょう」
私は早足でギルドを出て、いつも野宿している場所に来た。この辺は魔物も来ないし、木の実や植物も生えているので食べ物に困らない。角の生えているウサギのような魔物を捕まえ、ナイフで切り落として火で焼いていく。置いておいた鍋にそこら辺で拾った野菜やキノコを突っ込んで、肉を入れて煮込む。後はパンをかじりながらスープをすするだけだ。
辺りはもう暗くなってきていて、私の焚き火が唯一の明かりになっている。
「みーつけた」
ガサリと茂みをかき分けてヘンリーさんがやってきた。ビクッと一瞬身体が飛んだが、ヘンリーさんだったのでちょっとほっとした。
「鍋か、ふんふん。っておまえこれ、うまいのか?」
殆ど闇鍋のようなそれをみてヘンリーさんが顔をしかめる。正直にまずいですと言えば彼はうわあと声を漏らした。「……食べられるならそれで良いんで」
「それにしたって、お前……毒キノコや毒の野菜食うのか」
その言葉にぞっとした。私は、毒を食べてた? 魔女って毒にも強いってことだろうか……
「女の子がそんなんじゃだめだろ。おごってやるから村のパブに行こうぜ」
「おごられるのもいやです、お金もないし……」
「まったく、こんなんでよく生きていたな。なら作ってやるから、まってろ」
ヘンリーさんは鍋を奪って食材を捨て、たいまつを持ちながら食べられそうなものを探し、私が捕まえたウサギのような魔物も持ってきた。
「一人旅が長かったし、一応作れるんだ。この魔物は足の部分が一番うまくてな」
そう言って皮を剥ぎ、足の関節を外して骨から肉をそぎ落としていく。それを鍋に入れて、今度は野草や大根みたいなのを切って入れ、ジャガイモみたいなものも切っていた。
「この芋は赤い花の下にあるんだ。花だからわからなかっただろうけど、これは一番腹にたまる」
そして水を入れて、火にかけている間に上から岩塩を削って入れていた。
「岩塩はそこらで取れるから、オレの拳くらいの大きさでも銅貨二枚だ。買っておいて損は無い」
全然知らなかった。
「煮込み終わるまで待とうか」
蓋を閉じてから、今度は残っている肉を食べやすい大きさにして枝に刺し、そして火にかける。その上からも岩塩をかけていて、これだけで美味しいだろうなと思った。
内臓の取り方も皮のはぎ方も、肉のさばき方も全くわからないまま、適当に食べていたけど、ヘンリーさんは手慣れた手つきで料理をした。ジャガイモが赤い花の下にあるのも知らなかったし、どれが食べていけないものなのかわからなかった。
「ミモはなんで旅してるんだ?」
待っている間、ヘンリーさんが質問を投げ、私は答えなかった。
「なんだ、答えたくないのか。オレは金を貯めて、いつか綺麗な海の見える家でのんびり暮らすってのが目標なんだ。いいだろ!」
ヘンリーさんはニコニコと微笑んで、私はうんとうなずく。
「まぁ、目的はどうあれ、ミモもお金が必要なんだろ? じゃなきゃ冒険者になんかなってないだろうし」
冒険者は危険な仕事が主だし、普通なら街で働くのが良いだろう。でも、私は一つの街に居続けることが出来ないから、流れ者になるしか無かった。
「そろそろ火が通ったころかな。味見味見っと」
彼はスプーンでスープをすくい、そして冷ましてから口にすればウンと頷いた。
「上出来だ! ほら食ってみろ、うまいぞ」
木の器にスープを入れ、私にくれた。匂いだけでも良い匂いがした。ハーブの香りと、野菜の香り。
口にして、ハーブが鼻を抜け、芋のとろけたスープに野菜の汁が溶けていて、そしていい塩加減だ。とても美味しい。すごくおいしい。
「どうだ? 煮込んだだけで結構うまく出来――」
ヘンリーさんは言葉を止めた。多分、私が声も出さずに泣き出してしまったからだ。
「ど、どうした、まずかったかっ?」
「ごめ、なさ、違います、おいしくて……おいし、くて」
