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私のテーマパーク

作者: エンピツ✍

 テーマパークというと皆は何を思い浮かべるだろうか?千葉県にある巨大遊戯施設?それとも大阪だろうか確かに一般的にテーマパークと言えばそれらを連想するものが大半だろう。

 だが、私は違う。私のは身近にあって気軽に立ち寄ることができる場所、そう本屋だ。

 私はこの場所を勝手に知識の宝物庫と呼んでいる。

 ジャンル、作家、出版社ごとにきっちりと分けられた空間は瞳に映るだけで情熱をかきたてる。

 入り口に設置してある受賞作品コーナーや店員のおすすめのコーナーはアトラクションパークへ遊びに来た私を歓迎してくれている従業員のようだ。手に取ってみてみる。この作品のおすすめポイントを見てみると十代の方が受賞しているようだ。若い人が結果を残していると日本文学の未来は明るいなと自分まで嬉しくなる。

 入り口付近の本を確認するとさらに奥へ。これからどんなアトラクションが待っているかと思うとワクワクする。

 何度も見た(アトラクション)、まだ出会っていない(アトラクション)、どちらにせよ私の心を満たしてくれるのは間違いない。本一冊からでも様々な楽しさがある。

 まず視界に映るのは表紙、そしてタイトル。それが意味不明であればあるほど興味をそそられる。表紙とタイトルから連想されるであろうストーリー、そして裏に書かれてあるあらすじを見ながらこの本の世界観を想像する。それがあたっているか否かはどうでもいい。それ故に楽しいのだ。あらすじという本の体験版はここまで。この先を楽しみたければ有料コンテンツだ。私は本の出費は惜しまない人間だ。よってこの本は購入確定。家に帰ってゆっくり可愛がることにしよう。

 さて他に気になる本はないかと視線を回す。本と一言にいってもいろんなジャンルがある。

 まず私が一番好きな小説、雑誌類、漫画、専門書、自己啓発本、小冊子、学習用途、辞書など多岐にわたる。今回は主に小説が欲しいので文学コーナーを周遊する。といっても背表紙に書かれているタイトルはそのほとんどがすでに購入しているものばかりだ。どうしようかと悩んでいるとふと目にとまったのは海外小説。たまには路線を変えてみるのもありかなと思った。

 私は普段あまり海外小説というのを読まない。別に嫌いというわけではない。少しばかり苦手意識があるだけだ。名作が多くあるというのも理解しているが、海外特有の言い回しが慣れないのである。

 物は試しということで本を手に取る。背表紙には『理解者』と表記されていた。

 会計レジで支払いを済ませ家に帰る。鍵をかけ、コートをかけ、手洗いうがいで菌を流す。

 コーヒーを淹れ、ソファへ座る。一息つき袋を開ける。

 一冊の本を広げ、物語の扉を開く。扉は現実から私を引きはがし隔離する。

 私は速読は得意ではない。むしろ嫌いなほうだ。その世界と触れ合う時間が短くなってしまうから。

 黙読してスペルで表記された文字の配列を読み解く。本はフランス語で書かれていた。私も詳しいわけではないが、フランス語は昔かじっていたことがあり何とか読むことができた。

 ページをめくり気になる展開が来ればまたページを戻し何度も往復する。

 なるほどここの心情がここの展開にいきるのかと興奮と感心を覚えながらたった三時間で読み終えてしまった。もっとこの世界に浸っていたかったがいたしかたない。

 窓の外を見ればいつの間にか太陽が姿を隠し夜闇の空に星々が明るく彩っていた。

 もうこんな時間か。私は本を片付け夕食と入浴の準備をする。一日の終わりの時間。虫が鳴き、風が木々を揺らし、星が空のアートを描き、それを月が優しく照らす。すべてが調和して夜を作る。それをお湯で温まった体で見ていた。窓を閉め床につき目を閉じる。

 そして夜が明けた。太陽の光が万物を照らす。一日の始まり。朝の支度を整えいつも通り会社でデスクワークをこなし寄り道せずまっすぐ帰る。

 マンションの駐車場に車を停め家に帰ろうとすると玄関の前に一人の女の子が立っていた。

 私はその子のことをよく知っている。隣の部屋に住んでいる三人家族の一人娘理奈ちゃんだ。赤いランドセルを背負っていて学校帰りなのかなと考察してみる。

 理奈ちゃんは私の顔を見るなり今にも泣きそうな顔で私に向かってきた。


「お姉ちゃん……」


 私を抱きしめてくる。成人女性と小学生では身長差があるためせいぜい太腿の裏までが限界だ。


「どうしたの?」


 そう言って優しく頭を撫でた。


「実は……」


 理奈ちゃんを部屋に上がらせジュースの入ったコップを出す。

 それをおいしそうに飲み干すと徐に話し始めた。相談内容としては学校から宿題として出された読書感想文について。さらに条件として二百ページ以上ある自己啓発本、雑誌、漫画に該当する本以外が対象でそれを四百字原稿用紙二枚にまとめ発表するだけじゃなくその本の魅力を紹介するといったものだ。

 私としてはなんと素晴らしい宿題だろうと感動したが、どうやら理奈ちゃんはそういうわけではないらしい。私と違ってあまり本を読まない子だ。そこで私を頼ってきたということだろう。


