2. 管理人的少し奇妙な冒険
とある日の朝。
健は痛みを訴える肩とともに目覚めを迎えた。
ここ最近、質の良い睡眠をとることができていない気がするなあ~。
溜息を吐きながら昨日までの生活習慣を思い出す。
4時に起きて、朝ごはん食べて、6時から業務を始めて・・・・
うーん・・・。原因が分からない・・・。
しいていうなら、少し寝つきが悪いくらいか。
いつもは布団に入ってスーッと眠りにつけるんだけど。
寝苦しい、体調が悪いというよりはテスト前の焦燥感に近い。多分。
明日何かあったような・・・なかったような・・・って感じ。
そう言うときってたいてい何かあるから困るんだよねえ~。
「今日は遅延無っと・・・」
キュキュッと紙のホワイトボードにこのマンション周辺の駅と、運行状況・時刻を手書きで書いていく。
少しでもみんなの役に立ちたいと思い、働き始めから取り組んでいる試みの1つだ。
(なぜかこの周辺では遅延や思わぬトラブルが頻発する。)
「あ・・・違う、間違えた。この駅は今5分遅れか・・・」
周辺駅が2つとバス停が2つあるため、時間がごっちゃになってしまった。
急いでもう一度公式のHPの時刻と照らし合わせる。
「うむむむ・・・ここは・・・何分・・・??『ぅ・・・ゅぉ・・じゅぅご』・・・15っと」
最後の時刻を書き記し、キュッとペンにキャップを被せる。
これは少し、巨匠に相談かなあ。
どうして場所を厭わず、汚部屋でも何でもどこでも眠ることができるんですか?ってね。
見習えるところは見習わないと!
一応尊敬すべき師であり、管理仲間であり相棒であるわけだからね。
ん?本当に尊敬しているのかって?
してるに決まってるじゃあないか!
さて。今日は昼に一軒内見の方が来て、あと、今日は粗大ごみの回収もあるからその見張りもしないとな。
「よし!気合入れていくぞ!!」
受付を前に、後ろに通路という形で立っていた健。
両頬を軽くパンっと叩き喝を入れ、おーーー!!と掛け声を心の中で言っていたら、声に出ていたらしい
「元気ね」
「あ・・・!」
足音がしなかった。
・・・・というのは言い訳。
普通に気が付かなかった。
何たる失態。
「おはようございます!いってらっしゃい!」
「いつも電車のやつ、ありがとう」
「いえいえ!」
「ふふふ・・・行ってきます」
笑顔でOL?の姉さんを送り出した。
・・・・・うむ。怪我の功名ですな。
ーーーさらに数日後
寝てはいる。寝てはいるのだが、不快感は消えない。
起きたら覚えていないのだが、起きた瞬間、また忘れてしまったという衝動に駆られる。
虚脱感。
それだけを覚えて起床するのだ。
起きてしばらくすると、焦燥感が常に体を蝕み、日に日に ツキリ と胸の痛みが増している・・・ような気がするようなしないような。
「いつもポンやりしてるけど、今日は一段とポンやりだなあ」
と、こんなことを毎朝7時に受付前を通る、爽やかなサラリーマンパパに言われた。
ポ・・・ポヤ!?
他人に言われると、自分で自分にダメだと認識するのとは違ったものがある・・・!!
ショック!!気にしてるのに!
サラリーマンパパは昨年結婚したばかりの新婚さん。
でき婚したわ!と僕に軽いジョークをぶつけてきたときはびっくりしたのを覚えている。
って考えている場合じゃなかった!
気を引き締めねば!
そういえば、先日のお姉さんがマンションに帰って来た際、
「駅に着いてから事故が起こった。15分の遅延だった」と言われた。
たまたまか不幸中の幸いか。
どちらにせよ自分のポンやりがポンやりしててごめんなさい。
お姉さんは気にしていなかったけど。
僕は気にする!
