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3,

 放課後、私はヒューイの教室に訪ねて行った。

 教室の出入り口に立ち、彼の同級生に訪ねてきた旨を告げ、廊下に呼び出してもらう。


「ランチを一緒に食べたい同級生が現われました」

 開口一番、要件を端的にぶつける。


 ヒューイは涼しい顔だ。

「おめでとう。では次に会う時は、紹介してね」


「あなたがいると誰もが気後れするの。少しは控えていただけないかしら」

 ため息交じりに本心を告げた。そろそろ引いてほしい。


「僕が行くと迷惑なんだね」

「前々から言っての通りよ」


 憮然と私は言い放つ。入学したての新入生に上級生がどのように見えるか、無頓着すぎると本来は言いたい。


「君はそれでいいのかい」

「もちろんよ」

「僕は少し寂しいかな」


 ヒューイが少し沈んだ表情を見せる。歪んだ眉をそのままに口元だけ笑むと、普段はうかがい知れない彼の表情がとたんに寂しげに見えた。


「ごめんなさい」

 思わず私は謝っていた。

「私には、私の人生があり、あなたにはあなたの生き方があるでしょう。私たちは元々、ちゃんと距離をとるべきなのよ。他者が誤解する距離はふさわしくないわ」


 やっとはっきり言えた。胸が透く。彼を傷つけない言葉を選び、悶々としていたことを言葉にできて安堵する。


「君の選んだ人を、近いうちに紹介してくれることを楽しみにしているよ」


 これがヒューイとの決別となった。私はやっと彼から解放され自由になり、ランチの同席者はエドモンドに変わった。


「マリア」

「エドモンド」


 私たちは、それから程なくして、敬称を捨て名前で呼び合うようになった。


「おはよう。マリア、今日は放課後どうする」

「来週の試験に向けて図書室で勉強をしようかと思っているわ」

「それはいいね。僕も一緒でもかまわない」

「かまわないわ。エドモンド」


 互いに目が合うと、ふっと笑う。エドモンドは気安い。こんなに緊張しない関係はないと思った。


 ヒューイがこなくなり、教室は静かになった。

 同級生たちは廊下ですれ違えば、彼と挨拶する。中庭や道すがら会えば立ち話する。教室で培われた関係は、ほど良い距離が保たれ継続しているようであった。


 私とヒューイだけが、挨拶するだけとなり、物静かな関係性へと変わっていた。


 私の隣にはエドモンドが立ち、ヒューイには将来につながる人間関係が残る。結果として悪いことはなかった。


 授業が終わった。

「ごきげんよう、また明日」

 以前と比べると私の周囲はにぎやかになった。


 連れ立って教室を出ていく女子達と他愛無い挨拶も日常となる。少しだけ出遅れたけど、私はちゃんと馴染むことができた。


 教科書などの荷物をまとめてカバンにしまっていると、エドモンドが寄ってきた。

「図書室に行こうか」

「ああ、ちょっと待って……」

 私は、残した道具がないか点検する。


「急がなくていいよ。待っているから」

 エドモンドは、にこやかに笑む。

「女の子の準備は長いものだよね」


 準備を終えて、図書室へと向かう途中、

「エドモンドはどなたかとお付き合いしたことがあるんですか」

 私が投げた問いにエドモンドは目を丸くした。


「どうして、そう思うの……」

「いえ、女の子の準備は長いなんて、さらっとおっしゃるものですから」

 ああ、と彼は一人納得する。


「僕は、女兄弟が上と下にいて、挟まれているのです。ただ、慣れているだけだよ」

「お姉様と、妹様。三人兄弟なんですか」

「そうです。結局、女兄弟は強くてね。僕は姉にも妹にも頭が上がらないんだ」


 そう言って苦笑する。

「マリアは、兄弟はいないの」

「私は……、弟が一人ですね……」


「言いにくかった」

 エドモンドがはっとする。

「そんなことはないです」

 私は両手を振った。


「弟とは、仲良しですよ。ああ、でも、実は、エドモンドと同じように、弟から見たら、姉は怖いものかもしれません」

 エドモンドがふっと笑った。

「そうかもしれないね。姉も、僕が姉を怖がっているとは気づいていないもの」


「弟の心、姉知らずって、あるものなんですね」

「そうそう」

 額をよせるように、互いに少し笑った。


 図書室には、まばらに人がいた。一人で勉強している人も多い。連れ立って来てても、静かに会話するのみである。私とエドモンドは、大きな六人がけのテーブル席の端に並んで座った。


 教科書を開いて、問題集を見ながら、ノートをとっている。教科書の記述に疑問を持てば、図書室は便利だ。

 

「私、ちょっと本を探してきます」

「どうしたの」


 教科書の一ページを示す。

「ここの記述について、詳しい本を探してみたいと思います」

 エドモンドが乗り出してくる。

 

 図書館は大きな声も出せないし、席も隣同士で座る。いつも平静を装うけど、ひそひそと話すため、余計に距離が縮まり、私は少しドキドキする。


「わかります。僕もそこ気になってました。一緒に探しますか」

「私一人でも探せますよ」

「一人より二人の方がきっと早いですよ」

 エドモンドはにっこりと笑う。


「そうです、ね」

 私は最近、彼の笑顔に弱くなってきた。


 静かに立ち上がって、小目あたの本がありそうな本棚を探す。大きな数個分該当する本棚があった。本としては数百冊はあるだろう。

「マリアが壁の端から探して、僕が反対から順に探して行こうか」

「そうね」


 エドモンドは端から本を探し始めた。彼が言うように二人の方が能率良いわ。私は軽い足取りで壁際の奥へと進む。


 奥の本棚までたどりつくと、上段の端から一冊ずつタイトルをチェックする。下段までざっと見ても見当たらない。次の本棚の上段へと目をやる。数冊眺めて、私は視線をとめた。 


「見つけた」

 私は、目いっぱい手を伸ばす。上段なので、なかなか手が届かない。

 無理そうかも、とあきらめかけた時、真横に気配を感じた。

 

「あったの」

 エドモンドがいた。

「女の子には高いよね」

 彼が手を伸ばして、背表紙に手をかける。


 背伸びをしている私のすぐ横に彼が悠々と手を伸ばす。

 横を見ると、背の高い男の子がいて、まっすぐに本棚上段を見つめていた。

 手をかけた本を本棚から引き抜くと、嬉しそうに笑った。

 

 視線がふっと降りて、目が合うと、彼と私の近さに目がくらんで、途端に私はまた恥ずかしくなった。  

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― 新着の感想 ―
[良い点] イイデスネ恋模様 ヒューイ君めっさ動揺……してる? これはニヤニヤが止まりませんよ
2021/09/21 19:35 退会済み
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