「わかった。お姉さんもこの宿題手伝っていいかな?」


 私の言葉を聞いた理奈ちゃんの表情が一気に明るくなる。


「じゃあこれから一緒についてきてもらっていいかな?」


「どこ行くの?」


「図書館よ」



☆★☆★☆★



 もう一度車を走らせること十分。職場より近くにあるそこは次なるお気に入りの場所であり第二のテーマパーク。さらに県内でも一番の大きさを誇る図書館は平日の夕方でもそこそこの人間が出入りしていた。

 我が岡山県は図書館利用率が全国一位に輝いている。中でも私はその中で誰よりも利用していると自負している。

 中を案内するとあまり本が好きじゃない理奈ちゃんもその光景は驚いたのか小さく「すごい」と呟いていた。

 勤めている職員によってきめ細やかに整理された本棚は私にとっては楽園と呼ぶにふさわしい。


「さあいろいろ見てごらん。きっと気に入る本があるはずだよ。わからなければ私が教えてあげる」


 二人でいろいろな場所を見て回った。本が苦手だという理奈ちゃんもこのときはそんなことも忘れて目の前の未知なる世界に興味津々だった。

 私が案内役を務め客人が迷わないようにリードする。


「理奈ちゃんはどんな本が読んでみたい?」


「え?えぇっとね……」


 問われて戸惑う理奈ちゃん。具体的にと言われてもまだ自分がどんな本を読んでみたいのかわからないみたいだ。


「読みやすくて、短くて、私でも話が分かりそうな本がいいな」


 と曖昧な答えを出した。その答えを聞いて私は脳内にある図書館を引っ張り出した。過去に読んだ経験がある膨大な本を想起する。いわれた通りのワードを検索し条件に当てはまる本を見つけ出した。あの本ならこの図書館にあるはずだ。

 気づいたときには私の体は本を求めて動き出していた。規則正しく並べられた本の背表紙を目と指でなぞりながら本を探す。そしてそれは予想していた場所に置いてあった。手に取りそれを理奈ちゃんに提案する。


「理奈ちゃんこの本とかどうかな?」


 理奈ちゃんはその本を興味津々に見つめている。本のタイトルは「迷子の猫」。自分のことがわからない猫がいろんな動物や人と出会って自分のことを知っていく短編ものだった。


「よかったらその本借りていく?」


 理奈ちゃんはゆっくり首を縦に下ろした。私が本の手続きをして私たちはアパートへと帰った。

 日はすっかり暮れていた。帰ってきたとき両親が真っ先に涙を流しながら理奈ちゃんへと迫っている。


「大丈夫か!?理奈」


「もう心配したのよ。いつまでも帰ってこないから」


「ごめんなさい。その、お姉ちゃんに宿題を手伝ってもらってて遅くなった」


「もう本当に……でも、無事でよかった」


「本田さんも本当にありがとうございます。娘がお世話になったみたいで」


「いえ、いいんです。それより理奈ちゃん帰りが遅くなったのでお腹を空かせていると思います。早く連れて帰ってあげてください」


「そ、そうですね。理奈一緒に帰ろう」


「本当にありがとうございました」


 頭を下げるご両親にこちらも頭を下げる。両親は背を向けたが理奈ちゃんは帰る途中、私のほうへ向き直った。手を振りながら何かを言った。声を聞き取ることが難しかったが、口の動きからおそらく「ありがとう」と言ったのだろう。

 家族三人が部屋に入ったのを見届けてから私も部屋に入る。



☆★☆★☆★



 あれから数日が経過した。あの日以来理奈ちゃんには会ってない。だが、いつもと変わらない日常を送っている。私にとってはあまり気にならなかった。

 ある日のこと本屋から戦利品を拠点へと運んでいる私の目の前にあの子はあの日と同じ場所に立っていた。あの日泣きじゃくっていた顔とは全く違う満面の笑顔で。


「お姉ちゃん!」


「理奈ちゃん久しぶり」


 理奈ちゃんは私に駆け寄り抱きついてくる。私も目線を合わせ、理奈ちゃんの小さな背中を抱きしめた。十秒ほどハグした後、体を離し、目を合わせた。


「元気だった?」


「うん、すごく」


 その元気の良さは表情や声色から嘘ではないと確信できる。学校帰りだろうか?制服姿とランドセル姿から考察する。


「どうしたの?今日は」


「今日はお姉ちゃんに感謝を伝えようと思ってきたの」


「感謝?」


「うん。あのね、先日の図書館に連れて行ってもらった日のこと。あれでねお姉ちゃんに勧められた本を読んで面白くって面白くって夢中で読んじゃってあんなに苦手だった読書感想文もすごく簡単に感じて、お姉ちゃんのおかげで読書の楽しさを知ったんだ。どうもありがとう」


「お安い御用」


 そう言って頭を撫でてあげる。頭を撫でられびっくりするも次第に私の手に従順する子猫のような女の子はなんとも愛おしい。


「それでね。また連れて行ってほしいの図書館に。それでまた教えてほしいの本の楽しさを」


「いいよ。また休みの日に二人で行こうね」


 彼女は喜んだ。そして小指を差し出す。


「約束だよ?」


「うん、約束」


 そう言って私も小指で理奈ちゃんの小指を握り返した。





                                ~FIN~

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