受付に立ちながらうぬぬぬ。と唸る僕。
まあ、そんな状態でも手を休めないのは、僕も仕事が板についたからだと思う。
自画自賛しちゃうくらいにはもう働いているからね~。
少し気分が上昇中だった健。
そんな健に声を掛ける人物が一人。
「お、健か?何そんなところでポヤポヤしてんだ?」
どこからどうみても手は動いていたのに遠回しに仕事をしていないと指摘された。
しかも数分前のデジャビュを感じる内容。
声の主に心当たりがあった僕はバッと顔をその人物に向けた。
「相変わらずだなあ~。あ、ちなみにこれは褒めてんだからな!」
さっぱりとしたおきれいな御顔に見合ったサラサラのボブ。
少し酒焼けしたようなハスキーボイスが特徴的なこの御方は・・・・
「・・・・さっき旦那さんに同じこと言われました・・・・。」
そう、あのサラリーマンの奥さんである。
「ふはははははは!!私たちは気が合うからなあ!!はははは!!!」
豪胆な彼女と、破天荒な彼。
繋がるべくして繋がった夫婦だ。と、常々感じていたが、きっとこういうところなんだろうな、と。
このマンションは個性的な人が多くて大変だ。と、手のかかる子供をみる母親のような気分になる健であった。
むろん住人が健の事を面白い少年、ある意味ペットのように感じていることを本人ばかりが知らないのである。
とある不動産屋のホームページにて。
特記事項
・ー--
・ー--
・管理人付き
コメント
管理人(癒し系・天邪鬼系)常駐
貴方はどっち派?
-----------
-------
---
「最近調子出なくてさ〜。カクカクシカジカなんだけどどう思う?巨匠ー?」
「ホームシックじゃね?知らんけど。」
「もー鼻ほじりながら聞かないで頂戴ー。」
「お前さんから話そうって気概が感じられんのだが?」
覇気のない返事に覇気のない突っ込みが入る。
巨匠の部屋に転がり始めて早2時間。
何となく、一人でいるのが嫌でずるずると就寝時刻を延長してしまっている。
「うーん。こっちの流れる感じがええか、それとも燃えるさかる炎のような感じがええんのんか・・・。」
「全然聞いてくれてないし・・・。」
巨匠の布団・・・はもうすでに汚れている気がして気が引けたので、使ってないと見た座布団を並べてゴロゴロしながら目の前の様子を見つめる。
筆を片手に数珠を握り締め、何やら札を書いているらしい。
たまに変な動きをするから見ていて飽きない。
「下か・・・否、上か???」
コロコロ・・・
紙を眼前に持ち上げ、体をくねくねしたした拍子に、筆が転がってきた。
何とはなしに拾い上げ見つめる。
「封・・・??読めない?」
持ち手の部分に文字が掘られた質素な筆。
漆がとてもきれいに塗られている。
「ねねね。巨匠これ何??」
「おおお!!ピピッと来たぞ・・・!!・・・・?なんか言ったか?」
「これこれ~なんか文字ついてるやつー。」
「んあ?・・・・そりゃあれだ。封印するやつよ。」
「封印?」
巨匠が手元から一瞬目を離し、僕の方を見る。
この掘られている文字は封印だったのか。
・・・?もう少し複雑そうな漢字なような気がしなくもないけど。
「昔は封魔師が使っておった奴でな。今となっては何もできないただの筆よ。」
彼の手元に視線を落とす目が寂しそうに伏せられる。
「まあ、時の流れなのよ。」
仕方ないんじゃ。と。
らしくもなかったかと鼻をこすった。
「巨匠はものを大事にする人だからね。この間も使い古して、もう流石に無理だろってやつしか捨てなかったし。」
「・・・ふん。言葉がうまいな。どうせただの貧乏性じゃ。」
そういうと巨匠は静かに周りに散らかっていた道具たちを片付け始めた。
「ふふふ・・・・しんみりしてるところ悪いけど、いらないものはちゃんと捨てるんだよ?」
「・・・・(騙されんかったか)。」
「はい。ゴミ袋。」
「・・・うむう。」
その後同じようなやり取りを数回。
さり気なく断捨離のアドバイスを強要したのち、ようやく部屋に戻る健であった。
