表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栗田さんの憂鬱な美少女生活  作者: 黒田如風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/135

憂鬱な学校生活の幕開け①


 ふと思う。

 これは夢ではないかと。




 学校の廊下。

 行き交う生徒の群れ。




 体育館での始業式。

 校長の話が長い。




 教室にて担任教師の就任挨拶。

 クラス替えに伴う生徒一人一人、当たり障りのない自己紹介。


「栗田由喜です。趣味は文章を書く事です」




 目の前の全てに現実感がない。

 これはきっと、夢の中の出来事だろう。

 遙か昔に通り過ぎた筈の道。

 随分と懐かしい夢だ事で。

 別段、悪くはないのだが。

 難点を上げるとすれば、この夢から覚める方法がサッパリ判らなかった。




「あの、栗田さん」


 この学校で初めて名前を呼ばれた。


「これから何か、ご予定はありますか?」


 良く言えば丁寧な口調。

 悪く言えば距離を感じる物言い。

 雑踏賑やかな教室で、一人の女子生徒が俺の事を見つめていた。

 背が低く、眼鏡にショートカットの髪。

 一言で表すなら地味な感じの子。

 名前は………忘れた。

 自己紹介で聞いた筈だが、憶えるつもりなど毛頭なかった。


「私は今から職員室だけど」


 入学案内のプリントに、大きな文字で手書きされていた。

 放課後になったら担任のもとへ来るようにと。


「あ、それでは、またの機会に」


 ペコリと頭を下げるなり、そそくさと立ち去った。

 何が目的?

 見覚えがないので今日が初対面だろう。

 疑問符が浮かぶも、すぐに頭の中から追い出した。

 なるべく目立たず。

 人間関係は希薄に。

 入学するにあたり、そう心に決めていたから。






「わざわざ来て貰ってすまなかった。どうしても話をしておきたくてね」


 担任となった男性教師は、コチラの顔色を伺いながら話を切り出した。


「話は色々と聞いている。複雑な事情という事も」


 上下揃いのスーツ姿。もの柔らかな語り口。年齢は五十歳手前くらいか。全身からベテランの風格を漂わせていた。

 だからこそ、俺のような問題児を押し付けられた………とか?

