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第3話 表・昼休み・勘違い

 翌日の昼休み、僕は草部さんの教室に来ていた。


 勉強会を開いていた時、僕と彼女はある約束をしていた。テストが終わったら、ご褒美に2人で遊びに行こう、という約束だ。

 もっとも、今教室を訪れているのは、その件とは関係ない。偶々近くを通ったので、話しかけに来ただけだ。


 教室内の生徒は複数人でグループを作って、共に昼食を摂っていたが、その中で、草部さんの姿は一際目立っていた。

 草部さんが1人で昼食を摂っていたってのもあるけれど、男女含めても飛びぬけた長身。運動部で体を鍛えている生徒もいるだろうに、彼らと比較しても、頭1つ抜けて大きかった。……その背丈の1%でも、僕に分けてほしい。

 なんて、どうでも良いことを思案していたためだろう。声を掛けられる直前まで、僕は背後から近づいてきた人物に気づかなかった。


「……先輩? この教室に何か御用ですか?」

 振り向くと、そこには先日振ったばかりの女の子——佐野さんとその友人2人が揃っていた。

「もしかして、この間の告白の返事、撤回したくなりましたかぁ? 可笑しい話だと思ったんですよ、先輩が私を振るなんて。今ならまだ、引き返せまーすよ!」


 先頭にいる佐野さんと、彼女の左右に付き従う2人。一見すると仲良く見える彼女らだが、その表情はコインの表と裏のように、正反対である。

 佐野さんは元気一杯でご機嫌そうに見えるのだが、他の2人は親の仇を見るかの如き眼光を僕に向けている。


 ……察するに、2人はお腹が空いていて、不機嫌なのだろう。一刻も早く飯にありつきたいはずだ。

 それなのに、これから昼食を摂る直前に自分達の教室に先輩が——しかも先日自分達の友人を振った男が——来たらこんな顔になっても可笑しくない。

 タイミングが悪かったんだ。僕だって、お腹が減って余裕が無い時には、他人に優しく出来るかどうか怪しい。

 僕が後ろの2人に圧倒されていると、佐野さんは不安気味に声を発した。


「あの……先輩、黙ったまま見つめられると、ちょっと怖いです。さっきのは冗談ですから! 重く受け止めないで下さいよ~~」

 茶化した自分が悪いんですから、と佐野さんは困ったように微笑えむ。本当に良い人だ。性悪や女王様だ、なんて弥生は言ってたけれど、とてもそんな人物には見えない。


 しかし、佐野さんが僕に気を使うほど、後ろ2人の表情が険しくなっていく。仕方ないことだが、僕が長居することを好ましく思っていないんだろう。

 ……よし、決めた。


「いや、今日は草部さんに用事があっただけなんだ。先生に伝言頼まれちゃってさ。ごめんね、邪魔しちゃって。すぐ帰るから」

 嘘だ、用事なんて無い。

 用もないのに後輩の教室に遊びに来る先輩は、後輩から目の仇にされても可笑しくない。

 つまりこの時、先生の使い走りに使われている可哀想な、只の一生徒であれば、僕が非難される謂れはないはずだ。


「じゃあね、お三方」

 僕は教室へ向き直ると、佐野さんの返事を待たずに、草部さんの席へと足を運ぶ。

 彼女は俯きながら1人でもそもそと弁当を食べていた。近づく僕に気づく様子はない。


 人見知りで友達がいないと聞いていたが、正直ここまでとは思っていなかった。教室での彼女は、独特な近寄りがたいオーラを放っている。

 僕と勉強をしている時は——教え方こそ厳しくてスパルタだが——もっとこう……ふんわりとした、包み込むような優しい雰囲気を持っていた。良く笑う面倒見の良いお姉さん基質の女性で、全体的に明るいイメージだったが、今はまるで別人のように見える。

