第7話 裏・中学・スポーツ少女
母によると、中学生までの私は非常に活発で、男勝りな性格をしていたらしい。
学校帰りはいつも日が暮れるまで遊び、身体中を泥まみれにして帰宅。その格好のまま、母が作ってくれた夕飯を平らげ、夜は8時間以上、睡眠を取る。
食事と睡眠、そして運動を十二分に取った私の身長はこの時期にかなり伸びた。同じクラスの男の子よりも、頭2つは高かったように思う。
食べて動いた分がそのまま血肉になっていく……そんな過程が楽しくて、仕方のない時期だった。男子に混じってサッカーや野球等のスポーツをすることもあったが、彼らを圧倒さえしていた。
運動するのに邪魔と言う理由で、髪の毛も短く切っていた。
高身長に短髪で、おまけに喧嘩も強かった私は、男よりも男らしいと、度々称された。普通に悪口に聞こえるのだが……しかし、当時の私は気にも留めていなかった。
この頃は、精神面でも強かったようだ。
あらゆる意味で強かった私だったが、中学校に進学して、変わったことが1つあった。
有り体に言ってしまえば――学内において、孤立してしまったのだ。大半の中学生が思春期に入り、同学年の誰もが男女の性差を意識し始めた頃、私は居場所を失った。
一部の女子からは、男子に媚びている姿勢が気にくわないと嫌われ、男子達は、女子と一緒に遊び続けるなんて、男らしくないからと……仲間外れにされることが増えた。
しかし、当然のことながら、例外もあった。中学校に進学した直後、同級生の男子達と遊ぶ機会があったのだ。
彼らは小学生の頃、一緒に原っぱで鬼ごっこをして遊んだ仲だった。当時の私を「男女」と呼んでいた張本人達でもある。
私に不名誉なあだ名を付けてくれた彼らには、泣いて謝るまで追いかけ回し、私の全身全霊をもって、尻を引っ叩いてあげた記憶がある。
呆れる話だが、大人になってもずっと、こうやって馬鹿ばかりして生き続けるんだろう、私はそう思っていた。
いつまでも、あの頃みたいに、誰とでも分け隔てなく遊べると――しかし、そう勘違いしていたのは、実のところ、私だけだったのだ。
その時何があったのか……要約すると、試合中に手を抜かれた――その程度の些事だった。
それだけのことが――男子に手加減された程度の話が、鉄製のハンマーで、ぶん殴られたようなショックを私に与えた。
彼らは本気を出していない。そう確信した私は後日、その内の1人を呼び出し、理由を聞いた。
何故手を抜いたのか問い詰めると、彼は溜息を吐き、まるで子どもに諭すように——彼らも中学生なので、十分子どもなのだが——こう言った。
「草部は女の子だからさぁ……俺らが本気出したら、カッコ悪いだろ?」
「…………」
――正確に、彼の意見を処理するのに、私は十数秒を要した。
そして、足りない頭をひねり、私は漸く到達できた――私を男らしいと評した彼らは、もうこの世の何処にもいないという事実に。
その瞬間——
「………………あ」
——ぷつり、と。
何か、大切なものが切れた気がした……。
それ以来、彼らと遊ぶ機会は消失した。
――草部みくるという人間は、この時に1度終わっていたのかもしれない。
それでも、当時の私は体を動かすことにしか興味を持てなかった。特に趣味も無く、休みの日も体を動かすか、勉強するぐらいしか予定は無い——ガリ勉とも言える私に、話の合う友人など、出来なかった。流行に疎く、当時の私が関心を寄せるものは、他に無かったから……。
進学直後、形成されるグループに入り損ねた私は、部活動に邁進することに決めた。
——ここなら、自分の高身長も活かせるし、思いっきり体も動かせる。あわよくば友人ができるかも……という打算も、少しばかりあってのことだが。
中学1年生の春、私はバレーボール部に入部した。
日頃の鬱憤を晴らすように部活に打ち込んだ私は、1年生期待のエースとして、着実に実力を付けていった。
