7話 始まりの前。。
7話 始まりの前。。
「店長!私とバンドを組んでくれませんか!?」
静かに雨が降っている窓を眺めていた健也は、一瞬里楽を見た。
新しくアルバイトに入ってきた少女は目をキラキラさせていた。
しかし、必死感が伝わる。
健也はこの少女の話した言葉に一瞬驚いたが、嬉しさもあり戸惑いもあった。
それは一瞬で頭の中を掻きまわる何ともいえない感情だった。
少し間を開けた健也が口を開く。
「さっき、半分って言ったの覚えているか?」
「はい!えーと…人の巡り合わせは必然とか、、」
先程の会話を思い出す里楽。
健也は説明する。
「俺とアキラ、天谷とアキラ、俺と天谷。この出会いが半分。そして今俺が女性ボーカル用の曲を作っている事が半分。」
里楽は驚いた!
「え?今作っているんですか?曲を?しかも女性用、、って。」
健也はニッコリ笑って
「不思議な縁だな。」
と言った。
「じゃあ、必然と言うなら私と組んでくれるんだ!」
「いやいや待て待て。俺はお前の実力を知らない。下手なボーカルと組むのは時間の無駄だからな。やる意味ないからな。」
「じゃあ、今からカラオケ行きますか!?」
里楽は張り切って答える。
「いやいや、そんなのは参考にならん。ちょっと待ってろ。」
と言って席を立つ健也。そのまま店外に出てすぐに戻って来た。
「これを聞いて覚えてくれ。」
と言って取りにいったモノを差し出した。
「CD?」
「俺が最近作った女性キーのデモ曲だ。それとSilent rainを知っているならそれも覚えてくれ。そしてスタジオでギター1本で歌ってみろ。」
「本当ですか!やった!」
何という急展開。里楽は嬉しくてたまらなかった。恐らく18年の人生の中で一番嬉しい出来事とさえ思えた。
健也は続ける。
「お前、歌詞は書けるか?」
意外な健也の言葉に答える里楽。
「恋愛モノはアレですけど書けます!詩のノートもありますし!」
「そうか、それならこのデモ曲に詞をつけてみろ。俺の仮歌が入ってるからイメージは掴める筈だ。」
「分かりました!」
「そうだな、スタジオは俺が予約しておく。2週間後の休みが合う日でいいな。」
里楽は喜んで返事をした。
コーヒーを飲んだ健也は里楽に聞く。
「天谷はメジャー志望だよな?」
「はい!日本を代表する歌手になるのが夢です!」
「そうか…」
そこから黙ってコーヒーを飲む健也。
「店長はメジャーに興味がないんですか?」
トラッシュライドも続けていたらメジャーにいけたかもしれない。里楽は店長の質問に対し素朴な疑問を持った。
「天谷、俺はメジャー志向ではない。そこははっきり言っておく。だからこれはお手伝いだと思ってくれ。」
里楽は余計と疑問を持つ。
「メジャーデビューじゃないなら何のために誰に聞かす為に音楽を曲を今でも作っているんですか?」
「うーん、女性ボーカルと組んでみたい。ってだけだな。しかしメジャーはな。どうなんだろうな。」
と言って外を見る健也。
少し寂しげな表情だった。
「俺もよく分からないな。」
と一言呟いた。
その一言を聞いた里楽はもうこれ以上聞くのは辞めようと思った。
もしかしてトラッシュライドの解散と関係があるのかもしれない。あまり詮索はしないでおこうかと思った。
いや、正確には過去の事なんてどうでもよくなっていたのだろう。
この人が私とバンドを組んでくれる!
それだけで胸がいっぱいだった。
話しはアキラのバンドの話になり、里楽がアキラのバンド『クラウド』の感想を話した。健也はどこか懐かしむ感じで優しく微笑みながら黙って聞いていた。
そして、時間は20時半になろうかとしていた。
ファミレスを出た二人は別々で帰る。
里楽は原付だった為、家に帰ってすぐに自分の部屋に入りCDを聴いた。
2曲入りのそのCDの1曲目。
シンセとボーカルから始まるややスローテンポの曲だ。
切ない感じだ。
Aメロ、Bメロときてサビになった。
ここで今までシンセと並行してボーカルが入っていたが、ピアノの単音だけになる。
そして、サビのメロディーを切なく歌い上げる。
サビが終わると、ドン!とドラム、ベース、ギターが入ってきた。
里楽は鳥肌が立った。
メロディーが際立つ。切ない中でも歌に込められる必死さ。
仮歌なのにその凄さが伝わる。
2曲目は変わってアップテンポだ。だがどこかメッセージを伝えたくなるメロディー。メジャーキーだが明るい感じはしない。
こちらはアップテンポなのに涙が出る。
この2曲を聴き終わった里楽は、目を瞑り一人歌い出す。
たった1回聴いただけでメロディーを口ずさんでいた。
そして感情のままに思いつく言葉をメロディーにのせていた。
意味はデタラメだ。しかし今はそんな事はどうでも良い。
歌い終わった里楽は感動していた。
そしてすぐに詩のノートを取り出して詞を書き始めた。
始まりの前の出来事だった。