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第5話 表・屋上・決死の覚悟

 午前中の授業全てが終了した後の昼休み、2年生のある教室にて、咆哮が上がった。

 勿論、僕——氷川銀介の仕業ではない。


「ヒャッホーッ! 飯の時間だぁぁあああ!!」

「……静かに食べよう? 良い年して恥ずかしいよ、弥生」


 咆哮の主は菊野弥生。不本意ながら、僕が親友をやっている男である。

 僕に窘められた弥生はジト目でこちらを睨み、文句を垂れた。


「別に良いじゃあねえか。数学を2時間連続で乗り越えた直後なんだぜ、俺は? 疲れてんだよー!」

「はいはい」

「適当に答えてんじゃねーよ! 」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ弥生を適当にあしらい、僕は席を立つ。そのまま教室を出ようする姿を見ると、弥生は慣れた様子でひらひらと手を振る。


「ん、購買か? 行ってらー」

 僕の昼食を購買で買うことが多い。共働きで、家にいる時間が少ない両親が弁当を作る機会は皆無に等しく、僕も料理をしない。そのため、購買のあんぱんは僕の生命線だ。

 故に購買の常連と化した僕だが、今日は違う。普段なら、購買で買ったパンを食べながら、弥生と雑談して過ごすのが習慣だが、今日は無理だ。

 何故なら——


「今日は草部さんにご馳走になってくるわ~」

 ——可愛い可愛い後輩からの依頼を、僕は断れないからだ。


「……どゆこと?」

 去り際に一瞬だけ見えた弥生は、口をポカーンと開けていた。




 そのメッセージは今朝、僕が夢から覚めた頃にやって来た。以前草部さんと交換したスマホの連絡先に、先週の放課後に草部さんがやらかした奇行についての謝罪が届いたのだ。

 そして、草部さんからの謝罪と共に、昼食をご馳走するから自分の悩みを相談させてくれないか、と頼まれた訳である。


 勿論、僕は彼女からの頼みを二つ返事で引き受けた。断る理由も無かったし、彼女から誘ってくれて嬉しかったというのもある。

 尚、昼食をご馳走になる件は、僕から言った訳ではない。草部さんが奢ると言って、引かなかったためだ。私の用意するご飯では不満ですか、なんて言われては、断れないというものだ。


 草部さん曰く、昼休みに屋上で待っているとのこと。

 相談内容を僕以外には聞かれたくないらしく、他人を呼んではいけないと言われている。相談相手が僕で勤まるのか疑問だったが、それを草部さんに言うと。

「先輩だから良いんです!」

 というメッセージと、怒った顔文字みたいなスタンプが送信されたので、それ以上追及するのは止めた。

 

 


「先輩、こんな所で奇遇ですね。どこに行くんです? 一緒にご飯しません?」

 教室から出て階段を上りかかった時、僕は1人の女子に声を掛けられた。

 振り向いた先にいたのは佐野さん。先日振ったばかりの女の子だ。にこにこしていて、今日はとっても機嫌良さそうに見える。

 ……って、1人? 珍しいな。


「佐野さん、いつもの2人は?」

「岡田と谷口です。いつもの2人だなんて、適当なまとめ方しないで下さい。」

「すみませんでした」

 佐野さんの眉間に皺が寄るのを見て、僕はすぐに頭を下げた。

 意外と友人思いなのかもしれない。

 

 僕の迅速な謝罪を見ると、佐野さんは溜息を吐いた。

「……まぁ、悪気が無いのは伝わるから、別に良いんですけどね……。彼女達には、頼み事をしているんです。……そんなことより」


 その瞬間、佐野さんの目の色が変わった気がした。心なしか、怒っている表情に見えないこともない。

「草部さんが屋上に行ったみたいなんです。今まで、教室で1人で食べていたのに、突然屋上に行くんですから、びっくりしましたよ……。それも、お弁当箱を2つも持って……」

「へ、へぇ……そうなんだ」

「そうなんですよ。さっき、この階段を上るところを見かけたんです! 屋上は、この階段を上った先にありますからね。……で、先輩も屋上に用事ですか? 先輩の方は、何にも食べ物持ってないみたいですけど……購買は1階ですよ?」


 この学校は、屋上で昼食を取ることを禁止していない。生徒の立ち入りは原則自由となっている。

 しかし、利用する生徒数はあまり多くない。利用者は、4月の頭がピークだと言われている。それも、入学直後で気持ちが浮ついている1年生がほとんどだ。1ヶ月もすれば、貴重な昼休みの時間を割いてまで、昼食の度に階段の昇降したがる奴なんて激減するためだ。