 失礼かもしれないが、今の彼女は全身から負のオーラが漂っているようだ。


「「…………え?」」

 一瞬遅れた後、僕の背後で、佐野さんとその友人2人が揃って声を上げる。

 しかし、彼女らは追ってこない。やはり、早く帰って欲しかったのかもしれない。


 彼女らの反応に安堵した僕は、やがて草部さんの座る席に辿り着くと。

「放課後、予定空いてる?」

「……ほえ?」

 昼食を詰め込んで、リスのように頬を膨らませた草部さんに、声をかけた。




 その日の放課後、僕と草部さんは2人で並んで、至って普通に街中を歩いていた。

 ……何故か彼女が挙動不審だと言う点を除けば、普通にだ。


 学校の昇降口で待ち合わせた草部さんは、先週からの勉強会で見慣れていた雰囲気を纏っていた。

 物静かで大人しく、口数が少ない。それでも言葉や所作の節々から優しさがにじみ出る女性。僕が思わず嫉妬してしまう程の優しさと包容力を持っている。


 しかし、学校の校門を出た辺りで、彼女の様相が突然変化した。

 口元を自分の両手で抑え出し、しきりに頬を掻いたり、そわそわし始めて落ち着きが消えた……。かと思えば、手足が動きが突然ピタリと止まる。

 再び歩き出したかと思えば、何か言いたいことがあるみたいに、口をパクパクと開閉するが、声は出ていない。


 そんな風に奇怪な行動によって、草部さんの様子がおかしくなってから数分後、何か悩みでもあるのかと、僕が一抹の不安を感じ始めた頃。

 やがて意を決した様子で、草部さんが口を開いた。


「きょ、きょきょきょ今日は良いてててって天気でででですねっ!」

「……」

 何を言いたいのかと、僕が疑問に思っていると、彼女は僕の返事を待たずに、一方的にまくし立てた。


「せせせ先輩は好きな天気は何ですか私は雨が好きです子供の時なんか雨が降る度にてるてる坊主作ってましたし雨水つい飲んじゃってましたねって私ったら何言ってるんでしょうかあはははところで話は変わりますが先輩は好きな天気はなんですか私は雨がす」

「怖い怖い、そのマシンガントーク止めようか。早口で何言ってるか分かんないし、話しがループしてる。……一旦深呼吸しよう、ね?」

 壊れたロボットみたいに、早口で言い募り始めた草部さんを、静かにさせるように促した。

 一瞬、聞いてはならない話が耳に入った気がするが、僕はその事実に気付かなかったフリをした。




 暫くの間ゆっくりと深呼吸すると、彼女は段々と落ち着いていった。

「……本当に、ご迷惑おかけしました」

「大丈夫だよ……って、このやり取りも既に10回目だよ」

「すみません……」


 先程の興奮ぶりが嘘のように気落ちした草部さんは、僕に何回も謝罪を繰り返している。深呼吸して我に返ってからは、ずっとこんな調子だ。

 草部さんは、何でも自分のせいだと思い込む節があるな。今回の件は、この場にいる者が原因ではないことくらい、少し考えれば分かるだろうに……。

 

「草部さんが謝る必要はないよ」

「いえ、私が——」

「全部弥生の自業自得なんだから、良い毒だよ。あいつも勉強する習慣付けなきゃいけなかったしさ」

「——悪い……って、え? 弥生……先輩?」

「つまり、弥生が今日補習受けてるのは、君のせいじゃないってこと。分かった?」

「……分かり、まし……た?」


 草部さんは優しすぎて、自責の念が強いのかもしれない。

 大方、自分が大人数と関わることが苦手だと言っていたから、僕が弥生を除け者にした、とでも思っていたんだろう。

 まあ、弥生がいたら彼女は緊張するだろうから、補習の有無に関わらず、呼ばなかったとは思うけれども。

 

「……え? もしかして、私だけ?」

 不意に、草部さんが小さな声で呟いた。

 やはり彼女は自分のせいだと勘違いしていたんだ。

「うん、気にしてるのは草部さんだけだよ……って、大丈夫? 突然頭抱えだして……」

「…………だ、だいじょうぶ、です……」


 草部さんにとっては予想外のことが起きたらしく、呆然としているのが伝わってくる。

 なるべく言葉を選んだつもりだが、相当恥ずかしかったのだろう。かなりパニックに陥ってたものな、同じ状況に陥っていたら、僕でも嫌だと思う。

 この話をこれ以上続けるメリットは無いな。話題を変えよう。


「そう言えば明日から休日だけど、勉強会のご褒美、どうしようか? 僕は思いっきり歌ったり体を動かしたいんだ~~。最近、運動不足気味だったからね! ねぇ、草部さんは何かやりたいこ」

「ない、です……。すみません! 私、用事思い出したので、ここで帰ります! ではーー!!」

「…………え? ちょっと!?」

 1度頭を下げて、草部さんは止める間もないほどの早足で、逃げるように去っていった。

 



 この時、前髪の隙間からちらりと見えた草部さんの頬は、真っ赤に染まっていた。夕日のせいなのか、それとも……。

「勘違いしたのが、そんなに恥ずかしかったのか……」 


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