こんなにまともな食事を食べたのはいつぶりだろうか。ずっと美味しくないものを食べていた。野菜や肉の苦みや臭みに最初は嘔吐し、まともに食べられなくて、でも食べるものが無くて我慢して食べてきて。
「……そんなに、我慢してまずいもの食って金貯めて何が楽しいんだ」
怒っているか、声色が低く、でも理由を答える気が無くてブンブン首を振った。
「もういいから、ゆっくり食べな。宿はどこ取ってんだ」
「…………」
「……飯我慢するやつが宿なんてとらねぇか。ま、冒険者ってそんなもんだよな。明日から次の街まではどうせ野宿だし、飯はオレが作ってやるから、楽しみにしてな」
ヘンリーさんはそう言って立ち上がり、また明日と言って去って行った。私が男性が嫌いと言ったことを配慮してくれているのか、見張りをしてやるとかそういうのは一言も言わなかった。
涙を拭いながら、作ってもらった美味しいスープを残さず食べたのだった。
次の日になり、ギルド前でヘンリーさんと合流した。本当は飛んでいけばあっという間に次の街に着けるのだけど、ヘンリーさんの作るご飯がとても楽しみだ。私ではスープ一つまともに作れないから、一緒に居てくれると助かる。
「この街道もたまに強い魔物が出るって言うが、まあ、大丈夫だろう。行こう」
彼の後ろを歩きながら街道を進んでいく。魔物に出会っても、ヘンリーさんが難なく倒してしまうんで特に問題は無い。たまに休憩して、食べられる野菜を取ってきてもらって、朝買ったパンに挟んで食べたりしてまた歩き出す。
日が落ちて焚き火をし、今度は鍋で炒め物をしてもらった。それも美味しくて、ゆっくり味わいながら食べた。
今日一緒に居て、少しずつ会話が増えた。私も段々安心してきて、彼の返答に答えるようになった。
「明日は何が食べたいんだ?」
「何って言われても……えっと、じゃあ、お魚を……」
「わかった、じゃあ明日は魚だな! 川とかあればいいけどな」
「いっぱい釣れたらいいですね」
「ははは、オレは素手で取るんだ。かっこいいところ見せてやるからな」
「素手で! すごい!」
私も自然に笑えて、なんだか落ち着いた。国を滅ぼしてからは人が怖くなってしまったけど、この人は信用できる気がする。全く卑猥な発言もしないし、触れようともしないし、良い感じに距離を取ってくれているけど気にかけてくれてすごく優しい。
「……ヘンリーさんはなんで一人旅をしてたんですか? 優しいから友人とかたくさん居るでしょうし……」
するとヘンリーさんは少し表情が強ばった。何かまずいことを聞いたのか。
「あぁ、友人も、まぁ居た方だ。特によく飲みにいく友人もいて……だが、オレは……ほら、夢のマイホームの為に金を稼がないといけなくなって、そいつと違う道を行ったんだ。そいつは顔も性格も良いから女にモテて、でもオレは、こう、こんな顔だからさ、さみしい独り身ってわけだ」
こんな顔と言われても、丸みを帯びた目に三白眼で、鷲鼻でってくらいで別に不細工というわけでもない……
「別に顔なんて……ヘンリーさん優しいから」
「その、優しいから友人に全部持って行かれていたというか、オレは堅物だと言われてたからな」
かたぶつ? どこが? あんなにフランクに話しかけてきたあげくに女の子と一緒に旅がしたいって嘆いてたこの人のどこが?
「いや、その、いざ女性と一緒になると奥手になるというか」
「あー、それは、うん」
確かに全く寄ってこないからそれはあるかもしれない。気のある女性が相手の男性に近付いてもこの調子だったらイケメンの男に持って行かれるのも納得かもしれない。
「ああこの話はやめだ、もう聞かないでくれ! そろそろ寝るぞ! 風邪引くなよ!」
そう言って簡易テントの中に潜り込んでいき、私は小さく笑ったのだった。