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第2話 表・勉強・モテの秘訣

「ああ、お前はそういうところあるもんなあ」


 彼女と出会った経緯を聞き終えた弥生の第一声は、それだけだった。

 僕の話を聞いて、上から目線で物を言った挙句、けたけたと笑っている。チョップぐらいは食らわしても、良いかなと思った。

「何だよ、聞いてきたのは君だろう。他に感想は無いの?」

 弥生の人を嘲る様な態度に、僕は顔をしかめる。


 弥生に腹を立てた僕が不満を表すと、弥生は首を横に振る。

「嫌味のつもりで言ったんじゃないよ、銀介らしいなと思っただけさ」

「僕らしいって?」

「良い意味でお前らしいな、と」

「どういうことだよ、さっぱり分かんないよ」

「分からないなら、そのままで良いんだよ……って、痛い痛い! 無言でチョップすんな、こらぁ!! やめろぉ!?」


 弥生は両手で頭部を抑えて大げさにリアクションを取った。

 軽く頭を叩いただけだから、実際は大して痛くないだろうに。

 暫くの間、痛い痛いとウソ泣きしていた弥生だったが、やがて何か思いついた様子でこちらを直視して。


「その女の子の名前って何て言うんだ? 15歳ってことは、1年生なんだろ。俺の知ってる奴?」

「言ってなかったっけ、草部みくるって名前だけど」 

「聞いたことがあるような、無いような? うーーーん…………」

 弥生は首を上下左右に振り回すと、空を拝みだした。右手で頭を掻きむしりながら、思案する。

 思い出そうと苦悩した弥生だったが、やがて両手を天に掲げ、降参のポーズをとった。


「ダメだ、思い出せん。聞き覚えはあるんだけど、思い出せんなあ……その子に会ったことあるかな、俺?」

「うーん……ないと思う」

「だよなあ……でも、同じ学校にそんな名前の奴がいたはず……。何かヒントでもあるか?」

「そうだなーヒントかぁ。勉強が得意だな」

「銀介君よぉ、ヒント出すの下手だな、お前。せめて、容姿やら普段一緒にいる友人やら、そういう所を挙げろよ……学問なんて、俺は1ミリも興味無いんだからさ!」

「それは、学生としてどうなの?」


 思わず真顔で聞き返してしまったが、確かに弥生の言わんとすることは分かる。今のヒントは、適切だとは言い難い。

 とは言え、それ以外の話をして良いものか、正直僕は悩んでいる。

 それは、彼女が特殊な人物だからだ。語りすぎれば、簡単に分かってしまう。

 校内の有名人と言えなくもない。


 容姿や彼女の友人等について話せば、恐らく一発で分かるだろう。

 とは言え、答えだけ教えてもつまらない。

 僕はネタバレに配慮して、再度口を開く。


「彼女の学力は大したものだよ。何せ、僕の勉強教えながら、自分の勉強を同時進行できる程だからね」

「は?」

「その上で、今回のテストは全教科100点満点だってさ。令和の出木杉君だねーって茶化したら、1, 2時間も正座させられて怒られたよ。怖かった。声が滅茶苦茶低くて」

「ちょい待てや」

「……え、ええ? ど、どうしたのちょっと怖いよ、その目つき。」


 背中と服の間に氷柱を差し込まれた気分だった。図らずも、首を絞められたカエルみたいな声が出てしまった。

 僕は閉口して、恐る恐る目線を横にずらすと、弥生が氷の様に冷たい目で見ていることに気が付いた。

 理由は分からないが、どうしようもなく、彼が怒っていることだけは伝わってくる。


 彼は深呼吸して少しだけ落ち着きを取り戻して、ゆっくりと僕に話しかけた。

「お前さ、草部さんと勉強してたって、いつの話だよ」

「……別に、放課後だけど。丁度1週間、放課後の図書室で一緒にテスト対策してたんだよ。それがどうかしたの?」

 質問の意図が分からず混乱する僕に、弥生は再び問う。

「どうして、学年の違う彼女と一緒に勉強することになったんだ?」

「1週間前、道案内したって言ったでしょ。その時に意気投合してね、彼女から一緒に勉強しませんか、って……ねえ、本当にどうしたの? 何でそんなこと聞くんだい?」

「何故ってかあ……?」

 それにしても、このドスが効いた低い声、最近どこかで聞いた覚えがあるんだよな。どこで聞いたんだろう? 弥生か、それとも佐野さんか? もしくは……


 そこまで考えたタイミングで、僕は後頭部に軽い衝撃を覚えた。

「痛っ!」

 弥生に殴られたらしい。何故殴られたのか、理由が分からない。

 文句を言ってやろうと後ろを振り返ると、彼が足を止めて俯いていた。腹でも痛いのかと、僕が声をかけようとした途端、彼はその顔をバッと上げて。


「俺のこと呼ばねえで、楽しんでたからに決まってるだろが!!」

 近所迷惑な大声で、空へと吠えた。







 嫉妬に狂った弥生が喚き散らした結果、僕は缶コーヒーを奢ることで、彼の機嫌を取らされていた。

 暫くの間、ぎゃあぎゃあと騒がしかった弥生だったが、コーヒーをすすり始めると、やがて落ち着きを取り戻した。

 今は、ぶつぶつと僕への不満を零している。


「女子と遊ぶなら、俺も呼べよぉ。何でお前ばっかりモテるんだよ!?」

「その性格直したらモテるんじゃない? ……ていうか、僕と草部さんはそういう関係じゃないし、すぐにそういう邪推するから、君を呼ばなかったんだよ」

 弥生は一瞬押し黙ったが、すぐに調子を取り戻して僕に食い下がった。

 

