憂鬱な学校生活の幕開け⑪
「君を呼び出した理由だが、判るかね?」
「はい。心当たりは有りますから」
放課後。担任教師より職員室への出頭命令。いわゆる呼び出し。
家を出る時は五分五分と思っていたが、学校中の噂と聞いて覚悟は完了していた。
「昨日、ホームルーム前の出来事について、幾つか確認したいのだが」
ほら来た。
「色々とお騒がせしまして、誠に申し訳ございません」
クレーム対応の心得その壱。
最初に迷惑を掛けた事について謝罪する。
「大体の事情は察している。念のため、栗田さんからも話しを聞いておきたくてね」
「もちろん構いませんが。出来れば最初に、事態をどのように伺っているのか、お教え願えないでしょうか?」
クレーム対応の心得その弐。
相手の苦情内容を正確に把握する。
「まぁ、良いだろう」
小さく頷き椅子に座り直すと、机の上からノートを取り上げ広げた。
「私が把握しているのは以下の通りだ。ホームルーム直前の教室にて、宇垣さんが三川君へ日頃のお礼を手渡そうとした。しかし、三川君はそれ拒否し侮蔑の言葉を浴びせた。それを聞いて栗田さんが三川君の顔を殴打。それに逆上した三川君が栗田さんの顔を殴打。その直後に私が教室へ入ったので、互いにその場は引き下がった」
教師は一通り語り終えると、目の前に立つ問題児の顔を見上げた。
「私が聞いているのは以上だが、君の意見を聞かせてくれるかな?」
「全て、相違ございません。自らの行為に恥じ入るばかりです」
クレーム対応の心得その参。
こちらに非がある事が明確な場合は、即座にその事実を受け入れ謝罪する。
やはりと言うか。
この教師かなり優秀だな。
予め他の生徒から情報を収集。最後に当事者を呼び出し最終確認。真っ当で無難なやり方だと思う。
「それはつまり、最初に手を出したのは、栗田さんという事で良いのかな?」
「はい」
本当は認めたくないのだが、言い逃れのしようがなく。悪びれもせず胸を張った。
「栗田さんの気持ちは判るが。もう少し穏便に済ませる事は、出来なかったのかね?」
「宇垣さんを守るには、そうする他に方法がなかったので」
溜息混じりの問い掛けを、俺は明後日の方向へ弾き飛ばした。
「どういう意味かな?」
「時期が最悪ですし」
「時期とは?」
「クラス替えの後、新学期が始まったばかりでしたから」
「それで、君は彼女の何を守ろうとしたのかね?」
俺と教師の丁々発止。
自分でも何をしているのやらと、呆れながら言葉を続けた。
「もし私が何もしなければ、宇垣さんは嘲笑の対象とクラスの男子は認識したでしょう。それはやがて女子にも伝播します。あの子は………言い方は悪いのですが、人付き合いが得意ではありません。友達も多くはないでしょう」
「ふむ」
担任は椅子の上で脚を組み替えながら、会話の内容を咀嚼するように小さく何度も頷いた。
「全て私の思い込みかもしれませんが。クラスの雰囲気が、人間関係が、悪い方へ流れ行くのを止めたかった。ただ、それだけです」
私は堂々と、ハッタリを並び立てた。
ムカついたから殴りましたと、馬鹿正直に答えたところで、一文の得にもならず。
クレーム対応の心得その肆。
可能であれば『本意ではなかったが、致し方なく、そうせざるを得なかった』と相手の同情を誘う。
こんな事になるだろうと、昨夜の内に言い訳を考えておいた。
「いずれにせよ、全て私の不徳によるものです。誠に申し訳ございません」
最後に深々と頭を垂れた。
これで手持ちのカードは全て出し切ったのだが。
教師は腕を組みながら思案中。
教室内での暴力事件。
その償いは反省文か。はたまた懲罰の清掃か。
謹慎処分は流石にないと思うが、保護者の呼び出しは勘弁願いたかった。
「栗田さん」
「はい」
「獣と人の違いは、何だと思う?」
「はい?」
担任は俺に負けず劣らず、急角度で変化球を投げ込んで来た。
「言葉だ。人は会話によって互いの意思の疎通が可能だ。しかし、獣はそれが出来ず、力の優越のみで全てを解決しようとする」
「はぁ」
「君は、獣か? それとも人か?」
「人でありたいと、思っています」
外角と思いきや、球はストライクゾーンど真ん中へ。
あまりの正論に、ぐうの音も出なかった。
「君の心は、半ば獣に成り掛かっている。人でありたいのなら、己の言動や行動に注意し、常々自問自答するように」
「はい。以後、気を付けます」
再び頭を下げた。
内心、ホッとしながら。
情状酌量といったところか。
「あと、最後に一つ」
おっと。
そうは問屋が卸ろさないらしい。
「何でしょうか」
「君の宇垣さんを思いやる心遣い。深く感謝する。教師として、君のような生徒の担任になれた事を、誇りに思う」
「……………私も、先生の教え子となれた事。とても幸運に思います」
苦笑する教師を前に、しみじみ俺は思った。
学生時代は、本当に運が無かったな………と。




