表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栗田さんの憂鬱な美少女生活  作者: 黒田如風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/135

遅れた福音⑧

 ベネットさんの仕事場。

 華やかな浴衣を着たマネキンが部屋の中央に鎮座。

 まるでデパートの和服売り場みたいだと思った。


「これ、買ったの?」

うた」


 紙面にペンを走らせながら家主が声を上げた。


「デッサンするには便利なんや」

「なるほど」


 自分で着ていたら、後ろ姿とか見えないしな。


「栗田さん、出来たで」

「感謝します先生っ!」

「先生は、やめぇ~や」


 苦笑しながら、仕上げたばかりの色紙を俺に差し出した。


「名前もお願い」

「そやった。忘れとったわ」


 再び仕事机へ座り直すと一筆加えた。

 一枚は宇垣さん。もう一枚は木村さんへと。


「色紙は腐るほど画いて来たけど、ベティとしては初めてやな」

「この子、新作?」


 薄く彩色された見憶えのないキャラを指差し尋ねた。


「せやで。次回作の主人公や。ベティ名義で発表しようかと思うてる」

「初出しですか」


 ファンにとっては垂涎すいぜんの逸品だろう。


「栗田さん。渡す子には、よろしゅう言っといてな♪ 全くゼロから始めた事やけど、そないに慕われとるとは知らへんかったわぁ~」


 上機嫌の笑顔で、照れ隠しのようにパタパタと団扇で仰いだ。

 中身はベネットさんなのだが。

 あられもない少女の姿で言われると、つい可愛いと錯覚してしまう。


「来よったな」


 仕事場に響く呼び鈴の音。

 家主は椅子からヒョコリと降りた。

 視線の高さ調整に重ねられた座布団がバサリと床へ崩れ落ちた。


「今、開けるでぇ~」


 二つ目の鍵である、メール着信音。

 パタパタと駆ける足音を追うように、俺は玄関の方へ視線を向けた。


「おつかれちゃ~ん♪」


 やはり掘さんか。

 黒のドレス。フリル付きの純白のエプロン。足下は皮の網ブーツ。

 美少女生活を満喫中と言わんばかりの姿。

 …………ちょっと良いかも。

 などと思ってしまうのは、果たして良いのか悪いのか。つい自問自答してしまう。


「掘さんも『ベティちゃんねる』で呼ばれたの?」

「いや。別の理由」


 声を上げながら、ブーツの靴紐を手早く解いた。

 垂れ下がる前髪を耳の後ろへと流しながら。


「栗田さんが居てくれて助かったよ。超重要な事だから」


 何だろう?

 いつもなら事前連絡とかありそうだが、着信のたぐいは特になかった筈。


「掘さん。飲み物は何がえぇ?」

「それは後にして、米内さん。先に用件を伝えたい」


 いつも明るく、おどけた雰囲気はどこへやら。今日の掘さんは珍しく生真面目きまじめだった。


「二人とも、スマホ手元にあるよね。起動してくれない?」

「ちょい待って」


 俺は鞄に手を伸ばした。


「何か、するん?」


 思っていた事を、ベネットさんが質問してくれた。


「いつも使ってる、SNSのアプリを立ち上げて。そして僕からのダイレクトメールを探して欲しい」

「えぇけど。いつ頃のヤツや?」

「去年の十二月下旬」


 それって………。


「直リンのアドレス一行のヤツ?」

「うん。それ」


 俺の記憶が確かであれば。


「そのアドレス。何度か踏んだけど、エラーだったよ?」


 性別が反転した初期の頃に、その辺り記録は洗いざらい調査済みだった。


「栗田さん。それって、パソコンで実行したでしょ」

「うん。そうだけど」


 まさか、スマホだと挙動が変わるのか?


「なんや、これっ!?」


 ベネットさん目を丸くしながら叫んだ。


「こんなん、見た記憶がないで?」

「米内さんが忘れてるだけだよ。僕もだけど」


 二人の反応。

 横目で見ながら、ひたすらメールを遡る。

 中々行き着かない。胸の鼓動がトクリと早まるのを感じながらスワイプを繰り返す。


「あった」


 日付。時刻。

 三人で飲んだネット宴会の最中に違いなく。

 一呼吸置いた後、俺はリンク先をタップした。


「今、開いた」


 パソコン上では跳ねられたページが、何事もなく普通に表示された。


「認証画面?」


 記入欄は名前と生年月日。


「二人とも、とりあえず入力してくれる?」

「了解」


 画面構成に変わった箇所は特になし。

 これで………ん?


