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 はたと気づくと、恥ずかしいのは私だけじゃないようだった。二人でもじもじと額をつき合わせるように恥ずかしがっている。


「ごめん……、僕も余裕あるふりしてるだけだから……」

 エドモンドのかすれた声に、私もきゅんと小さくなる。

「私も……」


 もう一度おずおずと顔をあげる。ふっと目が合って、今度は口元がほころんだ。

 

「私……、あなたが好きよ」

「あっ……」


 私の言葉に、エドモンドが口元に拳を寄せる。

「先に言われた」


「あっ、でも、この前……」

 私の視線が、空間をぐるっとまわって、もう一度エドモンドをとらえる。

「『好きな子がいて、参加してたら』なんて言っていたじゃない……」


「まあ、ねえ。実際、名前を言わないなら、さらっと言えただけだから……」

 目線が斜め上を泳ぐ。

「僕も、マリアが好きだよ」


 改めて言われて、私はふわっとして、頬に両手を寄せて、熱くなって、俯いて、目線だけエドモンドへ向けた。


 エドモンドは、拳を口元に寄せて、目線を左に寄せて、かなたを見つめていたけど、私の視線に気づいて、こちらを向いた。拳をおろして、机におく。


「好きだよ……」

 エドモンドが、もう一度言った。


「……私も」

 小さな声で答えていた。


 相思相愛とは、もっと華やぐように、蝶が飛ぶような喜びがあると思っていた。

 本物の相思相愛が、こんなにも気恥ずかしくて、じれったくて、目が潤んでしまいそうなぐらい体が火照ってくるものだとはじめて知る。


 互いにお茶を飲みながら、恥ずかしがりながら、時折目線を絡めて、ふと口元がほころぶ。そんな些細なやり取りだけでも、体中がうれしかった。


 店を出て帰宅の途へつく。馬車を待たせている学園に戻る。

 エドモンドがすっと手を差し出した。


「手を繋ごうか」

 廊下で見ていた彼の手なのに、実際に差し出されるとどうつかんでいいか分からなくなる。

 彼の小指をつまむ。中途半端な私。


 彼の手が動く。大きな手が手首にさわっと触れて、私の指がびくっとしたら、大きな手が私の手を包んでいた。


「行こうか」

 これでいいんだ。そう思って、私も彼の手を柔らかく握りかえした。


 学園で馬車に乗り込み、屋敷に戻る。それからのことはぼんやりしていてあんまり覚えていない。自室のベッドにの転がるまで、その日の記憶はどっかへと飛んで行ってしまった。


 両想いという言葉が手のひらに落ちてきた。信じられなくて、顔を覆って、ベッドの上で二転三転していた。うれしくて、死にそうだった。


 ヒューイにも、堂々と恋人だと紹介できる。もう、彼に付きまとわれる心配もなくなった。どうだと自慢してやるんだ。


 そう思うと、にやけた顔が収まらなくなり、そんな不埒な顔のまま私は夢の世界へと落ちて行った。


 恋人になって最初の朝、学園で顔を合わせる。

「おはよう」

 エドモンドはいつも通りの表情で、ふわっと笑う。


「おはよう」

 私もふわっと誘われて笑う。


 昨日までの私たちとは違う。私たちだけが知る事実を知らない他の人から見たら、ただへらへらしているようにしか見えないかもしれない。

 幸せ……、というより、照れくさくて、笑うしかなかった。


 午前の授業が終わる。エドモンドと一緒にカフェテリアへ向かう。


 たいていカフェテリアの空間にはヒューイもいる。同級生と談笑している姿はよく見ていた。

 互いに近づくことはもうなく、私の同級生の方が彼と言葉を交わしている。


 すれ違うことさえなければ挨拶もしなくなった私たちは、もう相手のことを半分忘れかけている。なんて思っていたのは、どうやら私だけのようだった。


 カフェテリアの入り口で、ぱたりとヒューイと出会った。

 私の横には、エドモンドがいる。

 ヒューイの横には、三人ほどの同級生らしき男子生徒がいる。


「ごきげんよう、ヒューイ」

「久しぶり、マリア」


 堅苦しい挨拶さえ済ませれば、どこぞへと去って行ってくれるだろうと思っていた私は甘かった。ヒューイはよそ行きの笑顔で、私の前に立っている。

 なにを期待しているのか、大方予想がつく。彼は私の横にいるエドモンドが気になるのだ。


 周囲の生徒たちが私たちの横を避けるようにカフェテリアに入っていく。言い知れぬ悪寒が私の背にじわじわと嫌な汗をもたらす。


 ヒューイの横から、同級生が顔を出した。

「ご執心の伯爵令嬢ちゃんだね」


 ぞわっと私の背に鳥肌が立つ。ご執心なんて表現は生理的に受け付けられない。


「俺ら先に行くよ」

 一人に肩をポンと叩かれたヒューイも軽く手を振り応える。

「どうぞ、ごゆっくり」

 彼の同級生らしき数人は先にカフェテリアへ入って行った。


 ぎりぎりと見つめ合う時間は、四足獣がにらみ合う様相だ。追い詰められているのは私だけで、ヒューイは飄々とし、余裕をありありと見せつける。


 私はいたたまれなくなり、エドモンドの腕をつかんだ。

 ヒューイとのにらみ合いを、どのようにとらえていたのかはうかがい知れないけど、エドモンドは肩を引かれ、体を斜めにして、瞬きをする。

「今日は、恋人のエドモンドと一緒にランチなの。邪魔しないでね」


 膨れながらも言えた。ほっとした。


 するとヒューイはさっと手を出した。

「エドモンド君。マリアがお世話になっております」


 エドモンドが、「マリア、ごめんね」と言うと、私の手をそっと押しのける。


「御無沙汰しております。ヒューイ様」

 エドモンドがヒューイの差し出した手をぐっと握り返した。


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