「だ、大体な。お前がその勉強会に呼んでくれれば、俺は補習になる必要が無かったんだ。お前は誰にでも優しいんじゃあないのか、この裏切り者め」

 自分の怠慢を棚に上げて不平を漏らす弥生に、さすがの僕も言い返す。


「あのねぇ、君が赤点取ったのは僕のせいじゃないだろ。僕は皆を愛しているけど、甘やかしたいわけじゃないんだ。日頃から、勉強する習慣を付けなよ」

「うう、うるせー! 確かに勉強しないのは100%、俺が悪いけどよ、仲間外れにする必要無かったんじゃねーか!? 俺の成績がかなりピンチなの知ってるだろうが!!」


 何で僕が怒られてるんだろう。どう考えても、弥生の逆ギレでしょ、これ。

 弥生を呼ばなかった理由は大きく分けて2つあるのだが、その1つがこれだ。弥生は直情的な性格で、思ったことをはっきり言う悪癖がある。勿論、この性格が良い方向へ転ぶことはあるのだが、大抵は誰も得をしない結果になる。

 自分の感性をそのまま相手に伝えて、子供の様に下らないいちゃもんを付けてくることもある。

 僕は慣れているから良いが、こんな奴を呼んだら、草部さんが可哀想だ。


 しかし、そんなことを言えば彼の怒りを買うのは必然だろう。

 その代わりに、僕たちが弥生を呼ばなかったもう1つの理由を話そうと決めた。


「草部さんが言ってたんだ、他の人を呼ばないでくれって。友達がいないらしくて、知らない人がいると、喋れないんだとさ」

「うん?……あーー人見知りなのか、その子。でもさー、そういうお前だって、ほんの1週間前に会ったばっかじゃんか。何で俺だけ……って、ちょっと待て」

 弥生は何かに思い立ったように、両眉を上げ、口を開いた。


「分かった! 例の転校生か、背が高くてくせ毛がモサモサしてる地味目の!! ワカメみてぇな頭の女だろ!?」

 ……本人が聞いたらショックを受けるよ、その暴言。

「……正解だよ。先々週くらいに引っ越してきた転校生で、背が高いくせ毛の女の子……最後の一言は余計じゃない?」

「すみませんでした」 


 先程の興奮が嘘の様に平謝りする弥生に、僕は呆れた視線を向ける。

「ところで弥生、草部さんと知り合いだったの?」

「いや、そういう訳ではないが。例の3人組と話しているのを見た奴がいてな、校舎の案内をしていたらしい。俺はそれを見たと主張している友人の、そのまた友人から聞いたんだ」

 つまり、赤の他人が流していた噂ってことか。3人組ってのは、佐野さん達のことだろう。

 しかし、その噂は不自然だ。


「……なんかおかしくない? 転校生に校舎の案内をしただけで、噂になるなんて普通じゃないでしょ」

 僕の抗議に、弥生は眉をしかめて言葉を返す。

「いや、あの3人組だとむしろ当然というか……。それに、草部さんには友達がいないって、本人が言ってたんだよな? なら尚更あり得るというか……。うーん……」

「何があり得るんだよ」


 言葉を濁そうとしている弥生にストレスが溜まってしまったのか、僕は無意識に語気が荒くなっていた。

 高校2年生にもなるのに未だに髭が伸びない顎をさすりつつ、僕は目の前にいる友人を睨み付ける。


「…………しかし、確証は無いしな。あくまでも噂だし……お前、噂なんて下らないとか言ってたじゃんか」

 ……弥生はこの話を終わらせたがっている様に見える。僕は知りたいのに、何でそんなこと言うんだろう。

 コレは僕の友達だ。一生懸命に気持ちを込めたお願いなら、必ず聞いてもらえるはずだ。


「下る下らないは、僕が決めることだ。お前は今、聞かれたことにだけ答えれば良いんだよ」

「! ……はあ、仕方ないな」

 弥生は一瞬肩を跳ねさせた後、俯いて溜息を1つ零す。

 ほうら、やっぱりだ。一生懸命お願いしたら、言うこと聞いてくれた。予想通りだ。

 僕は想定通りの結果に安堵して、彼の発言を聞くことだけに集中する。

 

 弥生は僕と目を合わせて、言った。

「草部みくるが佐野静香らに——」







 結論から言うと、弥生は大したことを話さなかった。

 僕は帰宅すると、それだけを日記に書き記して眠った。




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