 どうでもいい事ではあるが、つい考えてしまう。


「君はこの学校で、やっていけそうか?」

「今は、多分としか答えられません」


 大丈夫ですと胸を張っても、説得力に欠けるだろう。


「勉強の方は、どうかな?」

「特に不安はありません。定期試験の結果で判断して戴ければ幸いです」


 まずいな。どうして営業口調になってしまう。

 恐らく担任教師の雰囲気が、前職の取引先だった社長と似通にかよっているからだろう。


「失礼を承知で言うが。君はもっと、気難しい生徒だと勝手に思っていたよ」


 そうだろうな。

 戸籍が無く、通学履歴が不明な女子生徒。普通は身構えるだろう。


「もし何か困った事があれば、遠慮なく相談してくれ」

「ご配慮、痛み入ります」


 また、やってしまった。

 頭を下げながら、心の中で深く溜息をついた。

 どう考えても女子中学生の話し言葉じゃない。

 現に担任は失笑を漏らしていた。

 もしこれが掘さんなら………。

 それらしい会話で違和感なく振る舞うのだろう。

 やだやだ。こんな事で才能の差を自覚するとは。

 目の前に教師がいなければ、肩を竦めながら首を左右に振っていた。


「一つだけ、君に尋ねたい事があるんだが。よろしいかな?」

「はい。どのような事でしょうか」


 背筋伸ばし、一呼吸入れた。

 突飛な質問でも、すぐ答えられるように。


「栗田春佳という方を、ご存知かな?」


 おっと、その質問は全く想定外だった。


「春佳さんは………私の姉です。母親は違いますけど」

「やはり、そうだったか。一目見た時から、似ているとは思っていたんだよ」


 昔を懐かしむように頷きながら笑みを浮かべた。

 そうか。

 娘が中学を卒業したのは、まだ六年前か。


「春佳君の事は良く憶えているよ。宿題を何一つやらない生徒だったからなっ!」

「へ?」

「勉強以外でも、掃除はすぐサボろうとするし、何か頼んでも忘れた振りをして何もやらないし、彼女の担任はいつも頭を抱えていたよ」


 何やってたんだ、アイツ。

 もしも俺が本来の姿なら『娘がご迷惑をお掛けして申し訳ございません』と詫びの一つでも入れていただろう。


「君はその点、大丈夫かな?」

「人並みには真面目なつもりです」


 宣誓さながらキッパリのべた。

 栗田家の汚名返上とばかりに、苦虫を噛み潰しながら。






 湯気が沸き上がる寸胴鍋。

 ヒョイとお玉でスープをすくい小皿へ移すと、冷ましながら口の中へ。


「ん~……」


 味は悪くないが、少し薄いような。

 塩分は足りている。隠し味を足すべきか?

 ケチャップ。ウスターソース。蜂蜜。珈琲。チョコレート。どれを入れよう。いっそ全部?

 ただ、濃くし過ぎると陽子から苦情が出る。

 無難なのは生姜だろうか。


「ただいまぁ~」


 おろし金へ手を伸ばした時、娘が帰宅を告げながらリビングへ。


「今日の夕飯、カレーライス?」


 鼻を鳴らしながら首を傾げた。


「もうすぐ出来るよ」


 ご飯も先ほど炊き上がったばかり。


「春佳。味見を頼む」

「あいよ」


 肩からバッグを下ろす間、鍋の中身を陶器皿へ。


「どう?」

「美味しいと思うけど」


 唇の端を舐めながら、小さく頷いた。


「そか」


 娘と妻は嗜好が似ているので、一先ひとまず完成で良かろう。


「お父さんのカレー、久し振りな気がする」

「そう……かな?」


 記憶にないから、そうなのだろう。


「お母さんは?」

「締め切り間際で、しばらく部屋から出て来ないよ」


 帰宅時に覗いたら、今日は徹夜になるかもと悲鳴を上げていた。


「だから、おとんが作ってるの?」

「明日もね。養って戴く肩身の狭い身の上でございますから」


 料理を作るのは好きなので、苦にはならない。

 妻が偏食気味なので、その点のみ面倒ではあるが。


「ところで、春佳さんや」

「なに?」

「一つ質問しても良いかな?」

「どんな事?」

「あなたは何故なにゆえ、俺の胸を揉んでいるのかしら?」


 コチラが鍋に向かい中身を掻き混ぜている最中。背後から伸びた娘の両掌が、持ち上げるように乳房を包み込んでいた。


「柔らかそうなので、つい」


 普通『つい』という理由で触るか?


「自前のが有るだろ」

「それは、あまり楽しくない」


 理解出来るような、いや、理解して良いものやら。

 娘がそんな性癖とは正直、知りとうなかった。


「まさか、友達にもしてる?」

「それは流石にない。しているのは、お母さんくらい」

「さよか」


 そういや以前、妻が愚痴っていたのを聞いた気がした。


「お皿、持って来て」


 邪魔な手を払い除け、ガスの火を落とした。

 炊飯器を開け、炊き立てご飯を杓文字しゃもじで掻き混ぜる。


「春佳、ご飯の量は?」

「普通で良いよ」


 渡された器へ盛りつけながら、ある事を思い出し、大きく舌打ち一つ。


「どったの?」

辣韮らっきょうを忘れた」


 福新漬けは買い物籠へ入れたのに。

 画竜点睛がりょうてんせいを欠くとはこの事か。


「明日、買って来たら良いじゃん」

「そうだな」


 寸胴鍋で作ったから楽に二日分はある。学校帰り、ヒレカツも調達するとしよう。


「そういやさ。おとん、今日の学校どうだった?」

「まぁ、無難に終わったよ」


 案ずるよりも産むがやすし。

 劇的な展開など望んでもいないし。


「やっていけそう?」

「多分ね。俺は誰かのように、宿題を忘れたり、掃除をサボったり、教師に頼まれた事をスッとぼけるような真似はしないから」


 出来たてのビーフ・カレーを手渡しながら、笑顔での詰問。

 娘は物凄くバツの悪そうな表情で、俺から視線を逸らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