自分で言うのも変な話かもしれないが、当時の私はかなり努力していた。練習で手を抜くことは1度もなかったし、部活の無い日でも、必ずボールに触るように、習慣付けていたんだ。
より良い練習法を自分なりに勉強して、それをノートに纏めたりと、座学も度々行った。……そのノートを部活の顧問に見せて、練習法について抗議した時は、流石にドン引きされてしまったが。
顧問の先生には、邪険に扱われていたし、相変わらず他人との会話は弾まなかった。加えて友人も出来ず――けれど、バレーボールに集中している時だけは、充実していた。
振り返ってみると、中々に平穏で、楽しい時を過ごしていたように思う。
だが……悲しいかな。平穏とは存外脆く――私が順風満帆な学生生活を送れたのは、これが最初で最後だった。
入部から2~3ヶ月経過したある日のこと、私は遂にレギュラーに選ばれたのだ。昼夜問わず練習に励み続けた結果、入部から半年も経たぬ間に、当時3年生だった先輩を差し置いて、部内のアタッカーとしてのポジションを獲得したのだった。
その先輩は練習終了後、私を一発だけ殴り、それ以来、彼女が部活に訪れることは無くなった。
彼女がどんな顔をしていたか、今となっては思い出すこともできない。
何故彼女が殴ったのか、私には理解できずにいた。
彼女が部活から消えた数日後、私はシューズを紛失した。
部活用のバレーシューズ。
放課後の部活が始まる直前、私が更衣室で体育着に着替え、シューズに履き替えようとした時だった。いつもシューズを収納していたはずのカバンに、それが無かったのだ。
母と一緒にスポーツ用品店に行って、2人で選んで買った、思い出の品である……。それがあったからこそ、私は辛い練習でも頑張ることができた。
まだ新品だったが、大事なシューズを紛失した私は、パニックに陥った。焦った私は、兎にも角にも必死に、そしてがむしゃらに、色々な場所を探し回った。
どこかに落としたのならば、私がシューズを持っていきそうな場所を、手当たり次第に——と。
更衣室のロッカーは勿論、教室の机の中や下駄箱、掃除用具入れ……、まさかそんな訳ないだろうと思いつつも、ゴミ箱の中を漁ったりもした。
捜索していたのは放課後で、少人数ながらも、教室中では、帰宅せずに友達と談笑している生徒がいた。普段は誰とも喋らない私だったが、さすがにゴミ箱の中を漁り始めた際は、彼らに心配するような眼差しを向けられていた。
その内の数人は、私を気遣ってか「草部さん、大丈夫?」と、実際に声をかけてくれた人もいたのだ。
なんてありがたい話だろうか?
これまで、大して関わりが無かったクラスメイトに、自分から進んで関わるなど、中々できることではない。まして、その時の私は、飢えた獣みたいに一心不乱に、ゴミ箱を物色していたのである。
私だったら、絶対に関わろうとはしないだろう。
いや、本当は彼らも、私に喋りかけたく無かったのやもしれない。当時の私は、傍から見れば厄ネタでしかなかっただろうから……。
放課後、突然教室にやって来たと思えば、机や掃除用具入れを漁り、ゴミ箱に顔を突っ込む女など、正気を疑われても——いや、実際問題、正気では無かっただろうが——可笑しくない。
そんな、妙ちくりんな私に声をかけるため、一体どれ程の勇気が必要だったのか……当時の私には思いやることが出来なかった。
いや、正直、今でも理解していないのだが。
それでも、理解できないなりに、彼らの意図を汲みとることはできたはずだ。今にして思えば、あの時に事情を説明して、彼らと話し合い、相談に乗ってもらえれば……と、思わずにいられない。
ただ、悩み事を溜め込まずに、誰かに相談する。
自分のことで手一杯だった私には、そんな当たり前のことすらできずに、彼らが伸ばしてくれた手を振り払ってしまった。
——この教室に、シューズは無い。他の場所を探しに行こう、と。
クラスメイトのことなど目もくれず、走り去っていった私を、彼らはどんな顔をして見送っていたのか。
やはり、私には分からない。