 つまり、5月頃に屋上まで行く奴なんて皆無に等しい。今日だって、恐らく僕と草部さんしか訪れないはずだ。

 こんな中途半端な時期に屋上で飯を食う奴なんて、教室ではできない様な後ろめたい話をする奴しかいない、というのが生徒間での暗黙の了解となっていた。


 半ば確信を持った様子で、佐野さんは質問する。

「草部さんと内緒の話があるんですね?」

「いや、それは言えない」 

 悩み相談の有無とその内容を他人にばらすことは、相談相手として僕を選んでくれた、草部さんへの裏切りだからだ。

「ハハ……それはもう、言ってるも同じことなんですよ、先輩」

 佐野さんは僕の返答に乾いた笑いを返すと、くるりと背を向け、一言だけ残して去っていった。


「草部さんとは、もう二度と会わないで下さい。先輩」


 振り向きざまに一瞬だけ見えた佐野さんの顔は、先刻ご飯を誘ってきた時みたいに、にこにこと嬉しそうに笑っていた。




「「いっただっきまーす!!」」

 屋上のベンチに腰掛けた僕と草部さんは、2人同時に声を上げた。


 草部さんが用意してくれた弁当箱は2つ。それぞれの弁当箱の中には、おにぎりが4つずつ入っていた。

 僕はその中の1つを掴んで、思いっきり齧り付いた。具には梅干しが使われていた。酸味に一瞬だけ口を窄めるものの、おにぎりをそのまま咀嚼し、飲み込む。やがて、僕が1個目のおにぎりを食べ終えた時、草部さんからの視線に気づいた。


 僕が草部さんの方へ視線を向けると、彼女はどこかほっとした様子で。

「お口にあったみたいで良かったです。先輩には何度もご迷惑をおかけしていますし、そのお礼です」

「お礼なんて……。先週のことなら、僕はもう気にしてないからさ。草部さんが気にしていたとしても、今回のお弁当で全部チャラだよ。めちゃめちゃうまいよ、これ」

 僕は2個目のおにぎりを食べ始める。今度の具材はわかめだ。


「母が良く作ってくれるんです。お弁当の時は、いつもおにぎりで……。今日のだって、母が作った方が美味しいんですけど……」

「えー今まで食べた中で、一番美味しいけどなぁ……。つまり、このおにぎり、草部さんが作ってくれたの!? ありがとうね、こんなに沢山!!」

 僕が素直に感謝を伝えると、草部さんは頬を赤く染めて、手を顔の前で横に振り始めた。

「い、一番!? そそそそそそんなお世辞なんてててててて止めて下さいよおおおお!!」

「? お世辞を言う必要ないでしょ、僕の本心だよ?」

「もおおおおおお!」

「ング!? め、飯が! 飯が喉に詰まるから、背中をバシバシと……叩かないで! 死んじゃう!!」 

 ちなみに、3、4個目の具はツナマヨと鮭だった。




 草部さんが冷静さを取り戻したのは、それから数分後。2人がおにぎりを食べ終えた頃だった。

「すみません。またしても取り乱してしまって……。これじゃあ先週の二の舞ですね。改めて、あの時はすみませんでした……」


 先程までもじもじしていた草部さんは、今は暗い顔をして頭を下げている。先程までの高揚ぶりが嘘のようだ。

 しかし、何度も謝られる程、草部さんが悪いことをしている様には思えない。僕は最初から、草部さんを責めるつもりはないし、謝罪にも興味が無い。

 僕が屋上に来たのは、そんなことが理由では無いのだ。


「もう気にしてないから大丈夫だよ。それより、僕に相談があるんでしょ?」

「あ」

 ……僕を呼んだ理由の半分を忘れてたらしい。


「おーい、草部さん? 用件、聞かせて?」

「え、あ、はい! 相談というのは、ですね……」

「うん。何でも聞くよ……ゆっくりで良いからね」

 草部さんが相談内容を説明し始めたので、僕は姿勢を直して、彼女の正面に移動した。草部さんの説明を聞き逃さないためだ。


「実は……」

「……」

 勿論、草部さんの悩みを確実に聞き取るため、無駄な茶々を入れない。目の前にいる1人の女の子の発言に集中する。

 この氷川銀介、一度言ったことに二言は無い。悩み相談をすると言ったら、全力で相手の相談に乗りまくってやろうじゃあないか。


「じ、実は……」

「……」

 今日は、風が全く吹いていない。僕らしかいない屋上に、草部さんの声がよく響く。その声はいつかの時みたいに透き通っていて、それでいて震えているみたいに聞こえた。

 まだ、僕に伝えることを躊躇っているな。


 それもそうだ。自分の胸の内を明かす行為なんて、誰だって怖くて当たり前だ。

 故に、僕はどんな些細な内容でも馬鹿にしたりせず、彼女の言葉に真摯に向き合う。それだけに集中しよう。


 僕は再び姿勢を正して、聞く姿勢を改めた。その瞬間、草部さんが息を呑み、目を閉じる。

 草部さんも悩みを打ち明ける覚悟を改めた、と言ったところか。


 草部さんが目を閉じていた時間は数秒に満たなかったが、再度開眼した時、僕には別人の様に見えた。何と言うか、先程までとは気迫が異なる様に感じられた。

 草部さんから感じる、今まで経験したことの無い気迫に、僕が圧倒されていると、彼女は厳かに口を開いた。




「ほ、放課後! ……一緒に、帰りませんか……?」




 この後、草部さんは俯きながらプルプル震え出し、僕が何を言おうとも、1回も口を開かなかった。到底、悩み相談じゃないだろと、突っ込める空気では無かったのである。




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