夢の果てに求めしは⑱
「外の連中は、俺達が早くと死ねば良いと思っているんだよっ!」
「あら、そんな事はないと思うけど」
キャンパスに筆を立てながら、ワンピース姿の女性が憤る青年を窘めた。
「私達が皆、主の元へ召されたら。治療薬の開発が滞ってしまうでしょ?」
「そうだよ。わたし達は偉大で気ままモルモットなんだから」
眼鏡の少女が手を大きく振りながらステージの中央へ。
「それで良いのかよ?」
「いいじゃない。残り少ない人生、エンジョイしなきゃ♪」
詰め寄った青年の手を取り、少女はクルクルとスカートを翻し踊り始めた。
俺が書いた台詞。
俺が考えた人物。
俺が描いた世界観。
俺の頭の中に存在していたものが。
俺が見上げるステージの上で、実体として具現化している。
奇妙だな。
それが素直な感想だった。
この次に話す内容。
起きる展開。
全てを知っているだけに、観客というより舞台監督をしている気分になる。
役者が一言発する度に心が痺れ、胸が熱くなる一方。
これで良かったのか?
もっと適切な言葉があったのでは?
そんな後悔ばかりが心に重くのしかかる。
演技者の熱演が素晴らしいだけに、その想いが加速する。
舞台の上より観客の反応が、周囲の顔色が気になって仕方がない。
「大丈夫ですよ、きっと」
耳元でポツリと囁かれた。
俺の心を見透かすように。
昨日。
宇垣さんも同じ気持ちで、舞台を見つめていたのだろう。不安と緊張で心を震わせながら。
「なぜ、そこまでして画くんですか?」
「敢えて言うなら、私達が生きていたという足跡作り………かしら」
悪化する体調不良を押して、絵を描き続けるヒロイン。
それに苛立つ主人公。
このシーンで物語は中盤を折り返す。
ここまでは順調。全てシナリオ通りだった。
本来なら喜ぶべきなのだが。
角田さんは一体どこを修正したんだ?
やはり終盤の展開か?
演劇は素晴らしいのに、余計な思惑が入り乱れ素直に楽しめない。
何と、もったいない事か。
こんな事なら、事前に脚本をチェックしておけば良かった。
そんな俺の葛藤などお構いなく。
つつがなく舞台は進行をし続け。
「私の代わりに、その本を読んで戴けますか」
「どこを、読めば良い?」
ついに物語は佳境。
病床から絵の代筆している主人公へ、最後のお願い。
「あぁ主よ。願わくは汝の慈しみによりて我を憐れみ、汝の多いなる憐れみによりて、我が諸々《もろもろ》の咎を消したまえ」
青年役を演じる淵田さんの声が、静まり返る体育館に響いた。
この場面が終われば、あとフィナーレのみなのだが………。
「ダメですよ。そんな顔をしては」
「判ってます。判っては、いるんです。でも……」
「心配をする必要は、何もありません」
変わった!!
台詞が明らかに違う。
この場面に手を入れたかっ!
俺は思わず身を乗り出した。
危うく膝を打ち鳴らしそうになった。
「ようやく待ち望んだ時が来たのです」
死の床に伏しながら最後の力を振り絞るように、ヒロインは主人公の頬を撫でた。
「私は悪い事をしていません。息が止まった後、真っ直ぐ主の元へ向かいます。だから、あなたが心配する必要は、何もないのよ」
…………真っ直ぐ神様の元へ、か。
この世の中において。
死に際に笑いながらそれを口に出来る者は、果たして何人いるのだろう。
そう自問自答するほど、角田さんの台詞改変は完璧だった。
聖火をリレーするように。
ヒロインが残したキャンパスは、主人公へと引き継がれ。
厳かに幕が降りた。
数秒の沈黙後。
天井の明かりが点灯すると同時に、割れんばかりの拍手が体育館に満ちた。
俺も演技者を讃え、両手を強く打ち鳴らした。
ハンカチが不意に頬へと押し当てられた。
その時に初めて、自分が泣いている事に気が付いた。
「宇垣さん。私は書くよ。これからも作品を作り続けるよ」
死の間際まで筆を握り続けた、あのヒロインみたいに。
「そしてまた、たくさんの人を感動させられたら………良いな」
例え今日のような拍手は貰えなくても。
書き続けたいと、心の底から願った。
わたしもですと。
寄り添い頷く宇垣さん。
伊藤さんは舞台へ向けて、ピンク色のペンライトを大きく振っていた。
……ん?
「何故にペンライト?」
「綺麗で目立つからよ♪」
まぁ、確かに目立つな。
前に座っていた木村さんは黄色のペンライト。二人で持ち込んだらしい。
「そろそろ行こうか」
皆に声を掛けた時。
体育館の照明が再び消えた。
ざわつく空間。
まだ何かあるのか?
「みんな今日は本当にありがとうっ! ヒロイン役を演じた座長の角田ですっ! コッチは主人公のミッ……じゃなくて、淵田チャンですっ! ほら、挨拶、挨拶っ!」
舞台を眩しく照らすスポットライト。
先程までの病弱で知的な役柄とは打って変わり、いつもの傍若無人な角田節で舞台挨拶が始まった。
「こんなにたくさんの拍車を戴き、とても光栄です」
いつもの冷たい雰囲気はどこへやら、淵田さんの顔が笑みで綻びていた。
一人、また一人、名前を呼び御礼の挨拶。
途切れる事なく拍手が続いた。
「それでは最後に。是非、皆さんに紹介したい人がいまぁ~すっ! 今回の脚本を書いてくれた栗田チャンですっ!!」
今。
なんて言った?
耳に入った言葉を本気で疑った。
俺が挨拶? どうやって? 何も聞いてないぞ?
一瞬、目の前が真っ白に。
物理的に、マジで視界が白くなった。
舞台を照らしていた筈の白熱ライトが、俺の席に目掛け照射された。
「では、脚本の栗田チャン。みんなに挨拶よろしくぅっ!」
角田さんの言葉と同時に、右隣から突然向けられるマイクの先。それも伊藤さん笑顔付きで。
そうか。
そういう事か。
貴様ら、謀ったなぁっ!!
二人のペンライトは、この席を知らせる目印だったに違いない。
周囲から集まる情け容赦のない視線。
勘弁して欲しい。こういう状況は本当に苦手なのだが。
俺は覚悟を決め、悪友の手からマイクをもぎ取り、席を立った。
「脚本を担当した栗田です。今日は観に来てくれて、ありがとうございます。楽しんで戴けたなら幸いですっ!」
万雷の拍手。
全て善意なのは良く判る。ありがたいと思っている。
だから、さっさと眩しいライトを消して欲しかった。
「今回の栗田チャンの脚本。もう最高に良かったよっ! だから来年の文化祭でも、脚本を書いてくれるかな? 書いてくれるよねぇっ!?」
司会者の煽りによって、盛大な拍手が体育館に鳴り響いた。
彼女の真の目的はコレですか。
その為に全て仕組んだのか?
この状況で断れる者がいたら真の勇者だろう。
「来年も頑張ります。皆さん、また観に来てくださいねっ!」
この場を早く終わらせたい一心で、挨拶後に深々と頭を下げた。
悪魔に言われるがまま、契約書へサインをする気分だった。
多分、今。
この瞬間。
端から見た俺は、とても輝いた生徒に見えるのだろう。
在りし日の青春時代は、あまり報われる事がなく、トラウマばかりなのだが。
目の前の、野菜ニンニク背脂マシマシ特盛りラーメンみたいな状況は、胸焼けするばかりで嬉しくなかった。