部屋に入り、ふと手元に目をやる。
なぜ今の今まで気が付かなかったんだろう。
「あ、しまった。なんか筆持って帰ってきちゃった!」
年を感じる古めかしい筆。
手に握りしめたままどうやら持って帰ってきてしまったらしい。
まあ、持って帰って来てしまったものはしょうがないな。
「明日巨匠に返そ~。今日はもういい感じの眠気が・・・・ふあああ。」
そのまま眠ってしまった健。
机の上に置いた筆がひとりでにコロンと動いた。
------------------
「あれ・・・・??」
早朝の冷たい空気に頬を撫でられ目を覚ます。
寝ていた姿勢から起き上がり手元を見た。
「どうしてこんなところに??」
手に茶色い欠片。
カラッと乾いたそれは手から出た垢というには硬く、形作られていた。
「綺麗だなあ・・・。」
どこからやってきたのか、もう夏の便りか。
そこにはセミの抜け殻が収まっていた。
そっと机に置いて、頷き、のび~をする。
窓を開けて頭をシャキッとさせよう。
窓をがらりと開ける。
と、その時、視界に入るのは緑。
サッと己の武器を構える洗練さに感嘆し身震い。
「う・・・うちゅくしぃ・・・!!」
幼い頃から大好きな昆虫。そうカマキリさんがご来窓なされていたのである。
-----------
編集中
-----------
僕の働いているマンションから実家まではおよそ5時間。
電車を乗り換え、バスで田舎までの道のりをたどる。
日帰りするには厳しい距離なので、昨日のうちに、実家には泊まることを告げていた。
ガタンゴトン・・・ガタン・・・タタタ・・・
電車の音が焦る心を落ち着かせる。
一応、巨匠には例のことについて、相談に乗ってもらった。
話を聞くに、感じる虚脱感や焦燥感は、怖い話に関係ないらしい。
捨てた壺などが影響を与えるとしたら、もっと分かりやすい形で影響が出るからだそうだ。
例を挙げると誰かに見られている。体が重くなる。
人格が変わる。
などなど。
景色が流れる。
銀色の長方形の建物の代わりに緑が映り込む。
久しぶりに帰る気がする。父さんと母さん元気かなあ~?
3ヵ月ぶりくらい?
連絡は取ってたし、たくさん仕送りも、お手紙もしてくれた。
そもそも、16歳の僕を独り暮らしさせてくれること自体すごいことなんだけどね。
めちゃくちゃ心配してくれていたけど、送り出してくれて。
あ、だめだ。ちょっとウルッと来ちゃった。
*****
懐かしい夢を見たような気がする。
ぼんやりとして、でも暖かくて。
誰かと会話していたんだ。
僕は今の半分くらいの背しかなかったんじゃないだろうか。
そ・こ・の景色が随分と大きく見えた。
懐かしい。
それだけじゃない。何か、大切な何かを忘れているような。
何だろう。覚えているはずなのに、もやがかかってはっきりと思い出せない。
だが、これだけは分かる。
「ああ・・・・あそこに行かないと・・・僕を待ってる・・・」
場所もわからないのに。
地図も浮かばないのに。
行かないと・・・・どこに?
呼ばないと・・・・誰を?
約束したんだ・・・何を?
******
日が真上から少し傾いてきた頃。
「着いた~!!!!」
マンションを出たのが午前9時。
途中眠ったりもして、ようやく目的地にたどり着いた。
秋もそろそろ近くなり、少し標高の高い僕の実家の山々では紅葉が始まっている。
実家は山に囲まれた盆地にある。
別荘などが周囲に何件かある、高級住宅街もあるのだ。
まあ、高級住宅街ではないんだけど。
現在14:00
早速持ってきたものを降ろして、整頓しなければ!
平日だったこともあり、両親はまだ帰ってきていない。
自分の部屋に着替えなどの荷物を置きに行く。
ドスッ!
「い・・・意外と重かったな・・・」
懐中電灯とか、意味もない漫画とか持ってきちゃったからな・・・・道中暇だ!!って思ったから・・。
とりあえず漫画の入れ替えはしないとな!
懐かしい漫画持って帰っちゃおっかな~?