「掘さん。顔認証もあるの?」

「気にせず実行して」


 では、ポチッとタップ。

 シャッター音が同時に二つ鳴った。

 認証時間が意外に長い。


「次の画面に………」


 移ったと言おうとして、舌先が固まった。

 液晶に表示された男性の顔写真。

 それは紛れもなく、本来の俺の姿だった。

 その下は文字情報が羅列。

 先程記入した名字と名前。生年月日。

 そして。

 性別反転時の年齢。十四歳。

 性別反転の日時。それは少女として目が覚めた日付だった。


「この画面、見憶えがある」


 ハッキリと思い出せないのだが、日付を入力した記憶がうっすらと。


「俺んとこ、年齢が十一歳になっとるなぁ。何でや?」


 ベネットさんの呟きに、脳裏の奥底にある記憶棚が突然ガタリと盛大に引っ繰り返った。


「それは………それは」


 頭を掻き、掴んだ糸口を必至に手繰り寄せた。


「確か、俺と掘さんが中学生なら、小学生にするって………言ってた気がする」


 お酒でグタグタに酩酊めいていしながら。


「あと、変わるなら同人誌の即売会後やなって。そなら正月がえぇやろって、話していたような」

「ぁあああああああああっ! なんか、そないな事を言った気ぃするわぁ~っ!!」


 二人で同時に頭を抱えた。

 ずっと思い出せなかった、ネット飲み会の記憶。

 ふつふつと水泡のように浮かび上がって来た。


「ほなら、これって何なん? ネットに登録したら性別反転するって、どないな仕組みなんよっ!?」

「僕も判らん。そもそも、この接続先をどこで知ったのか。そこだけは思い出せんのよ」


 長々と数時間に及んだネット宴会。

 たわいもない余興として入力した気がする。

 ネットショップへ会員登録するようなノリで。


「多分だけど。仕組みを知ったとしても、理解出来ない気がする」


 俺は皆に見えるよう、スマホを持ち上げた。


「この液晶画面にタップすると、メール送信やネット接続が可能だけど。どのような設計になって、どのようなプログラムが組まれているのか。説明されても判らないと思う」


 数年間を掛けて勉強したら、大まかな仕組みくらい把握出来るかもしれんけど。


「今、大事なのは、コレをどう活用するかじゃない?」


 誰が何を思って、こんなシステムを作り上げたのか。そっちも気になる所ではあるが。


「掘さん。この画面の一番下に、キャンセル項目があるんだけど。試してみた?」

「それな。僕もどうしようかと思ってさぁ~」


 まぁ、普通は躊躇するか。


「なんか、変な事が書いてあらんへか?」


 ベネットさんが首を捻った。スカート姿で胡座をかきながら。


「どの部分?」

「戻る際の注意書きがあるんやけど」


 あ、これか。

 一読して絶句した。


「妊娠中は不可ってマジか」


 理屈は判る。判るのだが、いまいち釈然としない。


「僕はまだ処女だよ」

「お、おぅ」


 そんな事をカミングアウトされても、困惑するだけで嬉しゅうない。


「栗田さん、どうするよ? 前から早く戻りたいと言ってたよね?」

「言ってたけどさぁ」


 いきなり目の前で提示されてもだなぁ。


「タップした瞬間、男へ戻る可能性あるよね。着替えてとか持って来てないよ」


 理屈が判らないから何が起きるのか予測がつかない。


「米内さんは、どうよ?」

「この後に『ベティちゃんねる』あるからなぁ。俺は特に急いで戻る理由がないし」

「掘さんこそ、どうなのよ?」


 回って来たお鉢を俺は送り返した。


「実はさぁ。新しい服をオーダーメイドで注文したばっかなんよ。今はパスかな」


 三人揃って腕組み状態。

 じっとスマホの画面を見つめるばかり。

 もしも。

 一月か二月に気付いたならば。

 迷う事なく男の姿へ戻っていただろう。

 だが俺達は戸惑いを覚えるほど、この身体にスッカリ馴染み過ぎていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