幸せの代価⑥
「両親との会話場面はゴッソリ削るとして。回想シーンも全部不要だった筈」
帰り道。
脚本の修正部分を指折り数えながら歩く。
既にある程度、目処はついていた。昨夜の段階で。実際に書く事になると思っていなかったが。
問題は、全て頭の中にある事。
これらを文章へ書き起こすとなると………やはり面倒だった。時間が掛かるという単純な理由で。
テストが終わったとはいえ、明日も普通に授業がある。遅くとも深夜一時には布団へ入りたい。そうなると、夕飯を作っている暇はないか。
その結論に到達するのと同時に、自宅の扉へと鍵を差し込んだ。
「ただいま」
帰宅を告げながら、玄関の靴を確認。
娘はまだ仕事の最中らしい。
帰っていたら、食事の支度を押し付けようと思っていたのに。
妻は?
廊下の奥から聞こえる話し声。
三和土に見慣れぬ靴はない。来客ではなく電話だろうと思われるが。
長いんだよなぁ。
掛かって来ると一時間以上、会話している事なんて日常茶飯事だから。
靴を脱ぎ、念のため玄関の施錠を指差し確認。
重い鞄を自室へ放り投げ、リビングへ。
「ただいまぁ」
二度目の声掛け。
陽子は俺の存在に気付くも受話器を握ったまま。表情が硬い。
仕事関連かな?
これは早々に終わらない予感。
先に着替えて来た方が良さそうだ。
「病院は前と同じですか?」
トイレへと思った矢先、耳へ入った言葉に後ろ髪を引かれた。
誰だ?
誰の事だ?
妻は誰と電話を?
幾つも沸き上がる疑問符。
嫌な予感がする。いや、悪い予想しか頭に浮かばない。
俺はその場で足を止め、電話が切れるのを待ち続けた。
「お義父さんが入院したって」
受話器を置くやいなや陽子が振り返った。
「やっぱりか」
嫌な予感ほど当たるものだな。
「入院したのは前に入った病院?」
「そうよ。理由も同じみたい」
「判ってる。酒の飲み過ぎだろ?」
年明けに帰省した時、気にはなっていたんだ。飲むペーズが早い事を。
本人は大丈夫を連発していたが、酒飲みの大丈夫ほど信用してならぬものはない。
「容体は?」
「安定していると、お義母さんは話していたけど」
もう三度目だからなぁ。
「帰るか」
「え?」
「帰って様子を見て来る。新幹線を使えば、今日中には辿り着く」
面会は明日になるだろうけど。
「行くの?」
「あぁ、心配だからな」
「行って、どうするの?」
妻が驚くように声を上げた。
「どうするって様子を見に行くんだが?」
「見て、どうするの?」
再度の問い掛け。
「入院費用の話とか、母としたいし」
なぜ妻は、そんなに驚いた顔をするのだろう。
「最初に倒れた時も、すぐに駆け付けただろ? 俺、長男だしな」
「あなた、コッチに来てっ!」
陽子が俺の手を握るなり、廊下へと強引に連れ出した。
「何を怒っている?」
機嫌を損ねるような事は、何も言っていないと思うのだが。
「コレを見てっ!!」
「これ?」
連れて行かれた洗面所にて、妻は鏡を指差した。
「俺の顔に………」
鏡像に映った者。
それはセーラー服を身に纏った、一人の女子中学生だった。
「あなた、その姿で実家に帰って、一体何が出来るのよっ!?」
そう………だった。
なぜ、失念していたのだろう。
俺は今、会社に通う中年男性ではなく。
中学校へ通う、ただの少女だという事を。
社会的な地位も責任もない、無力な未成年だという事を。
なぜか俺は、ものの見事に忘れ去っていた。