リュックから着替えと、漫画を出す。
向こうで買ってきたお土産を、父さんと母さんに渡さなきゃだから、リビングに持っていくとして・・・
順々に持ち物の確認を行っていく。
「ん??」
ふと、何かが気になった。
視界の端。
スッと立ち上がって、戸棚に近づく。
中学の頃の教科書や、集めていたお菓子のおまけのフィギア。
規則性がなく、性格を表すような戸棚の教科書と教科書に挟まれて埋もれていた1冊。
少し黄ばんでいる自由画帳だった。
ほとんど埋もれて見えなくなっていたにもかかわらず気が付けたのは、もうそういう定めだったのだと考えるのが、普通だろう。
「これは・・・?」
パラリと開く。
黄ばんで、教科書に挟まれて少しページがぐちゃぐちゃになっているものの、しっかりと絵が描かれていた。
きっと小学生の時に描いたのだろう。使われていたのはクレヨンとクーピー。
グーで握ったかのような濃い筆圧だ。
「・・・っ」
初めのページに描かれていたのは、神社と、僕と、何か。
次のページに描かれていたのは何かと花。
さらに次のページに描かれていたのは何かと虫と僕。
何かと・・・何かと・・・
ページのほぼすべてに何かは描かれていた。
春夏秋冬
どのページでも、僕は笑顔だった。
「・・・なんで忘れてたんだろう?」
笑顔いっぱいの僕。
やっとわかった。もやもやの正体。
僕の寂しさの代わりの暖かさは、この自由画帳が当てはまるんだな。
僕の大事な思い出。
・・・・行かなきゃ
とりあえずリュックを背負い、自由画帳を片手に勢いよく家を飛び出た。
右・・・左・・・
「ハッ!ハッ!」
久しぶりに走るから、肺が痛む。
脚は勝手にそこに向かう。
道路を曲がり、田んぼを抜け、藪を抜けた先。
巨大な杉の木。白いしめ縄が一周括りつけられている。
開けた空間。そこだけ背の高い草木が生えていない。
誰かが手入れしているのだろう。
あと少し・・・・あと少し・・・!!
巨大な杉の木をぐるりと回る。
そこにあるのは、二股に分かれたよくわからない広葉樹。
小学校の頃であればスイっと行けただろうが、何分成長期が僕の背丈を2倍ほどにしている。
木の間に空いた穴は直径1mほど。
少し窮屈でずりずりずり・・・と音を立てながら、ようやく潜り抜けることができた。
むわっと、嫌な空気が僕の肌を撫でた。
甘い香りが木を通り抜けた瞬間鼻をかすめるようになる。
「あ」
ああ。このにおいは・・・
そう思った瞬間、意識が遠のいていくのが分かった。
ーーーー
ーー
ー
「・・・誰だ」
「何故来たのか」
「来てくれたのか」
「覚えていたのか」
「忘れずにいてくれたのか」
「もう、誰も来ることはないと思っていた」
ー
ーー
ーーーー
ハッと意識が覚醒する。
僕は、二股に分かれた木を抜けたところで倒れていたようだ。
焦ってスマートフォンで時間を確認する。
時刻は15:10
そんなに長い時間倒れていたわけではないようで安心した。
スンスンと鼻を動かす。
目が閉じる前に感じたあの甘い香りは、もうしなくなっていた。気のせいだったのか。
何となくだが、幼い頃はよく嗅いでいた気がする。
「・・・・思い出した」
自由画帳に書き留めた思い出が次々に湧き上がってくる。
映像で、流れてくる。
冷淡で、人間味を感じないあの声も。
どんな会話をしたのかも。
きっかけは何だったか、唐突にここにこなくなった原因も。
思い出したからには、僕には何かを攻める権利があると思う。
「・・・なんでいきなり思い出さないようにしたの」
返事はない。
「なんで僕の前からいなくなろうとしたの」
足元に咲いた白い花が、僕の動きに合わせて音を鳴らす。
理由は本当は分かっていた。
「約束・・・したよね」
相手から何かこちらにアクションを起こす気がないらしい。
だが、僕は確信していた。何かはここに居ると。
風もない。動物の鳴き声も気配もない。
この異様な空間は、当時感じていた空気と何ら変わらないからである。
まるで何かを封じ込めるように。
ひっそりと、息をひそめるように。
「・・・もーーー!!いいもんね!」
君がそんなに臆病だとは思わなかった!!もう何て言ったって聞かないからね!
「もう後悔しても遅いからね!!」
僕は花が潰れるのも厭わず、ずんずん歩いて行った。
どこに向かっているのかって?
そんなの決まってる。
寂れた神社と思わしき本殿。その中だ。
いつも本殿の前の境内で、僕が語りかけていた場所。なかなか姿を見せない、僕の大切な何か
バン!!
勢いよく、長年閉ざされていた本殿の扉を開ける。
そこに何かは居なかった。
否。
見えなかっただけ。
ちゃんとそこで僕の事を注意深く観察している気配を感じた。
「・・・僕が思い出せなかったら約束破ることになってたんだからね」
ドスドス遠慮なく足を踏み入れる。
寝床なんか、僕の靴の裏の田んぼのタニシの卵で汚れればいいんだ。僕知らないしー!!
