幸せの代価①
この学校は六月に文化祭をするのか。
教室の黒板に書かれる行事日程。
担任教師の説明を聞きながら、ボンヤリと過去の事柄を思い返す。
何をやったっけ。
クラスの出し物といえば、研究成果の発表、お化け屋敷、演劇、合唱、メイド喫茶。
中学だから金銭のやりとり、飲食関連は除外。
一番嫌なのは合唱だな。アレは練習で放課後を拘束される。担任が音楽教師だとあり得るが、今回は幸いな事にその線はない。
「皆さん。このクラスでは何をしたいですか?」
教師の言葉に、ざわめく室内。
楽なので良いよ。楽なので。
生徒の大半はそう思っているだろう。
進んで苦労を背負い込む変わり者など早々いるわけもなく。
「先生、わたし、やりたい事がありますっ!」
座っている席のすぐ後ろ。
まさかの変わり者がいた。
それも聞き憶えのある声だった。
「わ、わたし、クラスで演劇をしたいと思いますっ!」
勇気を振り絞っての発言。
どよめく生徒。囁かれる面倒という愚痴。
何をするにしても面倒なのは代わりないのだが。
「あたしも賛成っ! みんなやろうよ演劇。とっても楽しいよっ!!」
賛同者、現る。
これは決まりだろうな。
背後から感じる視線。
俺は振り向く事なく、前を見続けた。
宇垣さんが熱い眼差しを、コチラに向けている気がしたから。
「今回の演劇、私は良いと思うけど。他の出し物に比べたら……木村さん、答えが間違ってる」
「へ? どこ?」
伊藤さんは同級生のノートに、シャーペンで円を描いた。
「そこですか」
感謝と頭を下げながら、木村さんは消しゴムを手に取った。
「あなた、さっきから計算ミスが多過ぎ」
呆れるように息を吐きながら、アイス珈琲をストローで掻き混ぜた。
学生が多いな。
カップの中身を飲み干しながら周囲を見回した。
放課後、一緒に勉強しましょうという木村さんの提案で、駅前のファーストフードに来たのだが。
どのテーブル席も教材を広げるグループばかり。中学から高校まで幅広く。
試験期間はどの学校も似たよりよったりか。
俺はドーナッツの欠片を口の中へと放り投げた。
甘い。
美味しい。
サクサクとした歯ごたえ最高。
カロリー高めなのは重々承知しているが、もう一個注文すべきか迷ってしまう。
酒が飲めない分、甘味を過剰摂取気味。
体重計。全く乗っていないんだよなぁ。家系的に太る体質ではないけど。
「でも、今日は驚いたよね。宇垣ちゃんのアレ」
「私も以外だった」
木村さんの言葉に、我も同意と深く頷いた。
衆目に晒されながら大きな声での自己主張。普段からは考えられない奇行だった。
「やりたかったんでしょ? 角田さんも一緒だから大きな問題はないと思うし」
「そうそう。角田ちゃんなら大丈夫だと思うにゃ」
誰それ?
教室で宇垣さんの次に声を上げた女子なのは判るけど。
「角田さんは演劇部の副部長なのよ。去年の文化祭で主役よりも目立つ脇役って事で有名になった子。小学生の頃から色々活動しているみたいね」
俺の顔色を察して、伊藤さんが情報を補足した。
「きっと、主役に立候補するよね? 角田ちゃんの事だから」
「妥当よね。あの子の声、ハキハキして聞きやすいし。リーダーシップもあるし」
「じゃぁ、宇垣ちゃんは何をするのかにゃ?」
「脚本担当でしょ? 適材適所ね」
二人の会話から何となく状況は把握。
演劇………か。
気になるのは演目。もしかしてオリジナル?
宇垣さん、俺の作品を読んで触発されたとか?
「クラスでって事は、私も何か担当する事になるよねぇ」
大道具の作成とか。小道具の手配とか。仕事は色々ありそうだけど。
「栗田ちゃんは肉体労働より、頭脳労働になると思われ」
脚本の補佐って言いたいのかな。木村さんは。
「今頃、教室に残った二人で色々考えいるでしょ。日時的には先の………木村さん、また計算ミス。それも二箇所」
「はぃっ!?」
シャーペンを指先で器用に一回転させるなり、伊藤さんがノートへ丸を書き込んだ。
「どうして小学生レベルの間違いを連発するのよ。あなたは数学の前に、算数ドリルからやり直すべきじゃないの?」
「そこまで言うでありますか?」
若干、涙目の木村さん。
「伊藤ちゃんが優秀過ぎるだけだと思うにゃぁ~」
「あなたが真面目に勉強していないだけでしょ?」
目の前でヒートアップする二人を、まぁまぁと宥めた。どちらも言ってる事は正しいと思いながら。
「伊藤さんよぉ。木村も努力してんだからさぁ~。もう少し優しく頼むわぁ」
背後から唐突に聞こえた男子の馴れ馴れしい声。
振り向かずとも、誰だか判った。
「古村君も、ココで勉強?」
助け船が来たりと木村さん満面の笑顔。
「アレ? 今日、相方は?」
キョトンとした顔で、俺の背後に向けられるシャーペンの先。
そういや存在感が一つ欠けていた。
「三川か? さっさと帰ったぜ。鍛錬強化月間だとさ」
「大会でもあるの?」
炭酸飲料へ指を伸ばしつつ、木村さんは首を捻った。
「失恋だよ、失恋。せっかく告ったのに、アイツを振った女がいるらしいぜ?」
そう言いながら、なぜか古村君は俺の肩をポンと叩いた。
「へぇ~。そうでありますか」
「誰に告白したのかしら?」
皆の視線がコチラへ集中。それも笑みを含みながら。
あまり考えたくはないが、クラス全員で情報を共有済みっぽい。
「三川君を振った子、誰でしょうねぇ」
白々しい台詞を吐きながら、俺はカップの底に残っていた珈琲を飲み干した。




