6,
「知り合いなの」
私は呆気に取られて、二人の様子を見つめた。
「うん、そうなんだ。僕とヒューイ様は、同じ公爵家だから小さい頃から知っているよ」
「えっ!!」
私が目を丸くする。
「小さい頃からって……」
「まずは、カフェリアに入ろうか」
ヒューイが飄々と入っていく。
「大丈夫。驚くことはないよ」
エドモンドはそう言って私の肩に手を添えてカフェテリアへと入っていく。私に抵抗をする余地はなく、二人の関係は何なのかと思いながら、押されるまま進んだ。
私の隣にエドモンド。前にはヒューイがいる。
「ヒューイ様。今さら、エドモンド君はやめてくださいね」
「なら、俺も同じことをお願いするよ」
静かに笑いあう二人を見て、私は目をぱちくりするばかりだ。
「あの、二人は……、知り合いなんですか?」
おずおずと問う。
「ごめんね」
エドモンドが申し訳なさそうに笑う。
「そういうこと」
ヒューイが涼しい顔で口角をあげる。
「あの……、小さい頃からとはどれぐらいから、ご存じなんですか……」
私の心臓が跳ねる。
エドモンドがヒューイに視線を投げる。ヒューイは小さくうなづいた。
「ヒューイが、公爵家に養子に来たころからだよ」
この時ばかりは私の方がはっとする。
「じゃあ……、私とヒューイの関係も、エドモンドは知っていたの」
「うん」
伯爵家に行ったばかりということは……、まだ、私がわがままを言っていたころだ。
私は、ぼっと顔が真っ赤になる。私にとっては恥ずかしい黒歴史を思い出す。
「マリア、ごめんね。僕は実は外国に留学していたんだ。それでこちらの編入手続きのごたごたもあって、合流することが遅れてしまってね」
「ああ、それで、エドモンドは入学式に間に合わなくて、しばらく経ってから見かけるようになったのね」
入学式に間にあわず、いなかったことを思い出す。
「僕がヒューイに泣きついたんだよ」
「泣きついた?」
私は小首をかしぐ。
「そこまで大げさではないだろ。ただ、お願いされただけだ」
ヒューイがそこで口をはさんできた。
「気持ちを代弁すれば、泣きついただよ。ヒューイ」
「気にすることはないさ」
「それでも、僕を気遣って、下級生の教室に足しげく通ってくれたんだよね」
「まあな」
ランチを口に運びながら、ヒューイは淡々と答える。事務的で、感情が読めない。
私だけ話が見えなくて困ってしまう。
「まだ分かんないのか」
ちらりとヒューイが私を見据える。
「わっ、分からないわ」
はあ、とヒューイがため息をつく。
「頼まれたんだよ。エドモンドに、俺は……」
「えっ?」
「マリアに、悪い虫がつかないようにってさ」
私は見開いた目を、瞬きも出来ずに、ヒューイとエドモンドを交互に見つめた。
「マリア。僕が君を見染めたのは、ヒューイが公爵家に養子にきて、僕と姉が遊びに行った時に、お兄さんにべったりくっついている君と会った時なんだよ」
あわあわと私は声もなく、口が動いてしまう。
思い出す。
幼い頃、ヒューイに会いたいと駄々をこね、おじいさまとおばあさまの家に頻繁に出入りしていた。お兄様しか当時は興味が無くて、幼い私は、お兄様のお嫁さんになるんだと本気で思っていた。
それくらい兄が大好きで……、他の人なんて眼中に入らなかった。
養子に出たって、兄とは一緒にはなれないという現実を知り、大泣きして、私はすべての記憶を封印したのだ。
「今でこそ、ヒューイがマリアを追いかけているけど、それこそヒューイが公爵家に養子に来た頃は、マリアがヒューイのそばから離れなかったよね」
私はかあぁぁっと赤くなるやら、青くなるやら、目が回る思いを味わう。
「どっ、どうして……、そんなことをしっ……、知っているんですか!!」
「僕も君と会ったことがあるからだよ。マリア。何年も前だから、忘れてしまったんだね」
エドモンドは少し寂しそうに微笑する。
「違う、違う。エドモンド」
ヒューイが手を振る。
「マリアにとっては、俺と仲が良かった時期は、思い出したくないんだよ。お兄ちゃんが養子に行くと泣いていた自分なんて、恥ずかしくて思い出したくないから、色々まとめて記憶の彼方にとんでってんだ」
涼しい顔のヒューイ。
困った顔のエドモンド。
真っ青な私。
三人三様の顔で、空間は凍り付く。
母は公爵家の一人娘だった。学園で見染めた伯爵家の男性と添い遂げる条件として祖父は一つ条件を出した。
『子供が二人以上生まれたら、長子を公爵家の養子に出すこと』
そうして、母は想い人と添い遂げることができ、私が産まれ、弟が生まれ、伯爵家が安泰したところで、約束通り、兄のヒューイが公爵家へと養子に入ったのだ。
そう、私とヒューイは学園では誰も知らないけど、本当は実の兄と妹なのだ。