本殿の中は板張りの床。
奥に祭壇のようなものが置いてあることが分かった。
右手のスマートフォンと、左手の自由が長を武器に恐る恐る近づく。
盾のように顔の前に翳した自由画帳から、恐らく当時何かこぼしたのだろう。
経年劣化した本の匂いに混ざって不快な匂いも紛れていた。
何故これを左手に持ってしまったのか、少し後悔した。
僕は注意深く周囲を見渡す。
本殿は広く、奥の祭壇近くは外からの光がほとんど通らず、足元に何があるのか、はっきりと確認できない。
『一緒に行こうよ!』
『いかん』
『なんで!』
『うるさい』
『一緒に行きたい!』
『・・・行けない』
『なんで!』
『・・・ここから出ていけない』
『なんで!』
『うるさい』
『なんで!』
『はあ・・・・体が動かんならしょうがないだろう』
何を探すべきなのか。
何かの本体を見たことは一度もない。
「うーん・・・。どこだ??どこにある??大人しく出てきなさーい!」
僕は語りかけるように、慎重に何かの本体を探す。
やっぱり、子供のなんで攻撃って効くんだよなー。なんて僕はニヤニヤしながら先ほど思い出した思い出を反芻する。
それにしても反応がない。
「もー!懲りないんだから!!」
ずりずりと壁に沿って前進する。
決して怖かったからじゃない。
真ん中は神様の通り道とか聞いたことあったからだ。
迷路で左手の法則とか、そういうあれだ。
「大人しく出てきなさーい!貴方は完全に包囲されているー!!」
そんなことを言っていたからだろうか。
祭壇にたどり着く前。それもどちらかというとまだ序盤で、そんなにカサ上げをしていなかった床が抜けた。
バキャ!
「な・・・何!?」
本殿は見るからにボロボロで、打ち捨てられた寂しい建物となっていた。
床はギシギシ・・・ミシミシと音こそしなかったが。
・・・不思議だ。
幸い、そんなに高さはなかったため捻挫するといった事故は起こっていない。
しかし。
「な・・・!!ハマっていやがる・・・!!ぬーん!!」
ハマっていた。
綺麗にハマっていた。
ふくらはぎの膨らみと、捲りあがったズボンの布が綺麗に空いた穴にフィットしていた。
僕は自由画帳とスマートフォンを近くに置き、両手で左脚の救出を試みる。
・・・・抜けない。
もう一度。
・・・・抜けない。
その後も幾ばくかトライアンドエラーを繰り返した。
しかし、本当に抜けないのだ。
まるで何かが僕をここから逃さないと言わんばかりに。
「ふがぬぬぬぬぬ!!取れなーい!!取れない!!取って!!足無くなっちゃう!!早く!」
僕はとっさに何かを言ったようだ。意識していなかったため、何を口走ったのかは覚えていない。
焦っていたのだ。
すると、
チカチカ
右手に置いてあったスマートフォンが点灯した。
何かメッセージが届いたようだ。
「もう!!今はそれどころじゃない!!」
僕は母さんか父さんからだと思った。
なので、それを無視して脚に意識を注ぐ。
右回転はできる・・・左回転もできる・・・でも抜けない・・・!!!
チカチカ・・・・チカチカ・・・・
視界の端で何度もメッセージが届いたことを告げるスマートフォン。
いやに主張が激しいな・・・・
気が散るので、仕方がなくスマートフォンを手に取り返信しようとする。
”足を動かすな”
”抜いてやるから大人しくしろ”
”だから動くなと言っている”
おや?
文字を見て、思わず動くのをやめ、尻をあげ、挟まっている脚に全体重をかけてしまった。
立ち上がろうとして片足(ほんとは逆の足で立つつもりだった)に力をこめる。
バキャ!
ぐるぅぉ”お”ぉ”お”
デジャヴュを体感しながらも、やっちまった感が足の感覚から伝わってくる。
踏んだ。
確実に何かを踏んだ。思いっきり。
ふうっと天を見上げる。
ヴァギャァァ!!
「ふうううう!」
もうここまで来たら関係ないね。
することは変わらない。
「ごめん!踏んだ!」
とりあえず謝るくらいしかすることは無いね。
編集がりがりします。